世界的F1カメラマンの本音対談 後編新型コロナウイルスの影響で開幕が延期されていたF1世界選手権の2020年シーズンがいよいよ始まる。開幕戦の舞台となるのは、オーストリアのレッドブルリンク。無観客でのイベントになるが、オーストリアを皮切…

世界的F1カメラマンの本音対談 後編

新型コロナウイルスの影響で開幕が延期されていたF1世界選手権の2020年シーズンがいよいよ始まる。開幕戦の舞台となるのは、オーストリアのレッドブルリンク。無観客でのイベントになるが、オーストリアを皮切りに9月初旬のイタリアGPまでヨーロッパ各地を転戦し、10週間で8レースを行なうことが決定した。
そこで約30年にわたってF1を撮影してきた世界的なF1カメラマン、熱田護氏と桜井淳雄氏のふたりに今シーズンの見どころを聞いた。

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今年2月のテスト走行時。ホンダのパワーユニットを搭載したレッドブルマシンが好調だった(桜井淳雄・撮影)

●ルイス・ハミルトンとメルセデスのチームの一体感がないように見えるとのことでしたが、なぜそう思うのですか?

熱田 過去、ミハエル・シューマッハやアイルトン・セナも勝ちまくっていた時代がありましたが、優勝するとチームのメカニックやエンジニアは抱き合って大喜びしていました。もちろんメルセデスのスタッフもハミルトンが優勝し、彼が、スタッフのもとに来た時には喜んでいます。それでもハミルトンがウイニングランをしている間、メルセデスのスタッフは淡々として、雑談なんかしています。それって、ハミルトンの求心力の欠如というか、チームの全員がハミルトンの方を向いて彼のために頑張ろうという空気になっていないのではないかと勘繰ってしまう。

もちろん、ハミルトンは常に勝ちたいだろうし、チャンピオンになりたいと思っているでしょう。しかし彼の情熱がチームを突き動かし、彼のためにチームが動いているという雰囲気を感じないんです。メルセデスの組織力やエンジニアリング力が明らかに他のチームよりも上回っており、そこにたまたまハミルトンが乗っているように見えてしまう。



F1カメラマン歴約30年の桜井淳雄氏(左)と熱田護氏

桜井 それはありますね。シューマッハが勝ちまくっていた時代のフェラーリは、チームとしての一体感がありました。シューマッハはフェラーリがどん底の時代からスタッフ全員を巻き込んで、みんなと一丸になって強いチームを作りあげていきました。それがハミルトンの場合は、僕は運転する人、エンジニアやメカニックはマシンを作る人、とはっきりと分かれている感じ。チームとしてまとまっていないように見えます。

熱田 マシンを走らせる才能だけで言えば何も言うことはないよね。ただ、チームからの信頼感や求心力を持っているかといえば、そこは歴代のチャンピオンに比べて足りないように感じます。

桜井 ハミルトンからは、「熱さ」を感じないんですよ。日本のF1ファンには一生懸命にやっている姿が見えるドライバーが好まれますが、彼はそういうのを表に出さない。だから日本ではいまいち人気がないのかもしれないですね。海外では結構人気があるんですけど。

熱田 例えばセナは走った後にクルマから降りると、ガレージの中でエンジニアと延々と話して、ひたむきに仕事に取り組んでいました。まるでレースにすべてを捧げているような印象でした。でもハミルトンはコーヒー飲みながらエンジニアと少しだけ話すと、それですぐピットの裏へ行っちゃう。で、走行時間になるとピュっとまた出てきて、すぐコースインしていくという感じなんです。

桜井 ただ今は昔とは違ってドライバーの役割が変わってきているし、スケジュールが過密になっていることも影響しているかもしれません。僕はあるチームの仕事もしていたので、ドライバーの一日のスケジュール表を見たことがあります。ブリーフィング、サイン会、スポンサーの挨拶など、予定がびっちりです。ご飯を食べる時間もままならない。

 そうは言ってもモーターホームの中でよくスマホで遊んだりしていますけど(笑)。まあ、そういう自分だけの時間は人間誰しも大事じゃないですか。あれだけ集中して走り、ブリーフィング、サイン会などのイベントをこなし、ゆっくりする時間もほしいわけです。イベント期間中の忙しさでいえば、ちょっと昔とは比較にならないのかもしれませんね。

●ハミルトンにとって最大のライバルとなると目されている若手ドライバー、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)とシャルル・ルクレール(フェラーリ)はどんな印象を持っていますか?

熱田 ルクレールはまだ22歳と若いのにベテランのように穏やかで、落ち着き払っているような印象です。写真を撮られることにも全然抵抗がなくて、「撮りたいならどうぞ撮ってください」という感じです。全然ピリピリしていない。フェルスタッペンも自然体ですね。キミ・ライコネン(アルファロメオ)みたいにカメラから隠れることはないです(笑)。



ピット内のシャルル・ルクレール。ベテランのような落ち着きがある(熱田護・撮影)

桜井 ルクレールはフェラーリという大看板を背負っているのに、そんな重圧を感じているようにまったく見えません。彼とフェルスタッペンはもう完全に新世代の人間です。今、F1には20人のドライバーがいますが、フェラーリとレッドブルという一流マシンをドライブし、2人はまるでゴーカートにでも乗っているかのように自由気ままにやり合っています。

 あのスピードであんなに激しく、超接近戦のバトルができるようなドライバーは、世界最高峰のF1といえども他にいません。昨年のイギリスとオーストリアのバトルは本当にすごかった。普通、1、2回仕掛けると、バトルは決着します。でもイギリスでのふたりは毎周のようにやり合いました。「いつまでやっているんだよ」って思いながらも、ワクワクしながら撮影していましたから(笑)。

熱田 ルクレールとコンビを組むセバスチャン・ベッテルは、レッドブル時代にドライバーとしてのピークを迎え、徐々に落ちている印象ですね。でも彼はもともとセナやシューマッハのようなスーパーな選手ではないと思います。ベッテルは10年から4年連続でチャンピオンになっていますが、あの頃のレッドブルのマシンはライバルチームよりも圧倒的に速かった。08年にジェンソン・バトンがブラウンGPのマシンでチャンピオンを取りましたが、あのケースと似ているように感じます。もちろんベッテルもバトンも速い選手ですが、すごくタイミングがよかったと思います。

 ベッテルはすごくいい奴なんです。ドライバーの中にはテレビカメラが映ってないガレージの裏では冷たい一面を見せる選手もいますが、ベッテルはファンサービスにすごく熱心です。特に子どもたちにサインをねだられると、どんな時も必ず応じています。そんなドライバーはベッテルとセナぐらいですよ。「ああ、優しい人間なんだな」といつも思っています。

桜井 ベッテルはフェラーリを離脱することが決まったけど、最近はミスが多かった。18年のドイツGPでもトップを走っている最中に自滅しましたが、ああいう精神的な弱さが見えます。ルクレールやフェルスタッペンは、ある意味、機械のようなんです。サイボーグという言い方は的確ではないかもしれませんが、正確にマシンをドライブしているという印象です。もちろん彼らにもミスがないわけではないですが、プレッシャーに負けたミスというのはほとんどないように感じます。

●ハミルトン、ルクレール、フェルスタッペンの3人以外の注目選手はいますか?

熱田 スーパーな3人に比べると、ちょっと物足りないですが、ルノーのダニエル・リカルドやウイリアムズのジョージ・ラッセルも悪くないと思います。

桜井 ラッセルはメルセデスの育成選手で、F2では常勝だった。目立たないですが、すごくいいドライバーですよね。

熱田 メルセデスに乗せたら、バルテリ・ボッタスよりもいい走りをすると思っています。彼はルクレールやフェルスタッペンと同世代で、ウイリアムズでもすごく落ち着いていて、いい走りをしています。リカルドもいいドライバーです。レッドブルでベッテルとコンビを組んでいた時は、ベッテルよりも速かったですからね。彼にはもう少しいいクルマに乗せてあげたいよね。

桜井 僕たちは約30年、F1を取材してきましたが、超A級のスーパースターは限られます。名前を上げるとすれば、セナ、シューマッハ、ハミルトンの3人ぐらい。そこにフェルナンド・アロンソもギリギリ入るか入らないかくらいかな。

熱田 僕は、その枠にルクレールとフェルスタッペンは入ると思います。

桜井 そうですね。でも彼らはこれからです。まだまだ伸びる可能性もあります。

熱田 今シーズンのF1には超A級ドライバーが3人もいて、彼らがちゃんと別々のチームに分かれて走ります。今年は本当におもしろいシーズンになるはずだったんです。それがこんなことになっちゃってね……(笑)。

桜井 いやいや、これから始まるんですよ(笑)。

●レッドブルリンクでの開幕戦はどんなレースになると予想していますか?

熱田 各チームが事前にテストしたと言っても、ドライバーだってこれだけ長い間マシンに乗っていないのは初めての経験だと思います。チームも久しぶりのレースなので、オペレーションもスムーズにできるかどうか。きっと戸惑うでしょうね。カメラマンたちもいろいろ混乱するんじゃないかな(笑)。

桜井 最初はちょっと大変かもしれませんね(笑)。

熱田 レースが取っ散らかる要素はたくさんあります。チームはこの休みの間にいろいろマシンの改良もしてきているはずですが、十分にテストで走り込めていないだろうし。

桜井 しかもレッドブルリンクはアップダウンが激しく、超高速コーナーもある難しいレイアウトです。波乱が起こりやすいので、ファンとしては楽しみです。

熱田 このコースはレッドブル・ホンダとフェルスタッペンが得意としていて、過去2年連続で優勝しています。ホンダがいきなり勝ってくれたら、日本的にはすごく盛り上がりますよね。

桜井 もちろんホンダに頑張ってほしいけど、今年はランキング2位にとどめておいてもらって、チャンピオンは来年がいいなあ。

熱田 今年はレッドブル・ホンダにチャンピオンを取るなってこと?(笑)

桜井 だって今年タイトルを取ったら、僕たち写真を撮れない可能性が高いじゃないですか(笑)。1991年のセナとマクラーレン・ホンダ以来のタイトルですよ! それが撮れないなんて悔しすぎる。

熱田 そうだよね。でも真面目な話、今シーズンのF1にはいいドライバーがそろっていますし、ホンダも好調ですし、絶対におもしろいはずです。それにいろんな意味でこれまでにないシーンが見られると思いますので、ぜひレースを注目してほしいです。

桜井 こうご期待ですね!

【profile】

熱田 護 あつた・まもる
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦した後、91年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材500戦を達成し、昨年末に写真集『500GP』(インプレス)を刊行。

桜井淳雄 さくらい・あつお
1968年、三重県津市生まれ。91年の日本GPよりF1の撮影を開始。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。現在、鈴鹿サーキットの公式サイトで「写真が語るF1の世界」を連載中。