レッドブル・リンクにF1サーカスが戻って来た。 見慣れた豪華なモーターホームはなく、誰もがマスクをして周りとの距離を置いている。パドックには人が少なく、観客スタンドには大きな横断幕が被せられて装飾されている。パドックでも全員がマスクを…

 レッドブル・リンクにF1サーカスが戻って来た。

 見慣れた豪華なモーターホームはなく、誰もがマスクをして周りとの距離を置いている。パドックには人が少なく、観客スタンドには大きな横断幕が被せられて装飾されている。



パドックでも全員がマスクをして作業をしている

 それでも木曜にはドライバーたちもサーキット入りして、オンラインサービスを使用したメディア対応が始まり、ようやくF1マシンのコクピットに戻ってレースができる、という喜びと安堵の表情が溢れた。

 レッドブルの両ドライバーは、数百万円をかけて自宅に用意した本格シミュレーターも楽しかったのは最初だけで、やはり前後左右Gがアドレナリンを溢れさせる本物のF1マシンが恋しくて仕方がなかったと明かした。

 6月25日にシルバーストンでアップデートを投入したRB16を100kmだけ走らせたアレクサンダー・アルボンはこう語る。

「正直言って、今回の走行はあくまでシェイクダウンでしかなかったし、僕としてはマシンのスピードにまた慣れるということ以外、何ものでもなかった。でも、フィーリングはよかったよ。前回走った時と同じようなフィーリングだった。

 ただ、現時点ではまだ開幕前テストで走っただけで、テストでは自分たちがどのあたりにいるかは分からないし、そこにさらに4カ月間のオフが追加されているからね。誰がどう進化してくるかはわからない。大切なのは、自分たちのことに集中して進んで行くことだ」

 マックス・フェルスタッペンは、2週間の自己隔離生活を強いられるイギリス渡航はせず、その時間をモナコの自宅でトレーニングに充てた。

 チームの地元レッドブルリンクでは過去2年で2連勝中のフェルスタッペンだけに、今年もまた好レースが期待される。しかし、フェルスタッペン自身はそう甘くは考えていない。

「毎年それぞれが別のレースだし、今年もそうなるという保証なんてどこにもない。過去2年間のここでのレースはすばらしい内容だったけど、『OK、何年かここではいいレースができたから今年もいいぞ』なんて思ったりはしないよ」

 マシンのパフォーマンスについては、慎重な見方をしながらも、自分たちの仕上がりがいいことも認めている。

「僕らがいいところにいるのは確かだと思うし、僕らはずっとプッシュし続けてきたんだ。だからこうして、すべてのパーツをここに持ち込むことができたし、パワーユニットだってアップグレードされている。いいスタートが切れたと思うよ。

 もちろん、これらは当初から予定されていたものだけど、シャットダウンを含む約4カ月のオフを挟みながらも、こうして準備を整えることができたのはすばらしいこと。だから、走り始めて自分たちがどのあたりにいるのかを確かめるのが楽しみだ」

 ホンダとしても、ICE(内燃機関)を始めパワーユニットの各部を進化させたスペック1.1を予定どおりに持ち込んできている。

 事前シェイクダウンで走らせたパワーユニットは完全にスペック1.1と同じ仕様ではなかったものの、スペック1.1の信頼性確認ができるように該当仕様が組み込まれていたという。

 ホンダの現場オペレーションの総責任者である田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「フィルミングデー(※)では100kmしか走行できないので、耐久確認はできませんし、テレメトリーも(実戦で使用するのと同じ)完全なものではないといった制約もあります。(ホンダ側としても)一度に湯水のように多くのパワーユニットを製造することもできませんから、近しいスペックで確認すれば十分であると考えた判断です。基本的なファンクション(機能)やキャリブレーション(調整)、クルマ全体のバランスも含めて問題ないということを確認できています」

※フィルミングデー=プロモーション撮影用の特別日。スポンサーやチームの企業CM撮影などを行なうための走行であるため、総走行距離に制限があったり、テスト目的の新パーツ搭載は認められていない。

 ピットガレージ内では、従来どおりの60人のメンバーがマシンオペレーション作業に当たっている。ホンダのエンジニアやメカニックの陣容も同じだ。

 2メートルのソーシャルディスタンスを維持しなければならないため、パワーユニットに関する作業時間は長くなると危惧されていたが、結果的にこれは問題にならず、新型コロナウイルス対策はうまく対処できているという。

「今のところ、大きなネガは出ていません。ホンダとしては、レッドブル担当の人間がアルファタウリのガレージに行って様子を確認したり、向こうからこっちに来てコンピュータをのぞきながら話をしたりといったことが制限されています。

 なので、(対策として)インターネットを使った会議や電話でやりとりをしたり、もしくは2メートル以上離れたところでマスクをして大きめの声でしゃべるとか。コミュニケーションの面では若干の不便はありますけど、それを補うべくやり方を決めていますので、うまく対応できています」

 パワーユニットRA620Hの完成度に自信を持つホンダ陣営は、「今年こそタイトル獲得」と息巻く。ただ、現場オペレーションを統括する田辺テクニカルディレクターとしては、そのパワーユニットの”使い方”の面でどこまで攻めて、どこまで守るか、ある意味で防波堤の役割を担う立場だ。それだけに軽はずみなことは口にしない。

 そのアプローチは今年も変わらないが、目標がさらに大きく、なおかつそれが現実的なものとなったことで、プレッシャーは増していないだろうか?

「開幕戦が遅れて先の見えないなか、ここまで準備をしてきました。ですが、プレッシャーがあるというようなことはなく、普段どおりにこの開幕戦の地に臨んできています。

 ここまで使える時間は可能なかぎり効率的に使ってパワーユニットを開発して準備し、そしてレッドブル側も同様にマシン開発を進めてきました。そのトータルのパフォーマンスを最大限に引き出し、ミスなく、持てる力を最大限に発揮しきって戦いたいと思っています」

 自分たちのパフォーマンスを出し切った先に待っているのは、勝利か、敗北か?

「目指すところは当然、優勝、タイトルですが、それはいつもながら相手があることですから、とにかく走ってみれば見えてくると思います」

 開幕戦金曜のフリー走行、そして土曜の予選で、ひとまずの結果が出る。

 どんな結果が見えてくるのか、これまでになく楽しみな開幕戦が始まる。