昨季J1で、15年ぶりの優勝を果たした横浜F・マリノス。コンパクトな陣形を取って狭いエリアに相手を封じ込め、素早い攻守の切り替えでボールを保持し続けるサッカーは、特にシーズン終盤、衝撃的なまでの強さを見せつけた。 とはいえ、アンジェ・ポス…
昨季J1で、15年ぶりの優勝を果たした横浜F・マリノス。コンパクトな陣形を取って狭いエリアに相手を封じ込め、素早い攻守の切り替えでボールを保持し続けるサッカーは、特にシーズン終盤、衝撃的なまでの強さを見せつけた。
とはいえ、アンジェ・ポステコグルー監督の就任1年目だった一昨季は、J2降格すらちらつく12位。それでも、目指すスタイルにこだわり続けたことが、1年後に実を結んだ。時に惨敗を喫することもあり、周囲から懐疑的な視線を浴びることになっても、その姿勢が変わることはなかった。
そんな一昨季、すなわち2018年シーズンの横浜FMで、印象に残っている試合がある。3月14日に行なわれたルヴァンカップのグループリーグ第2戦、ベガルタ仙台戦だ。
試合が行なわれたのは、J1開幕から1カ月足らず。J1第3節と第4節の間だから、まだシーズン開幕間もない時期と言っていいだろう。
新指揮官の下で横浜FMが取り組むサッカーは、あまりに極端なスタイルゆえ、すでに話題となっていた。この試合でも、J1のリーグ戦から大きくメンバーを入れ替えてはいたが、ピッチ上で繰り広げられるサッカーは一貫していた。
横浜FMの特殊なスタイルを、とりわけ象徴すると見られていたのが、サイドバックのポジショニングだった。
オーソドックスなサイドバック然とタッチライン際を上下するだけでなく、ときにボランチの脇にポジションを取って、攻撃の組み立て役を担ったり、バイタルエリアに入り込んでフィニッシュに絡んだりと、従来の常識を覆す動きが求められていたからだ。
だからこそ、彼の存在が目に留まった。
今季、水戸ホーリーホックへ期限付き移籍した山田康太
一昨季当時、横浜FMユースから昇格1年目のルーキーだった背番号38、山田康太である。
相手のゾーンディフェンスの間を縫うようにパスをつなぐ横浜FMにあって、いかに相手の”間”を取れるかがキーポイント。サイドバックと言えども、ただ献身的にアップダウンを繰り返せればいいというものではない。あえて言うなら、ゲームメイカーにも通じる攻撃センスが必要になる。
その点において、山田のプレーは秀逸だった。
終始足を止めず、時に開いて、時に絞って高い位置でパスを受ける。後半なかばには、右サイドから相手DFラインの背後へ斜めに走り込み、スルーパスを受けてGKと1対1になる決定機まで作り出している(ワンタッチで放った左足シュートは、惜しくもGKに阻まれてしまったが)。
山田は本来、横浜FMのフォーメーションで言えば、ボランチやインサイドMFを本職とするMF。実際、その後の試合では、中盤で起用されている。そんな選手をあえてサイドバックに起用するあたりに、新指揮官がそこに何を求めているか、さらに言えば、どんなサッカーをやろうとしているのかがうかがえた。
ポステコグルー監督がどの程度納得したのかはわからない。だが、客観的に見ていて、この起用は非常に興味深かった。と同時に、山田という選手個人も面白そうなルーキーに見えた。
結果的に、その年19歳になったばかりの新人選手にとってトップチームの壁は厚く、J1で8試合、ルヴァンカップで7試合に出場するにとどまった。それでも、J1第17節FC東京戦では、途中出場でJ1初ゴールも記録。ルーキーシーズンとしては、まずまずの船出に見えた(2017年にも、2種登録でルヴァンカップ2試合に出場している)。
事実、山田は昨季、U-20日本代表に選出され、ポーランドで開催されたU-20ワールドカップに出場。グループリーグから決勝トーナメント1回戦までの全4試合に先発出場(うち3試合はフル出場)している。
4-4-2の左MFとして、2トップと連係しながらチャンスを作り出した山田は、グループリーグ初戦のエクアドル戦では、0-1からの同点ゴールで、チームに貴重な勝ち点1をもたらした。大会初戦で動きの硬いチームを救う、まさに値千金だったこのゴールがなければ、その後の決勝トーナメント進出もなかったかもしれない。
ところが、世界の列強と競った自信を胸に、横浜FMに戻った山田を待っていたのは、厳しい現実だった。
優勝争いを繰り広げる好調なチームに割って入るのは難しく、8月には名古屋グランパスへ期限付き移籍。だが結局、名古屋での公式戦出場はなく、プロ2年目の昨季は、ルヴァンカップで5試合、J1ではわずか1試合の出場に終わった。
そして迎えた今季、”面白そうなルーキー”だった20歳は、J2の水戸ホーリーホックへの期限付き移籍を決断したのである。
横浜FMユース出身らしく、テクニックに優れ、現在の横浜FMのスタイルと相性が悪いとは思えない。だが、J1王者でポジションをつかむには、まだ何かが足りないということなのだろう。
2月23日の今季J2開幕戦。J1昇格候補筆頭と見られる大宮アルディージャを相手に、水戸は惜しくも1-2で敗れはしたが、山田自身は早くも美しいゴールを叩き込んだ。
1点ビハインドで迎えた後半11分、相手選手のクリアボールが高く浮いたところをダイレクトボレーでシュートすると見せかけ、足元にピタリとトラップ。相手DFを楽々とかわすと、右足をひと振りし、ゴールネットを揺らした。
相手DFを翻弄するような柔らかなトラップ。コースを狙いすました冷静なシュート。今季加入の新戦力が見せた、テクニックとアイデアに溢れるゴールだった。
加えて言えば、ゴールにはならなかったが、後半33分のシュートシーンもスゴかった。
右CKをゴール正面で受けた山田は、胸で止めたボールを右足でチョンと浮かせ、目の前の相手選手の頭を越すと、すぐさまボールの落下点へ移動し、右足ボレーシュート。ボールは惜しくも枠を外れたものの、あわやスーパーゴールという、流れるようなプレーだった。
持てる能力に疑いはない。だからこそ今年1年、主力選手として、今まで以上に勝利を渇望しながら、開幕戦のようなプレーを続けることができれば、きっと彼を取り巻く環境は自然と変わっていくはずである。
歴史を振り返れば、J2での経験を機に、くすぶっていた才能が大きくブレイクした例は少なくない。
柿谷曜一朗、齋藤学……。彼らは、J2クラブへの期限付き移籍を経て、のちにワールドカップメンバーにまで名を連ねた選手たちである。
新型コロナウィルスの感染拡大で長らく中断していたJリーグだが、まずはJ2がJ1に先駆け、6月27日に再開する。
すでに飛躍の予感を漂わせる山田のプレーに注目したい。