コロナウイルス感染拡大で中断を余儀なくされていたサッカーがいま、世界のあちこちで戻ってきている。ドイツ、スペイン、イタリア、イングランド……一抹の不安は残るものの、それらは明るいニュースとして伝えられている。しかし、ブラジルの場合は残念な…
コロナウイルス感染拡大で中断を余儀なくされていたサッカーがいま、世界のあちこちで戻ってきている。ドイツ、スペイン、イタリア、イングランド……一抹の不安は残るものの、それらは明るいニュースとして伝えられている。しかし、ブラジルの場合は残念なことに、喜んではいられないのが現状だ。
ブラジルでも6月18日にサッカーが再開された。リオデジャネイロ州リーグのバングー対フラメンゴ戦。3-0でフラメンゴが勝利した。しかし、この試合は多くの非難を呼び起こした。
リオデジャネイロ州で1試合だけ行なわれたバングー対フラメンゴ戦 photo by AFP/AFLO
リーグを再開した他の国のほとんどはコロナの蔓延が落ち着きつつあるが、ブラジルはまだパンデミックの真っただ中である。感染者数は110万人を突破し、毎日500人以上が亡くなっている。
試合はリオのサッカーの殿堂マラカナンスタジアムで行なわれたが、そこからほんの数100メートル離れた同じ敷地内には、病院で収容しきれなくなったコロナ患者を受け入れる施設がある。試合のあった日も、そこで2人の患者が亡くなっていた。ゴールを喜ぶすぐ横で、家族を亡くして泣いている人がいる。あまりにも非常識であると抗議が殺到し、結局、この1試合を開催しただけで、リーグはまたストップした。
それにしても時期尚早なのが明らかなのに、なぜ試合再開をこれほど急いだのか。その裏には様々な思惑が渦巻いている。順を追って説明しよう。
ブラジルのリーグはヨーロッパと違い、2重構造になっている。まず1年の前半には、27に分かれた州リーグが行なわれ、その後、全国リーグがある。
今回、中断されたのは州リーグのほぼ前半が終わったタイミングだった。州リーグがすべて終わらなければ全国リーグをプレーすることができない。なぜなら州リーグの成績によって、全国リーグのどのカテゴリーでプレーするかが決まるからだ。
たとえばリオデジャネイロ州では、州のリーグで上位4位までに入ったチームが、全国リーグのセリエAでプレーし、5位以下のチームはセリエBに回る(州の上位何チームがセリエAでプレーするかは各州によって異なる)。
全国リーグを司るCBF(ブラジルサッカー連盟)は、8月の半ばまでに州リーグを終わらせるようにとだけ通達しており、いつ再開するかは、各州のサッカー連盟がそれぞれ州政府などと話し合って決めることとなっている。州リーグに対しては、CBFは拘束力を持たない。
たとえばサンパウロ州の場合、7月1日から練習を再開し、試合についてはその後、様子を見て日程を決めることになっていた。
だが、レッドブル・ブラガンチーノ(去年まで鹿島アントラーズのアントニオ・カルロス・ザーゴ監督が率いていた)が抜け駆けをして、6月10日ぐらいから会長が郊外に持つ牧場で秘密裏に練習をしていたことが発覚。チームはそれを認め、正式に謝罪した。
とはいえ、サンパウロ州はブラジルの中では比較的まともなほうだ。経済的に一番進んだ地域で、教育水準も高く、過ちがあれば認めて謝罪する文化もある。
ブラジルで、もうひとつの重要なリーグがあるリオデジャネイロ州は、より混沌としている。バングー対フラメンゴ戦もリオデジャネイロ州リーグの一戦だ。
まず驚くべきは、今回の試合再開が決まったのが、先週の火曜日、6月16日だったことだ。8時間のリモート会議の末に急遽決まったという。リオでもサッカーはすべてストップしていたので、選手たちはほぼ練習することなく、突然試合をさせられることになった。これはあまりにも無茶な話である。
リオには4つの名門チームがある。フラメンゴ、バスコ・ダ・ガマ、フルミネンセ、そして本田圭佑のいるボタフォゴだ。その中でも意見は割れている。フラメンゴとバスコ・ダ・ガマは再開に積極的だが、フルミネンセとボタフォゴは強く反発し、リーグが再開されても自分たちはプレーしないと宣言した。
ボタフォゴのパウロ・アウトゥオリ監督もこうコメントした。
「私は人殺しにはなりたくない。選手の健康を脅かすとわかっているのに、毎日多くの人が亡くなっているのに、試合再開などあまりにも非現実的だ」
リオデジャネイロ州サッカー連盟は、「フルミネンセとボタフォゴの参加、不参加は自由である」としたが、二大チームが抜けてリーグを続けられるわけはない。結局、バングー対フラメンゴ以外の週末の試合は中止となったが、その後、再々開の日は6月26日に決まった。たった1週間で何が変わるというのか。
フルミネンセとボタフォゴはそれには決して従わないだろう。ボタフォゴの元会長で、チームで一番力を持つカルロス・アウグスト・モンテネグロ相談役はこの決定に呆れ「リオデジャネイロ州リーグを脱退し、サンパウロ州リーグに入ろうかと本気で考えている」と発言した。
それにしても、フラメンゴはなぜこれほど試合再開にこだわったのか。彼らがプレーすべき州リーグの試合はあと6試合である。それほど焦らなくても8月の半ばまでには消化できるはずだ。ここにはまた別な思惑がある。
フラメンゴは昨年のリベルタドーレス杯優勝チームであり、現在ブラジルで一番強いチームだ。いい選手もそろっていて、つまり、選手に支払う報酬もブラジル一高い。
しかし、試合が中断されたおかげで、彼らは収入源を断たれてしまった。入場料収入もテレビの放映権料も入らない。フラメンゴは一日も早い試合の再開を望んでいた。
そこに目を付けたのがブラジルのジャイール・ボルソナロ大統領だった。彼はコロナ禍の初期から、一貫して「コロナは風邪と同じ」とうそぶいており、自粛要請や移動制限などの手段を一切取ってこなかった。大きな利益を生むサッカーも、早急に再開をしたいと考えており、フラメンゴと意見が一致した。
もうひとつボルソナロとフラメンゴの利害が一致したのが、ブラジル最大のテレビ局グローボに対する思惑だった。グローボはアマゾンのジャングルの隅々までも電波を飛ばせる唯一のテレビ局で、世論にも大きな影響力を持っている。そして、グローボはこれまで一貫して反ボルソナロの態度をとってきた。
ブラジルでサッカーの試合は、リーグ戦もカップ戦もW杯もグローボが独占中継してきた。それに対してボルソナロ大統領は、リーグ再開の数日前に、新たな法律を発布した。それは、試合の放映権料の交渉権は100%ホームチームにあるというものだ(それまでは両チームの話し合いによって決められていた)。
リオデジャネイロ州リーグ後半戦の放映権は、まだどこの局のものにもなっていなかった。フラメンゴは新しい法律をたてに、これまでのようにグローボの言いなりではなく、自分たちの言い値をふっかけることができる。だがそのためには、試合再開の既成事実が何としても必要だった。そこで無理を押してでも、フラメンゴは試合をしたかったのである。
ボルソナロもグローボに打撃を与えることができると目論んだ。
結局、放映権の話はグローボとはまとまらず、試合は無観客試合のうえ、テレビでも放映されなかった(フラメンゴのネットTVでは中継されたが、なぜかベンチと中継席を固定カメラで映したもので、プレーはほとんど見ることができなかった)。
ブラジルサッカーのこの現状を、私は恥ずかしく思っている。この記事を書いている間にも、コリンチャンスで21人の選手から陽性反応が出た。本田のボタフォゴでは5人、フラメンゴで3人、サントスでも1人の陽性者が出ている。これでもサッカーを続けられると言うのだろうか。目の前で繰り広げられている光景は、あまりにも非現実的すぎる。