サッカースターの技術・戦術解剖第13回 ブレーズ・マテュイディ<水を運ぶ人> フランスサッカーでは以前、なぜか黒人はスイーパーと決まっていた。レイモン・ドメネク(2004-10年フランス代表監督)によると、それを変えたのは彼とジェラール・ウ…

サッカースターの技術・戦術解剖
第13回 ブレーズ・マテュイディ

<水を運ぶ人>

 フランスサッカーでは以前、なぜか黒人はスイーパーと決まっていた。レイモン・ドメネク(2004-10年フランス代表監督)によると、それを変えたのは彼とジェラール・ウリエ(1992-93年フランス代表監督)が協会技術委員会に入ってからだったそうだ。ティエリ・アンリ、ニコラ・アネルカなど、1990年代後半から2000年代に入り、黒人選手がアタッカーに起用される流れができた。



豊富な運動量とスピードで、攻守に貢献するマテュイディ。その役割はフランスサッカーの伝統の一つだ

 リベロが黒人だったのは、守備の「保険」としてだ。GKの前にスピード、パワー、高さのある選手を置けば失点を防ぐのに有利という考え方である。1980年代のフランス代表のリベロ、マリユス・トレゾールはその典型だった。

 ただ、黒人がすべてリベロだったわけではない。82年W杯(ベスト4)でトレゾールとともにプレーしたジャン・ティガナはMFだ。ミッシェル・プラティ、アラン・ジレス、ベルナール・ジャンジニと組んだ中盤は、華麗なパスワークから「シャンパン・フットボール」と呼ばれた。ティガナは84年ヨーロッパ選手権(優勝)、86年W杯(ベスト4)でも中心選手のひとりとして活躍。所属チームのボルドーでは、ジレスと名コンビを組んでいた。

 小柄で細身だったディガナは、細い足を駆ってフィールドを走り回り、巧みなテクニックでパスワークを支えた。このタイプの黒人選手の系譜は、その後もつづいていく。2000年代にレアル・マドリードやチェルシーで活躍したクロード・マケレレがその代表だが、現在はブレーズ・マテュイディ(ユベントス)やエンゴロ・カンテ(チェルシー)に引き継がれている。センターバックに起用される巨人とは異なり、およそ背は低く体格も華奢だがスピードに恵まれ、無尽蔵のスタミナでどこまでも走りつづけられる。

 フランスの「水を運ぶ人」は黒人が定番だ。水を運ぶ人はマイスターとの対比である。徒弟制度が発達していたヨーロッパで、たとえば煉瓦職人は煉瓦を積むわけだが、そのためには水が必要だ。親方が水まで汲みに行っているのでは、あまりにも作業効率が悪い。だから水を運ぶ人が要る。サッカーでも「水を運ぶ人」はよく使われる表現になっている。

 水を運ぶのは重労働だが、特殊な技能は要求されない。しかし、それなしには仕事にならないので重要ではある。フランスはアメリカほど人種差別が顕在化していないが、職業的な色分けはあった。アパートの管理人やホテルの清掃業はポルトガル、スペインの移民が多い。道路の清掃になるとほとんどが黒人である。いわゆる3K(きつい、汚い、危険)の仕事を引き受けているのがアフリカ移民などの黒人だ。

 サッカーのフィールドでは、黒人選手がスターを支える役割を担ってきた。ナント時代のマケレレはジャフェット・エンドラムを支え、レアル・マドリードではジネディーヌ・ジダンを補佐した。エンドラムとジダンはいずれもアフリカにルーツを持ち、エンドラムは黒人だが、彼らのチームでの役割はマイスターである。マケレレは彼らのために水を運ぶ人だった。

<守備的ウイング>

 現在ユベントスでプレーするマテュイディのポジションは、イタリアではメッザーラと呼ばれる。ワーキング・ウインガーだ。伝統的にイタリアのウイングは働き者で、サイド攻撃だけでなく豊富な運動量で中盤の守備にも貢献してきた。イタリア代表で言えば、フランコ・カウジオ、ブルーノ・コンティ(共に82年W杯優勝)、ロベルト・ドナドーニ(94年W杯準優勝)、マウロ・カモラネージ(06年W杯優勝)がこのタイプだった。

 マテュイディは運動量抜群、スピードもある。マケレレのように中央でプレーしたこともあるが、ワーキング・ウインガーにはうってつけと言える。攻撃では、ライン際でボールを持つ味方の内側をあがるインナーラップから、左サイドをえぐるプレーを得意としている。そして、守備は中盤を助けるという範囲にとどまらない。ポジションを的確に埋める戦術眼、戻るスピード、タックルのうまさがあり、守備面での貢献は大きい。

 18年ロシアW杯で優勝したフランス代表でも、マテュイディは重要なピースだった。

 ディディエ・デシャン監督は、4-4-2をベースに堅固な守備から鋭いカウンターアタックを繰り出すチームをつくるのが得意だ。これは監督として最初に指揮を執ったモナコの時から変わらない。モナコではチャンピオンズリーグ(CL)準優勝、その後はマルセイユでリーグアン優勝。マルセイユには黒人選手が多く、デシャンは彼らの活用の仕方をよく知っている。

 ロシアW杯のフランス代表では、ボランチのコンビにポール・ポグバとカンテを起用した。この2人の関係はプレースタイルと体格の凸凹感で、かつてデシャンもプレーしたナントでのエンドラム&マケレレと酷似している。そして、デシャンはもう1つのペアもつくっている。右サイドハーフのキリアン・エムバペと左のマテュイディだ。

 エムバペとマテュイディのポジションは、距離が離れすぎているのでコンビとは言えないかもしれないが、戦術的には明らかに補完関係にある。驚異的なスピードスターのエムバペはカウンターの切り札だった。守備の時に攻め残ることも多い。

 その分、左のマテュイディが早めに引いて、カンテ、ポグバとともに中盤のラインを形成していた。点の取り合いとなったラウンド16のアルゼンチン戦で、右のハーフスペースから動き出すリオネル・メッシに対して、マテュイディとカンテで対応できたのは大きかった。

 ボールを奪えるMFを並べ、奪ったボールを即時に縦へ、スピードスターが裏をつく。そのために起用する選手のバランスがモナコとフランス代表でよく似ていた。デシャン監督自身、現役時代は「水を運ぶ」人だったので、その重要性をよく理解しているのだろう。

 ティガナ、マケレレ、カンテ、マテュイディと、フランスはバイプレーヤーに強力なタレントを生み出してきた。主役を張れる力もありながら、主役を盛りたてる利他的なプレーに徹する。社会環境ともシンクロする彼らは、いつも栄光を下支えしていた。