第2部では女子野球についてお伺いした。近年競技人口が伸びてきているものの、練習環境の不備や注目度の低迷など課題も多く残っている女子野球。長年にわたって取材を続けている長谷川晶一氏は、競技の今と未来について何を思うのか。 ※この取材は6月1…

 第2部では女子野球についてお伺いした。近年競技人口が伸びてきているものの、練習環境の不備や注目度の低迷など課題も多く残っている女子野球。長年にわたって取材を続けている長谷川晶一氏は、競技の今と未来について何を思うのか。

※この取材は6月14日にオンライン形式で行われたものです。

男子野球とは全く違う魅力がある


女子プロ野球の取材をする長谷川氏(右)

――女子野球を取材し始めたきっかけは何でしょうか

 僕のデビュー作が、この『ダンス・ラブ・グランプリ』という本で、神奈川県立厚木高校のダンス部員の話なんです。これがフリーライターになって1年目に出した本なんですが、ドラマ化したんです。デビュー作がいきなりドラマ化したので、出版社の人に「次も女子高生をモデルにした本を書きませんか」と、いくつかオファーをもらったんです。その中で、野球雑誌の編集者に「長谷川さん野球が好きだったら女子野球を書きませんか」と言われました。高校のダンス部で、ダンスについては調べながら取材していたんだけど、編集者いわく、野球のプレーは細かいところまでわかってるでしょ、と。たしかにな、と思い、引き受けることにしました。その編集者に「埼玉栄高校ってところは女子野球が強いんだけど、そこにまず行きませんか」と言われて行ったのが2005年です。そこがきっかけですね。

――その後女子野球を取材し続けた理由はありますか

 まず、男子の高校野球というのは春夏の甲子園などをテレビで小さい頃から見ていたし、桑田清原(真澄、和博)のスーパースターに憧れたりもしました。でも、同じ高校野球なのに、女子野球はものすごく環境も悪いし、知名度も低い。女子ソフトボールなら知っているけど、女子野球に違和感を持つ人が多かったんです。塁間は男子と同じなのかとか、バットやボールは同じなのかとか、女子用にルールが違うのではないか。そのような初歩的な部分から何も情報を持っていない人が多かった。僕自身もそうなんですが。実際に見た時に、偏見というか、男子と比べたらパワーやスピードは足りないんです。その代わりに、男子には無いしなやかさや華麗さがある。もっと言えば、楽しそうなんですよ。男子高校野球では部員が丸刈りにして、監督やコーチがものすごく怒鳴ったり体罰をしたりする。そういうのに比べると、女子野球はへらへらしているように感じます。でも、彼女たちは精一杯楽しんでいるなというのが伝わってきて、男子野球とは全く違う魅力があるな、と最初の取材で感じました。通うようになると選手や監督との関係も近づいていくし、人間関係ができてきます。すると、今度はその選手を追っかけたくなる。最初に埼玉栄で知り合った選手は今でも親交があります。そうすると、僕が取材していた選手が大学に行って、マドンナジャパンに入って、女子プロ野球選手になって、今高校の監督をやっているとなると、その教え子たちにも関心がつながるんです。それで、今に至っています。

――では、女子高校野球がきっかけで女子プロ野球の取材をはじめたということですか

 そうですね。僕が取材を始めた時、女子プロ野球はできていないですし。2009年の夏に動き出して、2010年がリーグ1年目なんです。なので、2009年のリーグを作る時に関係者が僕のところに取材に来たりしました。女子プロ野球ができる前から女子野球には関わっていました。

――女子野球がメジャーになるために何が必要だと感じていますか

 それは、僕も、関係者もみんな考えていることですね。結論から言うと、答えがまだ見つかっていないです。さっき言ったように、男子野球と比較して劣っていると言われてしまいがちなんです。僕は男子野球も面白いし、女子野球も面白いと考えると、ある意味別物に感じています。比較してしまうと、パワーがない、スピードもないということで、劣っているという印象を受けてしまいます。なので、男子野球と女子野球は別物であるという認識を与えることが必要だと思います。かといって、女子プロ野球が一時期やっていたように、選手をアイドル化して、タレント性で売り出すというのは正直反対です。でも、『ダンス・ラブ・グランプリ』を出した時に、ダンス部のダンス人口が急激に伸びたんですよ。数年前に映画化された『チアダン』のときもそうだったようです。もなので、女子野球に関しても、アイドル化やタレント化をせずに、ちゃんと女子野球の魅力が伝わるような漫画やドラマができたらと思います。ベタなスポコンでもいいので。実際女子野球をテーマにした漫画は出始めていますけど、まだ少し爆発力が足りないですね。

――最近感じた女子野球の変化はありますか

 僕が取材を始めた2005年は全国に硬式女子高校野球部が全国に5校しかなかったのが、女子プロ野球の成果もあって、今は30以上まで増えています。これは私立の宿命なのですが、少子化が進む中でいかに学校経営をを成り立たせるかは厳しい状況にあります。それを踏まえて、女子野球人口が増えているのに受け皿がほぼない状況で、女子野球部を持つことは子どもを集める一つの方法になると僕は思っています。実際、ある私立校は女子野球部を作っただけで、1年で部員が50人以上も入ったんです。この間、花巻東高校が女子野球部を作るという報道がでましたけど、少しでも環境を整えたいという多くの人の思いが10年かけてようやく実を結んだ気がします。

――女子プロ野球の注目度について、一時期のアイドル化によって多少は上がったもののそこからあまり伸びていない印象です、注目度という点ではご意見ありますか

 女子野球選手のアイドル化というのは一つの要素として必要な部分はあると思うんですよね。だから、さっき僕は好きじゃないという話はしたけれども、それは否定はしないんです。全然ありだとは思うのですが、ただそこだけじゃないんですよね。女子プロ野球は一時期選手をAKB化しようとしたんですよ。会いに行ける野球選手みたいな感じでアイドル化して、女子選手にメイクを施して、ちゃんとヘアメイクやスタイリストをつけてファッションカメラマンに写真を撮ってもらって売り出すみたいなことをやったんだけど、そうじゃないだろうというのが選手にもファンにもあって。そういう運営側の迷走みたいなものが普及の足踏みになってしまった感じはありますね。

――女子ソフトボールはかなりメジャーだと思うのですが、女子野球と女子ソフトボールの違いは何だと思いますか

 東京以後のオリンピックで野球を正式競技に復活させようということで世界の野球団体が手を結んでIOC(国際オリンピック委員会)に働きかけているのですが、その一つのやり方として男子野球と女子ソフトボールをタッグにして協力してロビー活動や普及活動をしているんですよ。この活動の大問題として、男子野球と女子ソフトボールを一緒にしたことで、男子ソフトボールと女子野球がないがしろにされたんですよ。男子のソフトボールの選手とかその団体も当然あるのに、男子は野球、女子はソフトボールと。これは言ってしまえば世界の野球関係者がそういう選択をしてしまったんです。切り捨てられた男子ソフトボールと女子野球を実際やっている人がいるのに、公然と差別が行われてしまっているこの現状がもどかしいというか腹だたしいですね。結局世間は女子野球と女子ソフトボールは別物だという発想になって。それは僕も別物だと思います、牽制球の有無とか塁間の長さとかのルールが違うし、体感速度がめちゃくちゃ早いんですね、女子ソフトボールって。オフシーズンになると女子ソフトボールの選手と男子プロ野球の選手が対戦して男子選手が打ち取られたりというのがバラエティとかでよくありますが、実際慣れないと男子プロ野球の選手でも打てないと思うんです。でも女子野球の選手の球は男子プロ野球選手はガンガン打つと思うんですよ。そう考えるとどうしても「女子ソフトの方がレベルが高いんだな」と思われがちなのですが、これは僕の中では囲碁と将棋を比べているような感覚ですね。囲碁とか将棋とか、あるいはチェスとかオセロとか、対戦型でいろいろ頭を使うけど、似ているけどルールの違う別物ですよね。

――女子野球はこれからどのように変わっていくと思いますか

 2年に一度、偶数年にワールドカップがあって、今6連覇していて今年7連覇を目指すとなって、世界的に日本のマドンナジャパンが強いんですよ。サッカーのなでしこジャパンがそうだったように、スポーツって強いと人気が出るんです。だからそういう期待を持ってみんなマドンナジャパンをとにかく強化して、緻密な野球で実際強かったのですが、6連覇しても思ったような話題にならないという現実を前にして、強さだけじゃダメなんだというのがあるんですね。僕は2012年のカナダとか、14年の日本・宮崎、16年の韓国・釜山とか全部選手たちに密着していて、そこで痛感したのは日本だけ強くても駄目なんだなということですね。例えばインド代表とかが出てくるのですが、インドはまだチームを作ったばかりで、かつ野球のルールもおぼつかなかったりするんです。犠牲フライをわかっていなかったりとか。だから40-0とかになってしまって、これだと勝負の醍醐味ってないんですよね。15点目とかになってくるとスコアブックもつけられなくなるんです、真っ赤になっちゃって。こういう限りではだめだなというので、何回か香港に行って、香港の女子野球チームを強くするような野球教室を何度かやりました。日本の女子野球の大学生たちが自分でお金をためて香港に行って、香港野球協会の人にパイプをつないで香港の女子野球選手を集めてもらって、グラウンドもおさえてもらって。僕たちは日本から選手と一緒に道具を持っていって、2日か3日の野球教室を何回かやったのですが、実際いま香港がちょっと強くなってきたんですよ。わずか3日間の練習だけど、まず練習のやり方とか考え方を伝えて、僕たちがいなくなった後も自分たちで練習ができる状況をつくることが一番の目的で、それをやったら香港が初めて勝ったりしたんです、2年前の大会で。そういうのを草の根的に全世界に広げていって、日本が(W杯に)出れば勝つのではなくて一歩間違えば負けるくらいに戦力が拮抗(きっこう)して初めて優勝に価値が生まれると思うので、そこまで頑張ってほしいなと思いますね。まだ時間はかなりかかると思います。

>>第3部『プロ野球』―ファンクラブありきでヤクルトファンになった―に続く

(取材・編集 池田有輝、小山亜美、中島和哉 ※取材協力 早燕会)

◆長谷川晶一(はせがわ・しょういち)

1970(昭45)年5月13日生まれ。ノンフィクションライター・スポーツを中心にノンフィクション作品を執筆。主な著書に『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ9つの系譜』『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(ともに集英社)、『幸運な男 伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』(インプレス)など多数
※長谷川氏のTwitter(@HasegawSh)より

◆早燕会(そうえんかい)

東京ヤクルトスワローズを応援する、早稲田大学中心のインカレ野球観戦サークル。86年設立。19年に現会長前田が事実上消滅していた早燕会を復活。主に神宮での観戦会や、草野球などの活動を行っている。現在、会員37名。詳しくは早燕会Twitter(@soenkaiwaseda)まで