世界的F1カメラマンの本音対談 前編新型コロナウイルスの影響で開幕が延期されていたF1世界選手権の2020年シーズンがいよいよ始まる。開幕戦の舞台となるのは、オーストリアのレッドブルリンク。無観客でのイベントになるが、オーストリアを皮切…

世界的F1カメラマンの本音対談 前編

新型コロナウイルスの影響で開幕が延期されていたF1世界選手権の2020年シーズンがいよいよ始まる。開幕戦の舞台となるのは、オーストリアのレッドブルリンク。無観客でのイベントになるが、オーストリアを皮切りに9月初旬のイタリアGPまでヨーロッパ各地を転戦し、10週間で8レースを行なうことが決まった。
そこで約30年にわたってF1を撮影してきた世界的なF1カメラマン、熱田護氏と桜井淳雄氏の2人に今シーズンの見どころを聞いた。

◆ ◆ ◆



2019年シーズン、マックス・フェルスタッペンがドライブするレッドブルのマシン(熱田護・撮影)

●オーストリアGP(決勝7月5日)からいよいよ今シーズンのF1が始まります。まずカメラマンとして現場取材に行けるのですか?



F1カメラマン歴約30年の桜井淳雄氏(左)と熱田護氏

桜井 残念ながら僕らは行けません。開催国オーストリアの入国制限に加え、F1を主催する国際自動車連盟(FIA)のメディア制限もあります。無観客レースとなる開幕戦は、限られた人数のメディア関係者しか入れないことになっています。

熱田 現状ではオーストリアでの2連戦の後にハンガリー、イギリス(2連戦)、スペイン、ベルギー、イタリアの8戦目までのスケジュールは発表されています。第8戦のイタリアまでは取材へ行くのは難しいと思っていますが、欧州連合(EU)は7月1日から日本やオーストラリアなどの国々の渡航制限を段階的に緩和すると発表しています。 

 だから、9月上旬に開催されるイタリアGPが終わる頃には、かなり規制は緩和されている可能性があり、その後は取材のチャンスがあるかもしれません。とにかく行けるのであれば1戦でも多く行きたい。でも、こればっかりは僕らが頑張ってもどうなるものでもないので……。

桜井 そうですね。F1に限らず、スポーツ取材は、選手が激しく身体を動かし、汗をかく場所に行くわけですから、そう簡単に許可が出ないのかなと思っています。しかもF1は他のスポーツと異なり、イベントのスケールが違います。関わっているスタッフの数、会場の規模、ゲストや観客、メディアの数などあらゆるものが桁違いです。

熱田 それにサッカーや野球などのカメラマンはスタジアムの中で撮る場所がほぼ決まっています。僕らF1の場合は、あの広いサーキットの中ならどこにでも動けますので、余計に難しいですよね。

桜井 カメラマンは各チームのガレージにも自由に行けますので、もし感染していたらいろんなところにウイルスをまき散らしてしまうことになる。いわば危険人物です(笑)。人数制限は仕方ないと思います。でも、表彰台の上でドライバーたちがお互いの健闘を称えて抱き合うこともなく、取材するカメラマンも数人しかいないと、なんか寂しいですよね。個人的にはただクルマが走っているのをコースで撮るだけだったら、取材に行かなくてもいいのかな、なんて思っちゃいますね。



2017年オーストラリアGP。これほどまで人が密集し熱気を帯びる光景を今季は見ることができない(桜井淳雄・撮影)

熱田 僕はそういう異例なレースを含めて撮りたいですね。もちろんスタート前のグリッドにたくさんの人が密集し、各界の著名なゲストが顔を見せたり、ドライバーがスタンドのお客さんに向かって手を振ったりとか、そういう華やかさがF1の魅力のひとつです。でも、そんな光景のない無観客のF1の姿も記録してみたいという思いがあります。

桜井 2008年の秋に発生した世界的な金融危機である「リーマンショック」がF1に与えた影響はすごく大きかった。ホンダ、トヨタ、BMWなどの自動車メーカーが次々と撤退し、チームだけでなく僕たちメディアも経済的なダメージを受けました。でも今にして思えば、それは一時的なことでした。

 今回のコロナは今年だけの問題ではないし、F1だけでなくすべてのスポーツ報道のあり方が変わっていく要素になり得ます。例えば、「ジャーナリストはドライバーやエンジニアに近づいて話をするな」「カメラマンはコースだけで撮影しろ」となっていくかもしれません。単にイベントが行なわれ、誰が勝って、誰が負けた、という報道だけだったら、僕らは行く必要ないですからね。ネットの簡単な記事だけで十分です。

熱田 10月に鈴鹿サーキットで開催予定だった日本GPも中止になりました。1987年からずっと開催されていたので、本当にさみしいです。やっぱり1年に1回、秋に鈴鹿で開催される日本GPへ行くことを楽しみにしているファンがたくさんいるので、現場に行けないとなると、気持ちがドーンと下がるよね。

桜井 世界的に見れば、コロナは全然、終息していませんからね。ひとことで言えば、鈴鹿サーキットとしても苦渋の決断だったと思います。

●開幕前のテストでもホンダのパワーユニット(PU)を搭載するレッドブルが好調で、日本のファンは活躍を期待しています。今シーズンはどんな戦いが繰り広げられると予想していますか?

熱田 テストではホンダのPUにトラブルはなく、パフォーマンス的にも昨年よりメルセデスやフェラーリに対してレッドブル・ホンダがかなり接近しているようなニュアンスがありました。ただテストを見て毎年思いますが、タイムが良かろうが悪かろうが、中団グループから上のチームは何をしているかがまったく見えません。メルセデスやフェラーリのマシンがトラブルを抱えていたようですが、実際フタを開けてみないとわかりませんね。

桜井 今年ミハエル・シューマッハの記録に並ぶ通算7度目の世界王者を目指すルイス・ハミルトン(メルセデス)、史上最年少王者を目指す22歳のマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、フェラーリのエースとなった同じく22歳のシャルル・ルクレールの3人が中心になるのは間違いないでしょう。

 開幕前のテストではメルセデスのマシンにちょっとトラブルが多かったので、今シーズンはもしかするとフェルスタッペンが「来る」のかなという期待はあります。僕は開幕前のテストを取材してきましたが、ちょっとマシンに問題があろうが、本番までにしっかりと挽回してくるのが王者メルセデス。フェラーリもマシンにやや問題あると言われていますが、遅くはなかったですね。そういうことを考えると、メルセデス、レッドブル、フェラーリが三つ巴になっておもしろいシーズンになるんじゃないかなと思っています。

熱田 今年もハミルトンは強いと思いますよ。35歳になりますが、昨シーズンの走りを見る限り、衰えは一切感じない。ただ願望としては、日本のホンダのPUをドライブするフェルスタッペンが、メルセデスのハミルトンと毎回ガチンコ勝負をするシーンが見られたらうれしいですね。

桜井 そうだね。あと現代のF1マシンはめちゃめちゃ速いんです。昨年の段階でもすごく速くて、モナコや鈴鹿、開幕戦の舞台となるオーストリアなどいくつかのサーキットでコースレコードが更新されていますから。それほど速いのに、今年はレギュレーションがそのままで、各チームはさらにマシンを大きくアップグレードしてきていますので、もっと速くなっているんです。各サーキットでどんなタイムを出してくるのか、そこも見どころだと思いますね。

●コロナ禍の影響で開幕が4カ月ほど遅れました。延期期間中の大半はF1チームの工場が閉鎖されていたようですが、どんな影響があると思いますか?

熱田 工場は閉鎖されていたと思いますが、各チームはいろんな方法で開発を継続していたはず。4カ月あれば、どうにでもなるわけですから、白紙からのスタートと言っていいと思います。

桜井 圧倒的なチーム力と開発力を誇るメルセデスには有利に働いたかもしれません。しかも熱田さんの言うように、ハミルトンは力が落ちているような兆候はまったくありませんからね。成熟しきっています。彼のすごいところはチームの指示どおりの走りを100%できること。「このタイムで走ってこい」と言われれば、しっかりと走る。そういうことをできる人は他にいませんよね。ハミルトンはF1直下のGP2(現在のFIA-F2)の時代から速かったのでチャンピオンになるべくしてなったと思います。ただ、被写体としてはあまり魅力を感じませんが……。

●なぜ被写体としてのハミルトンに魅力を感じないのですか?

桜井 優勝して表彰台でシャンペンシャワーをする時も、ファンやカメラマンに見せるんじゃなくて、すぐカメラのない反対側に行ってしまいます。みんなを楽しませるエンターテイナーではないですね。自分で勝手に喜んでいるだけ、というふうに感じてしまう(笑)。

 シューマッハは勝てば表彰台でいろんなポーズを決めてくれたし、盛大にシャンパン・ファイトをやってくれました。ドライバーは単に速く走るだけでなく、勝って、その喜びを観客やメディアと共有し、F1の魅力を伝えていくことも仕事だと思います。それをシューマッハ自身がよくわかっていました。だから僕らも絵になる写真をたくさん撮ることができた。シューマッハは強くて、速くて、魅せる、「真のエンターテイナー」でしたね。

熱田 確かに。ハミルトンは強いし、速いのは誰もが認めています。ハミルトンの通算勝利数は84勝で、おそらく今年も当初の予定どおりに全22戦が開催されていれば、シューマッハの最多勝記録(91勝)を抜いていたと思います。本当にすばらしいドライバーですが、カメラに撮られることを変に意識しすぎていて、彼の行動は芝居がかっているように見えてしまう。あと気になるのは、ハミルトンとメルセデスのチームとしての一体感があまり感じられないことです。 (後編につづく)

【profile】

熱田 護 あつた・まもる
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦した後、91年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。27年間でF1取材500戦を達成し、昨年末に写真集『500GP フォーミュラ1の記憶』(インプレス)を刊行。

桜井淳雄 さくらい・あつお
1968年、三重県津市生まれ。91年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。現在、鈴鹿サーキットの公式サイトで特別企画「写真が語るF1の世界」を連載中。