こんな対決あったのか!高校野球レア勝負@甲子園第3回 2013年夏岸潤一郎(明徳義塾)×森友哉(大阪桐蔭) 明徳義塾の2年生エース・岸潤一郎(現・西武)には、お守りになる言葉があった。「おまえが2点以内に抑えてくれたら、勝たせてやる」 20…

こんな対決あったのか!
高校野球レア勝負@甲子園
第3回 2013年夏
岸潤一郎(明徳義塾)×森友哉(大阪桐蔭)

 明徳義塾の2年生エース・岸潤一郎(現・西武)には、お守りになる言葉があった。

「おまえが2点以内に抑えてくれたら、勝たせてやる」

 2013年夏、甲子園での大阪桐蔭戦(3回戦)の試合前、馬淵史郎監督に言われた言葉だった。



強打の大阪桐蔭打線を1点に抑えた明徳義塾の2年生エース・岸潤一郎

 2年連続となる大阪桐蔭との対戦。前年は1年生ながら4番・ライトで先発し、途中からマウンドにも上がり好投を見せた。だが、打線が藤浪晋太郎(現・阪神)の前に手も足も出ず、0−4と2安打完封負け。

 大阪桐蔭には、代が変わったこの年の練習試合でも3−9と完敗しており、リベンジをかけてのマウンドだった。大一番を前に緊張感は高まる。だが、そこで岸はこんなふうに思うようにしたという。

「大阪桐蔭だからって見上げるより、見下したほうがいいと。馬淵監督に言われたことがあるのですが、『おまえは見下しているぐらいのほうがいいピッチングをするな』って。試合の前日はとにかく楽しみでした。森(友哉/現・西武)さんと甲子園で対戦できるなんて『ヤバッ』みたいな。抑えてどれだけ注目を浴びるかを考えた時のワクワク感ってハンパないじゃないですか」

 初回、緊張が力みにつながる。先頭打者にセンター右に弾き返された。悪くても三塁打の当たりだったが、この打球をセンターがダイビングして後逸。ランニング本塁打となっていきなり先制点を奪われた。いきなり1点を失ったが、ここで岸はお守りの言葉を思い出す。

「2点まではOKと思っていました。だから、1点取られても苦しくなかった。抑えようというよりは、最終的に勝っていればいいと思うタイプなんで」

 一死後、3番・森に安打と盗塁を許してピンチを迎えるが、森の強引な三盗失敗にも助けられ、なんとか1失点でしのいだ。

「(森は)気持ちが焦っていたんですかね? あれはデカすぎです。あのあと4番打者にポテンヒット(二塁打)を打たれているので、ほんとなら初回に2点入っているんです。そうなっていたら、もっと違う展開になっていたと思います」

 これで冷静さを取り戻した岸は、2回以降の8イニングは5安打無失点(4奪三振)。2回の打席で受けた死球の影響を感じさせず、最後まで大阪桐蔭に主導権を渡さなかった。

 岸の投球で特筆すべきは、四死球をひとつも与えなかったこと。強打の大阪桐蔭打線を相手にすると、警戒しすぎてボールが先行する投手が多いが、この試合の岸は117球を投げてストライクは78球(ファウル、インプレーの打球を含む)。65パーセントを超えれば優秀といわれるストライク率は、68パーセントを記録した。大阪桐蔭打線に対し、いかに逃げなかったかを証明する数字だが、じつはここに岸の好投の秘密がある。

「大阪桐蔭打線にはファウルを打たせないと無理です。ストライクは見送らないので、ファウルじゃないとカウントを稼げない。ストライクゾーンは振ってくるので、厳しいところに投げてファウルで稼ぐ」

 ストライク78球の内訳を見ると、見逃しが12、空振りが11、ファウルが26、インプレーとなった打球が29。インプレーの打球を除くストライク49球のうち、ファウルは半分以上の53パーセントを占めた。

「振ってくるんだから、利用しない手はない。『大阪桐蔭やから』って余計なことを考えてボール、ボールになって、甘いところに投げてしまうのが一番もったいないじゃないですか」

 もうひとつ、岸が好投できた要因がある。それは内角を攻めたことだ。長打を恐れてアウトコース中心の配球になる投手が多いが、岸は向かっていった。

「どこのチームを見ても、大阪桐蔭相手だと逃げますよね。でも、実際ちゃんと投げれば、いちばん長打が少ないのはインコースです」

 内角は長打があるというイメージがあるが、実際打たれているのは内角を狙ったのが甘く入っている球だ。きっちりコースに投げれば抑えられる。5番の香月一也(現・ロッテ)には4打席の全8球中6球がインコース。球種はすべてストレートで4打数1安打。走者を置いた打席はすべて抑えた。

 もっとも怖い森に対しても内角勝負。4打席すべて勝負球はインコースだった。2安打は許したものの、外野に飛ばされたのは初回の1本だけ。あとは内野ゴロ2本と内野安打1本だった。



試合には敗れたが、岸潤一郎から2安打を放った大阪桐蔭・森友哉

「4回に森さんを詰まらせた(結果はショート内野安打)瞬間、『この試合勝った』と思いました。内野安打にはなりましたけど、森さんのあそこまで詰まった打球を見たことがなかったので。森さんは長打を打つというより、芯に当てるのがうまい打者だと思っていました。その森さんが詰まるなんて......『今日は調子がいい。もう打たれる気がしない』と思いました」

 岸が最高の投球を見せた一方で、この試合の森はおかしかった。初回の三盗失敗にしても、無理に走る場面ではない。打者は180センチ、85キロの大柄で長打力のある4番打者。外野手が深く守っていたため、シングルヒットでも悠々とホームインできる状況だった。

 また2回裏の守備でも、一死二、三塁の場面で三塁にけん制悪送球。投げなくてもいい送球で明徳義塾に1点を献上している。

 試合後、報道陣の質問に森はこう答えた。

「三盗はもう1点ほしいと思って、自分の判断で走りました。けん制は、ランナーを刺せればこっちに流れがくると思ったけど、うまくいかなかった。力んでしまった」

 一世一代のピッチングをした岸は、晴れやかな表情でこう語った。

「ピッチャーは能天気なほうがいいです。(気持ちが)入りすぎるとそこしか見えなくなる。最終回に投げている時なんか、『いま頃、外はヤバいやろうな』と。帰ってツイッター検索したいとか、ニュースに絶対出るんやろうなとか、そんなことばかり考えていました(笑)」

 大胆に攻める一方で、第三者的な目線があるから得点圏に走者を背負っても冷静でいられる。心身ともにコントロールできた岸の勝利だった。

 ちなみに、岸は翌年夏の甲子園でも大阪桐蔭と対戦。この試合で岸はホームランを放つも3−5で敗れ、高校野球生活を終えた。

 高校卒業後は大学に進むも、ケガが重なり退部。大学も中退した。しかし、野球への情熱は抑えきれず、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスへ入団。そして昨年のドラフトで西武から8位指名を受けた。あの激闘から7年、同じユニフォームを着た岸と森。今度はチームメイトとしてどんな戦いを見せてくれるのだろうか。