女子長距離界では異例の公立一筋、スポーツ一本槍にせず「選択肢を広げたい」 昨年9月に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で2位となり、東京オリンピックのマラソン女子日本代表に内定した鈴木亜由子(日本郵政グループ)。5000メ…

女子長距離界では異例の公立一筋、スポーツ一本槍にせず「選択肢を広げたい」

 昨年9月に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で2位となり、東京オリンピックのマラソン女子日本代表に内定した鈴木亜由子(日本郵政グループ)。5000メートルや1万メートルなど長距離トラックを主戦場としていたが、2018年に26歳でマラソンに転向した。人生初マラソンの同年北海道マラソンで優勝し、人生2度目のマラソンだったMGCで五輪代表権を獲得。2021年に迎えるは、東京オリンピックの大舞台になる。

 男子長距離選手の場合、その多くが大学へ進学し、箱根駅伝などでレベルアップを図り、実業団チームに入る。一方、女子長距離選手は高校卒業後に実業団へ進み、競技に専念するケースが主流だ。昨年のMGCに出場した女子10選手のうち9人が高校→実業団のコース。大卒ランナーは、名古屋大卒の鈴木だけだった。

 愛知県豊橋市に生まれ育った鈴木は、中学2、3年生の時に全日本中学校陸上競技選手権大会の1500メートルで全国2連覇を飾っている。だが、選んだのは県内屈指の進学校として知られる県立時習館高等学校。そして、大学も陸上強豪校ではなく、地元・愛知の国立大学、名古屋大学経済学部に進んだ。いずれも懸命な受験勉強の末に入試に合格。文字通り、文武両道を極めた人物でもある。

 長距離で全国大会に出場する実力を持つだけに、高校でも大学でも陸上に専念できる環境を選ぶこともできただろう。だが、鈴木は「スポーツ1つに絞る選択はしたくなかったですし、まだ先にどういう可能性があるか分からなかったので、選択肢を広げたかった。自分の視野を広げて学ぶことも大事だと思います」と、自分が持つさらなる可能性を探る道に乗りだした。

文武両道のコツとは…「時間を上手く使うこと、上手く切り替えをする」

 それでは実際に、鈴木はどうやって陸上の練習と学業を両立させていたのだろうか。そのコツを聞くと「特別なことをやった覚えはなくてですね……」と首を傾げながら笑ったが、「時間を上手く使うこと、上手く切り替えをするっていうことですかね」と続けた。

「私はやるべきことは先にやって、好きなことは後で楽しむタイプ。やるべきことをやり終えると『今日もできたな!』って少しずつ快感になってくるんです(笑)」

 陸上の練習で疲れが溜まることもあったが、授業中は「あまり寝なかったと思います」。それというのも「何かやっていないと気が済まない性格もあると思います」と明かす。

「何かと何かの間にできた隙間時間とかを、絶対に無駄にしたくないタイプなんですよ。時間のマネージメントが上手いというより、性格でしょうね。勉強の合間でも、陸上の練習の合間でも、ちょっとマッサージをしたりストレッチをしたり、時間があったら何かしらやってましたね」

 中高生の頃に“後の楽しみ”としていたのは、テレビドラマを見ることだった。当時よく見ていたのは「花より男子」や「流星の絆」。「特に好きな俳優さんはいなかったんですけど」と言うが、各クールが始まる時に「今回はこれを見よう」と厳選し、勉強や部活への活力と息抜きにしていたそうだ。

「やらなければいけないことを後回しにしないことが大事。そうすれば、自分のやりたいことを心から楽しめますから」

レース本番=楽しみ 「やっぱり走るのが好きなのかな」

 練習、勉強、楽しみと時間を上手くやりくりするスタイルで、ついにはマラソン日本代表として東京五輪出場権を手に入れた。だが、出場が内定したのちに、突如としてレースの舞台が東京から北海道に変更。「高橋尚子さんや野口みずきさんのゴールシーンは見る機会が多いので、やっぱりいいなと思いますね」と偉大なる先輩と同じように、最後は競技場に戻り、大歓声の中でゴールするシーンを思い浮かべていただけに「最初聞いた時は動揺しました」と素直な気持ちを隠さない。それでも、変更されたものは仕方がない。時間を無駄にすることなく、「北海道は初マラソンの地。これも何かの縁かなと思います。いいイメージはあるので、しっかり自分の力を発揮できるように努力します」と、すぐに気持ちを切り替えた。

 もしかしたら、今の鈴木にはマラソンのレース本番こそが「楽しみ」なのかもしれない。本番に向けての練習は「やっぱり苦しいです」と言う。それでも途中で投げ出さないのは「結果が出た時の達成感。それは何事にも代え難いですね」と、走ることの魅力に取り憑かれているからだ。

 リオ五輪ではコンディションを崩し、1万メートルを欠場。5000メートルでも予選落ちの憂き目を見た。それだけに「まずはスタートラインに立つことが一番難しいと思うんですよね」という言葉には重みがある。スタートラインに立ってしまえば「あとは練習が全て。もう走るだけなんですよ」。五輪の舞台で気持ち良く走りきるために今、懸命にやるべきこと=練習に身を捧げている。

「やっぱり走るのが好きなのかな。気持ちいいんですかね」

 愛らしい笑顔を浮かべながら、そう語った鈴木。女子マラソン開始の号砲が鳴った時、そこには走る楽しさと喜びを全身で表現する鈴木の姿があるはずだ。(THE ANSWER編集部)