サッカースターの技術・戦術解剖第9回 ポール・ポグバ<新しい世界チャンピオン> サッカーワールドカップに優勝国を輩出した大陸は2つしかない。ヨーロッパか南米だが、もし第三の大陸から優勝国を出すとしたら、アフリカだろうと言われていた。高い身体…

サッカースターの技術・戦術解剖
第9回 ポール・ポグバ

<新しい世界チャンピオン>

 サッカーワールドカップに優勝国を輩出した大陸は2つしかない。ヨーロッパか南米だが、もし第三の大陸から優勝国を出すとしたら、アフリカだろうと言われていた。


高い身体能力を生かしたプレーで、

「アフリカ」を感じさせるポグバ

 アフリカと言っても範囲は広いが、とくに黒人選手の身体能力は1970年代からすでに注目されていて、組織力をプラスすればヨーロッパ、南米を脅かす存在になると予想されていたわけだ。

 しかしアフリカ勢は、今度こそと期待されながら、優勝はおろか、ベスト4にも到達していない。2002年日韓W杯で韓国がベスト4入りしているので、アジアに先を越された格好である。

 ただ、実質的なアフリカの優勝は、すでに実現していると言っていい。

 2018年ロシアW杯ではフランスが優勝したが、主力6人が黒人選手だった。完全にではないが、半分以上はルーツがアフリカなのだ。サミュエル・ウムティティ、ラファエル・ヴァランのセンターバックコンビ、ポール・ポグバとエンゴロ・カンテの2ボランチ、サイドハーフのキリアン・エムバペとブレーズ・マテュイディである。白人選手はGKウーゴ・ロリス、SBのベンジャマン・パバールとリュカ・エルナンデス。2トップのオリビエ・ジルー、アントワーヌ・グリーズマンだった。

 そもそもフランスは、プレースタイルが明確でないので気づきにくいのだが、優勝したチームのスタイルはかなりアフリカ的だった。

 この大会のフランスの特徴は「負けにくさ」だ。相手を圧倒するまではいかないが、どんな相手にも負ける気がしない。個々の身体能力の高さで、ぎりぎりでも相手の攻撃を防いでしまう。4-4-2で守る時の中盤のラインは全員黒人選手で、ここの強度が出色だった。

 さらにセンターバックのウムティティ、ヴァランは、高さ、強さ、スピードがあるので、最後の一線も死守できていた。とくに守備的というわけではないが守備が強力で、どんな相手にも簡単にはやられない。試合を膠着させ、エムバペの驚異的なスピードを前面に出した速攻で得点を狙った。

 組織はフランス、と言うかヨーロッパのものだが、そこに特徴があったのではない。個々の身体能力による守備範囲の広さが、月並みなゾーンの守備ブロックを特別な域に引き上げていたのだ。つまり、普通のサッカーをやる並み外れたアスリートたちが、ロシア大会のフランスで、アフリカ人のサッカーのひとつの理想像を示していたと思う。

<フランスを象徴する選手>

 ポール・ポグバは、そんなフランスを象徴する選手である。

 長い手足、瞬発力、スタミナ、パワー、柔軟なテクニック......フランス的であり、アフリカ的な傑物だ。ロシアW杯ではエムバペを走らせるパスを再三供給していたが、そのパスレンジの長さが独特だった。

 長いスルーパスを蹴る直前の体の向きは、コースを敵に悟らせない。意表を突くボレーのロングスルーパスも披露した。あのスケール感はいかにもポグバであり、アフリカの香りである。そのパスの距離も異質だったが、そもそもあのパスはエムバペでなければ追いつけない。ポグバとエムバペでしか成立しない関係だった。そうした、予想を超えた、常識で計れないところも、アフリカのイメージだった。

 カンテとのコンビも相性がよかった。俊敏で行動半径が大きく、ボール奪取の達人であるカンテは、パスもうまいが攻撃面で特別な選手ではない。近くにいるポグバにボールを預けることができたのは、カンテにとっては好都合だった。逆にポグバは、カンテのおかげで必要以上に守備負担が重くなることがなかった。

 長身のプレーメーカーと小柄なボールハンターの組み合わせは、なぜかフランスでは定番なところがある。90年代に強かったナントでは、ジャフェット・エンドラムとクロード・マケレレのコンビがあった。プレースタイルとサイズ感は、ポグバ&カンテとそっくり。黒人選手コンビではないが、ジネディーヌ・ジダンとクロード・マケレレもそうだ。

<都市郊外出身のヒーロー>

 ポグバはフランス最古のクラブ、ル・アーブルのユースチームからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍、18歳でトップチームに昇格した。しかし、ユナイテッドでは出場機会があまりに少なく、契約満了とともにユベントスへ移籍。ユーベのセリエA4連覇に貢献し、次代のスーパースター候補として注目された。

 このあたりの経緯は、マンチェスター・シティからドルトムントへ移籍して活躍しているジェイドン・サンチョとよく似ている。10代で才能を見込まれてビッグクラブと契約したのはいいが、層が厚くてプレー機会がなく、しびれを切らせて他のクラブへ移籍する。

 伸び盛りの時期に実戦を経験しないのは、選手にとって大きなマイナスになりかねない。こういうケースは今後も出てくるに違いない。ただ、当時のユナイテッドの監督だったアレックス・ファーガソンは、「リスペクトを感じなかった」と、ポグバの個人主義を批判している。

 2016年、マンチェスター・ユナイテッドは当時の史上最高額1億500万ユーロの移籍金を払って、ポグバを買い戻した。この2016-17シーズンはヨーロッパリーグ優勝、リーグカップ優勝ももたらした。2018-19シーズンはリーグ35試合で13ゴールを記録し、チームの最優秀選手に選ばれている。

 しかし、2019-20シーズンが始まる前には「他クラブへ移籍する時かもしれない」と、接触していたレアル・マドリードやユベントスへの移籍をほのめかしていた。開幕後のポグバは負傷もあってあまりいいプレーができず、先の移籍志願発言もあって「やる気がないのではないか」とサポーターからも疑われている。

 ルアーブルからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する時にも騒動があった。あからさまに利己的な態度、クラブへの忠誠心など持たない。代理人のミノ・ライオラは、ジョルジュ・メンデスと並んで現在サッカー界にもっとも影響力のある人物とされている。ポグバの利己主義は、彼の性格よりも代理人の影響が大きいのだろう。

 それでもポグバはヒーローである。

 フランスの移民系選手は、ほぼ例外なく都市郊外の出身だ。仕事がある都市、家賃が安い郊外。およそ治安はよくない。街によっては移民たちしかいない。さまざまな差別もそこにある。サッカーはそこから這い上がる手段だ。ポグバは、反逆者として成長する多くの移民たちの英雄と言えるのだ。