※この取材は5月17日にリモートで行われたものです。『世界を目指すトレーナー』 東京五輪の男子マラソン代表に内定している大迫傑氏(平26スポ卒・現ナイキ)ら、多くのトップアスリートの指導やケアを任されている、早大競走部育ちのスポーツトレー…

※この取材は5月17日にリモートで行われたものです。

『世界を目指すトレーナー』

 東京五輪の男子マラソン代表に内定している大迫傑氏(平26スポ卒・現ナイキ)ら、多くのトップアスリートの指導やケアを任されている、早大競走部育ちのスポーツトレーナーをご存知だろうか。スポーツ科学部1期生として入学し、博士号取得後、帝京大学助教授を経て、現在はフリーのトレーナーとして活躍する五味宏生氏(平19スポ卒)である。「世界と戦うことを目指す選手が多くいた早稲田だからこそ、今の自分がある」と語る五味氏に、これまでの歩みと目指すところ、延期の決まった東京五輪に懸ける思いについてお話を伺った。


スポーツトレーナーとして活躍する五味氏(写真提供:五味氏)

 五味氏と陸上競技との出会いは中学時代にさかのぼる。110mハードルに取り組み、中学3年時には都大会で上位の成績を収めた。当時から、どんなふうに体を動かせば速く走れるのか、速い人とそうでない人の違いは何か、人一倍考えていた選手だったという。都立高校入学後も競技を続けたが、成績は伸び悩んだ。どうすれば記録を伸ばせるか。試行錯誤の毎日を経て、早大入学と共にスポーツトレーナーの道に舵を切る。競走部の同期には全国トップレベルの選手が10名以上も揃っており、「彼らが突き抜ける手伝いをしたい」と思ったことがその理由だった。以降、博士課程修了までの9年間、競走部で選手のサポートに当たることになる。

 早大競走部は今も昔も、才能の宝庫である。当然、トレーナーである五味氏は、その才能に向き合い、ハイレベルな要求に応える必要があった。例えば、男子5000メートル学生記録保持者の竹澤健介氏(平21スポ卒)は、在学中に世界選手権、五輪に出場したが、周回遅れの屈辱を味わった。選手が世界と戦うために、自分は何ができるのか。その答えに到達するため、海外の進んだ知見を取り入れながら、勉強と実践を重ねてきた。

 早大出身の選手の中で、現在も五味氏に指導を仰ぐのが、前述の大迫氏だ。言わずと知れた、男子マラソンの日本記録保持者である。スポーツトレーナーといえば、マッサージなどを通して選手の体のケアに当たる仕事、というイメージが日本では未だ根強いが、五味氏はそれ以上に、運動療法を通じて体の使い方を変えることを重視している。そして、体の使い方の本質を感覚的に捉えることができるのが、大迫氏だという。例えば他の選手が「故障から脱却するために、足の着き方を変えようと思う」と話しているのを聞いた大迫氏は、「末端部分の動かし方にこだわっても仕方がない」と指摘したそうだ。「ハムストリングスの付着部あたりに良い感覚の圧が掛かっていたら、良い走りだと思う」と。その研ぎ澄まされた感覚、本質をとらえる力がトップ選手たる所以だろうと五味氏は話す。また、漠然と体のケアを求めるのではなく、自分の考えと共に具体的な要求をしてくる点も、強い選手ならではの特徴だという。


大迫氏(右)のサポートも担当している(写真提供:五味氏)

 

 もう一つ、現役の選手ながら次世代の育成に踏み出している点も、大迫氏の特徴的な点であろう。フルマラソンを2時間3分台で走るような選手を次の世代から輩出したいと、常々口にしているそうだ。そのためには、単なる走り込みよりも体の動かし方を習得するトレーニングが欠かせず、箱根駅伝だけを目指して過度に走り込むような現状を打破する必要があると五味氏は考えている。そこで、『GOMIトレ』と銘打って、トレーニング方法や競技に対する考え方を大迫氏と共に発信中だ。最適なトレーニング方法は選手によって異なりパッケージ化できるものではないため、発信には困難も伴うが、大きな反響に手応えも感じている。


『GOMIトレ』配信の様子(画像提供:五味氏)

 大迫氏も出場する東京五輪の延期が発表された時、五輪に人生を懸けている関係者らの顔が浮かび、「なんとかやってくれ」と祈る気持ちになったという。一方で、1年間時間をもらえることで世界と戦うレベルに到達できる可能性のある選手も、指導している中にいる。サポートしてきたすべての選手にやり切ったという実感を持ってほしい――それがトレーナーとしての五味氏の願いだ。そして、もう一つ。2017年、ロンドンで開催された世界選手権を観戦した際に目の当たりにした熱狂を、東京でも味わいたいという願いがある。ロンドンの市民のように、日本人が競技についてより詳しく知る機会になることを望んでいる。

(記事 町田華子)