永井秀樹 ヴェルディ再建への道トップチーム監督編(14)(13)はこちら>>外に出られなくても、監督として常にヴェルディのことを考えて過ごしていた永井秀樹監督 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の全国的な解除を受けて、Jリーグは、2月…

永井秀樹 ヴェルディ再建への道
トップチーム監督編(14)
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外に出られなくても、監督として常にヴェルディのことを考えて過ごしていた永井秀樹監督

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の全国的な解除を受けて、Jリーグは、2月末から延期していたリーグ戦の再開日(J1は7月4日。J2とJ3は6月27日)を発表した。

 自粛期間中、東京ヴェルディは再開に備え、特に戦術理解を深めるためのオンラインミーティングに注力してきた。

 監督として2シーズン目を迎えた永井秀樹が、「複数回、長い時間を選手達はオンラインミーティングに集中して取り組んでくれた。テーマは頭の中での戦術理解と共有だった」という、その内容と、再スタートを切る2020シーズンについて聞いた。

「(オンラインミーティングは)大きく分けるとMB(攻撃)とRB(守備)について、毎回詳細にテーマを決めて、過去の試合や参考になりそうな海外クラブの試合映像やCG加工した動画等を交えて実施した。

 例えば、『MBの最後の崩しについて』や『サイドからの崩しの型について』といった感じに。我々が目指すサッカー、『ボールを保持してゲームを支配するための方法論』についてさらに深く落とし込んできた。

『RBはどこでボールを奪うのか』『どの位置からプレッシャーをかけるのか』など、映像を見せつつ解説する。週2回、1回あたり2時間ほどで、パソコンの画面に、全選手とコーチ、スタッフまで含めると40人前後が映っていて、みんなの顔を見て、反応を確認しつつ伝えることができたのはよかったと思う。

 欲を言えば、もっと細かく、『このシーンで、どういうことを考えて、どう動いて……』ということまで、議論できる時間が持てたらなおよかったかなと。さすがにそこまでやると5、6時間かかってしまうので、基本は、自分が思い描くイメージを伝える時間が多かった」

 永井がそう語るオンラインミーティングについて、選手はどのように受け止めたのか。
ユース時代からの教え子で、昨シーズンは飛び級でトップチームデビュー、永井体制後はスタメンで出場するようになった山本理仁(りひと)は、こう話す。

「オンラインだからといって、不便に感じたりはしませんでした。映像もしっかりと流れますし。頻度も多く、一回あたりの時間も長かったので、じっくりと戦術を突き詰めることができたように思います」

 また、「全員攻撃」「全員守備」を標榜する永井サッカーにおいて、中盤全般、さまざまなポジションを任されるキーマン、佐藤優平は、「ミーティングの内容や資料映像を見返すことができるので、そういう意味では普段のミーティングよりも、より深く考えたり、理解する時間が持てたように思います。新加入の選手にとってはもちろんですが、昨シーズンから永井監督のサッカーに取り組む選手にとっても、復習や、今年やりたい応用の部分をじっくりと学ぶことができたので、よかったと思います」と話した。

 永井にとっては、限られた時間と条件の中で伝えなければならず、普段以上に資料作りなどに時間をかけて徹夜になることもあった。苦労した分、選手にとっては、グラウンドで実戦形式のハードな練習ができないなか、より深く突き詰めて自分たちのサッカーについて考える貴重な時間を持つことができたようだ。

* * *

 昨シーズン途中からトップチームを引き継いだ永井は、就任当初から戦術だけでなく、チームとしてのあり方まで見直し始めた。根底にあるのは、常にヴェルディ再建を考えるなかでのチーム作りだ。

 かつての名門クラブは、なぜJ2が指定席になってしまったのか。日本リーグ時代、古河や日産といった大企業チームと比較して、資金的に優位とは言い難かった読売クラブは、なぜ強かったのか。それは、永井が現役晩年から抱き続けてきたテーマであった。今は現場の責任者でもあるトップチーム監督という立場で、新しいクラブの歴史作りに貢献したいと願っていた。

 これまでも何度となく話してきたように、永井の描くサッカーは「常に数的優位を維持し、90分間のボール保持とゲーム支配」「全員攻撃、全員守備のトータルフットボールで、90分間、自分達でゲームを支配(コントロール)して 圧倒して勝つ」というスタイルだ。誰が出場しても同じサッカーができることを一貫して目指している。

 前回ヴェルディがJ1復帰を決めた2007シーズン、多くの選手はJ1経験者だった。のちにブラジル代表でも活躍するフッキ(42試合で37得点)やディエゴ(47試合13得点)という超のつく助っ人や、名波浩や服部年宏といった日本代表でも一時代を築いた経験豊富なベテラン選手もいて、戦力的にはJ1クラブと遜色ないレベルにあった。当時36歳だった永井も、ここ一番という場面で戦況を変える切り札として活躍し、J1昇格に貢献した。

 しかし今は、高額年俸の選手を多く揃えて戦力補強できるようなクラブとは違う。それだけに、個の力に頼らず、より組織力で勝てるチームを目指し、伝統を築き上げることが、新しいヴェルディのあるべき姿と永井は考えていた。



活動休止中は、情報を共有しながらオンラインミーティングを行なった

 昨シーズンの中心選手が抜けたことは大きな誤算だったものの、今シーズンは、ユース時代の教え子を5人昇格させると同時に、国見高校の後輩でもあり、経験と実績を兼ね備えた大久保嘉人を獲得して、新しい風を吹き込もうとしている。永井が若い選手に期待するのは、大久保の技術や経験以上に戦う心を学び、「一流」と「超一流」の違いは何かを感じてもらうことだ。

 年明けは例年より早く始動した。沖縄キャンプでも、オフの日以外は連日2部練習で、強度の高いトレーニングで肉体的にも追い込んだ。さらに、トレーニングマッチを数多くこなすことで、戦術理解を深めると同時に、レギュラー争いも活発にした。

 迎えた2月23日の開幕戦、ヴェルディは昨シーズン4位で、J1参入プレーオフを最後まで勝ち上がった徳島相手に0-3で敗れた。

 結果はすぐには出なかった。しかし、高卒ルーキーの藤田譲瑠(ジョエル)チマをいきなり先発起用して、大久保とフロントボランチを組ませたり、センターバック(CB)には、左利きの山本が右側、右利きの高橋祥平を左側に起用するなど、昨シーズンから引き続き、長期的な視点に立ったチーム作りに向けて、さまざまな試みを行なう姿勢を見せた。

 新しいことに挑戦すればするほどミスも出るし、最初はうまくいかないこともあるかもしれない。永井はそれでも、オンラインミーティングで繰り返し、「失敗を恐れず、皆で新しいヴェルディサッカーを作ってほしい」と話し続けた。

「選手たちにはいつも『サッカーの内容や質にこだわる理由は、結果を出すため』と話している。試合に負けているのに、『いや、今日は内容よかったから、オッケー』なんていうのは、プロでは通用しないことは、自分が一番よくわかっている。でも、プロである以上、勝ち負けだけではなくて、サッカーの本質の部分、エンターテインメントの部分も忘れてほしくない。

 これまで当たり前にあった週末のJリーグがなくなった。観客と共に感動を分かち合うことができなくなってしまったことで、選手も、スポーツのエンターテインメント性、感動できるすばらしさを、よりリアルに実感したはず。

 ファン、サポーターの方が『ほんとにこの試合を観てよかった、面白かった』と感じてもらえるように表現することが仕事。尊敬するヨハン・クライフは『結果と娯楽性は車のタイヤの両輪のように回らないといけない』と語っていたけれど、見て楽しい、面白い、そして感動できる、というエンターテインメント性と内容(質)そして結果。この3つにこだわり続けることの大切さを、今回の中断期間に、自分もあらためて考え直した。

 感動、質、結果の追求はすべて同じように大切であり、自分が求めていること。それを逆に何人かの選手達から問われたりもした。自分が考える以上に、選手たちは、今取り組んでいるサッカーに対して手応えを感じてくれている。それは自信につながったし、ブレずに追求し続けなければいけないと、覚悟を新たにした」

 永井の目指すスタイルは、はまれば8人の選手と11本のパスをつないでゴールを決めた昨年のFC琉球戦のように、美しく観ている人たちに感動を与えてくれる。しかし、わずかなミスから大きなピンチを招いてしまう危険とも隣り合わせだった。昨シーズン、永井が監督就任後のヴェルディは、J2でボール保持率2位。75%の保持率を記録し注目を浴びた。

 しかし、独自の信念と哲学を持つ監督に対する評価は様々で、辛口の意見もあった。一方で、組織の魅力を高めることで、新しいヴェルディの伝統を作ろうとしている姿勢に対しては、長くサッカーに携わってきた記者からは「育成から積み上げ、長い目で捉えたチーム作り」と好意的な意見も聞かれた。

「プロの世界は、批判と賞賛の繰り返しだと思っている。もちろん批判されていい気はしない。でも、ほんとに期待してくれているからこそ、その期待を裏切られたときの腹立たしさもわかる。

 監督という仕事は、批判や敗北を恐れていたらできない。まずは腹をくくる覚悟があるかないか。腹をくくる覚悟がないのならば、監督という仕事は引き受けるべきではない。やはり、勝つか負けるか、極論すれば二者択一なわけで、全力を尽くした先での敗北は恐れない、勝利するための確率を上げる、そのために質にこだわり、全力を尽くす。その中で、失敗は恐れないけど、失敗を受け入れて修正できる謙虚さも持ち続けなければならない、という思いも変わらない」

 J2は、J1より一足早く、6月27日に再開されることになった。永井が想定していたタイミングより1週間ほど早かったため、スケジュールを再調整し、急ピッチで準備を進めていく。

「J1昇格を目指す上で何がプラスでマイナスなのか、レギュレーションがまだはっきりしていない部分もあるので、計算できないというのが正直なところ。ただ、連戦が続いたとしても、それはよりチームとして戦うことが求められる、ということ。すべての選手がピッチに立つチャンスや時間は増えると思うので、全員サッカーを目指す自分たちにとっては、前向きに捉えていいと思っている」

 コロナ禍の影響による不安定な社会情勢はまだ続いているため、また何かが起きてもおかしくない。それでも、再びJリーグが日常に戻ってくることに心から感謝し、そして「GO BEYOND 新たな時代へ」のスローガンのもと、クラブが次の50年に踏み出す年と捉える創立51年目を迎えた2020シーズン、永井はどんなチーム作りをするのか注目したいと思う。