連載「Voice――今、伝えたいこと」第17回、ツアー通算10勝女子プロゴルファーのメッセージ 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブ…

連載「Voice――今、伝えたいこと」第17回、ツアー通算10勝女子プロゴルファーのメッセージ

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第17回は、女子ゴルフの藤井かすみが登場する。レギュラーツアーは開幕戦から7月2週目のニッポンハムレディスクラシックまでの1試合を除き、計18試合が中止となった。ツアー通算10勝を挙げた藤井は、現在解説やアカデミーの指導などを中心に活動。コロナ禍で資金面に苦労する選手たちの現状の一端を明かすとともに、「当たり前」にあった日常を失ったことで気づくべき、女子プロゴルファーの在り方について語った。

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 1年前の5月25日。ツアーを席巻する黄金世代が火花を散らしていた。中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンの2日目。新垣比菜、松田鈴英、吉本ひかる、河本結らとの優勝争い。単独首位に立った勝みなみが最終日も2打差で逃げ切った。

 本来なら今年も初夏の日差しの中、華やかなウェアで着飾った女子プロたちが芝生の上で輝いている季節だろう。女子ゴルフを見られない。静寂から一気に沸き立つ大歓声が恋しい。週末を手持ち無沙汰に過ごすファンも多いはず。「当たり前」にあった日常を失い、大切さに気づかされる日々だ。

 藤井は「3月以降、何もないですね。何もないですから暇です」と苦笑いする。自身も52歳で全米女子シニアオープンの予選に挑むため、5月末に渡米予定だった。しかし、新型コロナの影響で大会中止に。ツアーの解説やリポーターの仕事も当然なくなった。

 仕事は専属コーチを務めるマスターズゴルフアカデミーでジュニア選手を指導するくらい。密閉空間ではないゴルフの屋外練習場で、マスクや除菌アイテムを駆使し、念入りに感染対策を講じながら取り組んでいる。

 毎年3月、穏やかな風の流れる沖縄の青空の下、女子ゴルフは幕を開けていた。賞金女王を目指す人、シード権死守を狙う人、初優勝の味を知ろうとする人。それぞれの志を胸に戦う姿が当たり前のようにあった。だが、プロ選手を取り巻く状況は一変した。国内トップのレギュラーツアーを主戦場にできる選手は、ほんの一握り。相次ぐ大会中止は、下部ツアーに相当するステップアップツアーに出られるかどうかギリギリの選手たちの生活を左右するという。

「厳しい状況の選手もいると思います。ステップアップツアーに出られる子たちなら、わりとスポンサードしてもらっていたり、所属企業があったりするので、そこで働くことができます。でも、そうでない子たちは本当に無収入ですから」

年間経費は「切りつめても1000万円くらい」、選手は試合勘を失う

 移動、宿泊、キャディー、大会へのエントリー費、オフシーズンの合宿など、全国を転戦するプロたちには経費がかかる。多くの選手が火曜から試合会場で練習を始め、4日間大会なら木曜に、3日間大会なら金曜に開幕、日曜が最終日となる。決勝ラウンドに進まなければ賞金はゼロだ。毎週のように繰り広げられる生き残りを懸けた戦い。必要となる経費は安くはない。

「全試合に出場すると、切りつめても1000万円くらいはかかると思います。コースのキャディーさんにお願いしたとしても、1日1万円から1万5000円くらいは必要です。練習日を含め、ゴルフをする経費だけでも1週間で10万円くらいはしますね。あとは移動、宿泊、体のメンテナンスを含めると、1週間20万円で収まるかどうか。帯同キャディーのいる選手はもっとかかります」

 金銭的な影響でゴルフができなくなってしまう選手もいるかもしれない。藤井は「この状況が続くと他の仕事もなくなってしまうので、可能性はありますね」と危惧した。ツアーが開幕できていないことで、チャンスを失った選手も多くいる。

 レギュラーツアーのシード権(出場権)を持たない選手は、前年の最終予選会で30位程度に入れば、翌年レギュラーツアーの前半戦に優先的に出場できる権利が与えられる。最終予選会で30位前後には届かなかった選手たちは、シーズン途中に賞金額で出場優先順位を見直す「リランキング」で後半戦の出場を狙うことになる。

 だが、7月23~26日の「大東建託・いい部屋ネットレディス」後に行われるはずだった今年の第1回リランキングは、ツアーが開幕できないため実施しないと発表された。これにより、藤井は「昨年末(の最終予選会)に失敗してしまった選手たちのチャンスが凄く減った。逆に最終予選会でよかった選手たちはシード選手と同じ条件で戦える」と説明。今季前半に実力をつけ、後半戦からレギュラーツアーで戦うことを目標としていた選手は、国内最高峰の舞台で戦うことができなくなった。

 高額の賞金を稼ぎ、多くのスポンサーがいてくれることで生活に比較的不安のない選手にもツアーの開幕延期は大きい。影響するのは“試合勘”だ。何百人、何千人のギャラリーに見守られながら、1打で賞金が数百万円も変わってしまうプロツアー。いくら練習できたとしても、緊張感のある試合から離れることで弊害が生まれてしまう。

「ゴルファーにも試合勘は凄くあります。試合から離れていると、なんでもない1打をポンと打ってしまうこともある。でも、試合に出ているとそういう無駄なこと、もったいないことをしないと思います。やはり見られていると変なことはできない。見られることは凄く大事かもしれないですね」

 だからこそ、今後のゴルファー人生を左右するのは今の過ごし方だ。拠点の練習場が使える選手とそうではない選手もいる。それでも、部屋の中でできるトレーニング、素振り、パット、アプローチなど「できることを見つけて、どれだけ自分でできるかが凄く大事」と説く。いつ開幕するか見通しの立たないのが現状だが、“開幕ダッシュ”できる選手についてこう続けた。

「今は他の選手の様子がわからないので、『できないからいいや』『できるまで待とう』と思ってさぼっていると、やっている選手とやっていない選手の差が凄く開くと思います。今すぐに開幕しても大丈夫と言えるくらい準備ができている選手が上にくる。どこにいても、どんな状況でもできる選手が上に上がってきます。今のこの状況をチャンスと思って捉えている選手がやはり強いでしょうね」

コロナが気づかせてくれたもの「いろんなことを忘れがちになってしまうなか…」

 中止の数が1試合、2試合、3試合と増えていく。「中止発表」の一報さえも“当たり前”に感じてしまうほど慣れてしまった。しかし、コロナによる打撃をマイナスに捉えるばかりでは前を向けない。藤井は「よかったという言葉はよくない」と強調した上で、今の女子ゴルフ界に改めて気づかせてくれたものがあるという。

「人気が凄く出てきて、ともするとあまりよくない方向に行きかねない時期だったかもしれません。試合を開催していただいていることに対して、当たり前に思うようになってしまうこともありますから。よかったという言葉はよくないですが、見直せる時期だったのかなと思います。

 今の時代はレギュラーツアーに出ていない選手たちでも、いい意味でチヤホヤしていただいてありがたい環境です。いろんなことを忘れがちになってしまうなか、その大切さに気づかせてくれたのではないかと思います」

 賞金額も上がり、有望選手はデビュー前からスポンサーがサポートしてくれることもある。1995年にプロテストに合格し、2001年から05年までに10勝を挙げた藤井は、当時と今の違いについて「圧倒的にサポートの差があります」と語る。

「今の方がテレビの放映も多いです。みんな賞金以外の収入が増えているので、“プロとして賞金を稼がないといけない”という感じはなく、プレーもしやすい環境なのかなと思います。女子ゴルフは夢のあるスポーツです。これだけ稼げるお仕事はなかなかないですから。ですが、予選落ちすると収入がゼロになる厳しい世界でもあります。女の子らしく華やかなのに、強いプレーも見られるのが面白いところだと思いますね」

 華やかさに満ちた反面、厳しさと隣り合わせのプロの世界。そんな女子ゴルフの魅力を感じられるのも当たり前のことのように思っていた。だが、過去にはツアーが逆境に立たされた時もある。2011年の東日本大震災。開催中だったツアーが競技不成立となり、直後の3試合が中止となった。2016年の熊本地震では、KKT杯バンテリンレディスオープン(熊本空港CC)の開幕前日に選手たちが被災。大会どころではなくなった。

 それでも、苦難から立ち上がった選手たちは募金など復興活動にも尽力。何よりプレーで思いを表現し、女子ゴルフの価値を示してきた。世界が直面したウイルスとの闘いは続いている。ツアーが無事に開幕した時、選手たちにどんな思いを持ってプレーしてほしいのか。藤井は切に願った。

「選手たちはいろんなことに感謝しながら試合ができるのではないかと思います。まず、できることに対する喜びを感じてほしいのが一番です。ゴルフができることに感謝して、ギャラリーの方々、主催者の方々などいろんなものに感謝をしてプレーしてほしいですね。そして、みんなの元気が出るようなハツラツとしたプレーをしてほしい。コロナに負けていないという姿を前面に出して、しっかり頑張ってほしいです」

 中止を避けるために力を尽くした人がいる。力及ばず涙をのんだ人もいる。今もなお一日でも早い開幕を目指し、歯を食いしばっている人たちがいる。そして、選手たちの笑顔を待つ大勢のファンがいる。

 すべて当たり前ではない。また近いうちに女子ゴルフの価値を知らしめてほしい。

(文中敬称略、第18回は女子プロゴルファー・笹原優美が登場)(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)