新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ほかの競技と同じく、レスリングの選手たちも練習ができなくなって2カ月以上が経つ。練習を一部再開したところもあるが、本格的な練習を行なうようになるにはまだ程遠く、感染拡大の第2波・第3波も心配されている…

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ほかの競技と同じく、レスリングの選手たちも練習ができなくなって2カ月以上が経つ。練習を一部再開したところもあるが、本格的な練習を行なうようになるにはまだ程遠く、感染拡大の第2波・第3波も心配されている。



コンタクトスポーツのレスリングはコロナ後、どう変化するのか

 世界規模の感染拡大のため、「試合ができない、練習ができないのはどこも同じ。他国と条件はイーブンだ」との意見もある。だが、「海外の選手と比べて、日本人選手のほうが影響は大きいのでは?」と危惧する現場の声も少なくない。

 高谷惣亮(フリースタイル86キロ級)、屋比久翔平(グレコローマンスタイル77キロ級)、園田新(グレコローマンスタイル130キロ級)。今年3月のオリンピック・アジア予選に所属する3選手を送り出す予定だったALSOKの大橋正教監督も、そう心配するひとりだ。

「大変な状況のなか、選手たちはクサらずによくやっていると思います。マットに上がれなくても日々、自宅のまわりを走り、トレーニング器具がなくても、工夫して筋トレを続けている。ただ、ひとりだけのトレーニングで自分を追い込むのは難しいでしょう。

 外国人選手と日本人選手を比べた場合、一番の違いは体つきと体力です。私は専門家ではないので医学・科学的なことは言えませんが、DNAなのか、食文化なのか、小さい時からの育ち方なのか、明らかに骨格・筋肉の質が違います。

 私は現役時代、外国人選手と戦って肌身でそれを感じていました。彼らは私たち日本人と比べて筋肉がつきやすく、しかも落ちにくい。

 園田選手には悪いですが、日本グレコローマンスタイル最重量級チャンピオンの彼がオリンピック3連覇を果たした”霊長類最強”アレクサンドル・カレリンの100倍練習したって、あんな身体にはなれないし、あのパワーは手にできない。そんなことは彼も十分わかっています。それでも、外国人選手と戦えるように努力しているわけです。

 これまで日本人選手は、外国人選手の何倍も練習して身体を鍛え、体力負けしないように張り合ってきました。だが正直、今、それだけの練習ができているのか、引き離されていないか不安です」

 そして、大橋監督がもうひとつ危惧しているのは、スパーリングができないことだ。

「バーベルを上げたり、走ったりするトレーニングで汗を流すのではなく、”とにかくスパーリングでビッシリと汗をかきたい”のが日本のレスリング選手です。それでも、選手たちは真面目にルールを守って、4月以降はまったくスパーリングをしていない。

 本格的な練習ができるようになったとしても、いきなりガチでスパーリングしたら、それこそケガをしてしまいます。最初は打ち込みで身体を慣らし、徐々に技術練習で感覚を取り戻していきます。以前のように100%の力で何本もスパーリングをこなせるまでには、ある程度の時間がかかります。

 もしかすると、海外のどこかではスパーリング練習をやっている国もあるかもしれない。そういう不安もあります」

 日本レスリングのスパーリングの多さは、海外でも有名だ。合宿で来日した外国人選手は、男女問わず、日本での練習についてこられない選手も少なくない。

 外国人選手の多くは、スパーリングを数本こなすと疲れ果てて、早々と練習場から引き上げていく。一方、海外のナショナルチームの練習に参加した日本人選手たちが「スパーリングの時間が短くて、物足りなかった」と言うのはよく聞く話だ。

「スパーリングでは、レスリングで勝つための体力やスタミナがつきます。それは言わば”レスリング力(ぢから)”というもの。実際、走るなどの持久力が高くても、スパーリングや試合となるとすぐにへばる選手はいますから。

 試合はずっと同じリズム、テンポで動くわけではありません。ここぞという時に力を出して、攻め込んだり、守ったりしなければならない。自分のペースではなく、相手に動かされることもある。相手に当たったり、技をかけて力を振り絞る時も、その瞬間、瞬間に体力が必要です」

 日本人選手はこうしてスパーリングを重ねていくことで、体格で勝る外国人選手と互角に張り合えるようになり、リオデジャネイロオリンピックまでに金メダル32個、銀メダル20個、銅メダル17個、計69個のオリンピックメダルを獲得してきた。

「まずは一日も早く、思い切りスパーリングができる状態になることを祈るばかりです」

 6月5日、日本レスリング協会は理事会を開き、以下の点を発表した。

●東京オリンピック代表に内定していた8選手を、そのまま代表に選ぶ。

●出場枠を獲得できていない残り10階級については、昨年12月の全日本選手権優勝者に与えられたアジア予選出場権を維持する。

●7月に味の素ナショナルトレーニングセンターで全日本合宿を再開し、参加選手には事前に抗体検査を行なうことも検討する。

 大橋監督は上記の決定事項について、以下のようにコメントした。

「協会は12月の全日本選手権に出場しなくても決定は変わらないと言っているようですが、これだけ長い間、試合ができていないんですから、選手はアジア予選やオリンピックまでにひとつでも多く試合を経験するべき。負けてもいいんですから。減量が厳しければ、階級を変えてでも。

 代表合宿も、できるだけ早くやってもらいたい。レスリング協会にはJOCでも活躍されているドクターが何人もいるので、もちろん万全の医療体制で、抗体検査もPCR検査もバッチリやって。せめて、アジア予選に挑む選手だけでも早急に検査して、安全な練習環境を整えていただきたい。

 選手たちは情報がまったく入ってこないので不安でしょう。オリンピック開催が一年伸びたことで年齢的にキツくなる選手もいるでしょうが、この困難を乗り越えてもらえたらと思います。今はとにかく、選手たちの不安をひとつひとつ取り除いて、安心して目標に向かって練習できるようになればと願っています」