これまでのスポーツ栄養学は、たんぱく質や糖質のコントロールによって、筋力や瞬発力や持久力を高めることに集中し、腸内環境を整える主役となる食物繊維は、食べてもエネルギーにならないことからもあまり…

これまでのスポーツ栄養学は、たんぱく質や糖質のコントロールによって、筋力や瞬発力や持久力を高めることに集中し、腸内環境を整える主役となる食物繊維は、食べてもエネルギーにならないことからもあまり注目されてこなかった。試合前は食物繊維を多く含む食品は控えるべきだと今も教科書に書いてある。しかしアスリートがハードなトレーニングや試合のストレスで免疫力が低下しがちだということを考えれば、日ごろから積極的に食物繊維や乳酸菌を摂る習慣をつけ、腸内環境を整え免疫力を高めておくことが「食トレ」の基本であるとも考えられる。

■スポーツ栄養学が書き換えられる日は近い?

食物繊維の重要性が唱えられるようになったのは1970年代に入ってからで、腸内環境が健康を左右することがわかってきたのも最近の話。腸内細菌の研究が進むにつれて、筋肉隆々のアスリートにこそ根付いていた「強くなりたいなら肉を食うべし!」という定説はいよいよ変化の時にある。

ベジタリアンやヴィーガンになるアスリートが年々増えていて、テニス界ではジョコビッチがヴィーガンであることが知られている。肉を食べなければパフォーマンスが低下するという説を覆し、菜食主義になってからも世界のトップに君臨しているアスリートは多い。

腸内環境という視点から見れば、肉はたんぱく質が豊富な一方で食べすぎると腸内腐敗を促し悪玉菌を増やす原因となる。植物性の食品には善玉菌を増やす食物繊維だけでなく、炎症を抑える働きのある抗酸化物質も多く含まれているから、身体を酷使するアスリートにとって菜食主義は理にかなっているといえるだろう。また、腸の働きはメンタルを安定させることもわかっているので、メンタルが影響する競技では取り入れてみる価値はある。

もちろんたんぱく質が不足することがあってはならないし、動物性食品に多く含まれるビタミンB12など不足しやすい栄養素も出てくる。また、過度の節制はストレスの原因となり逆に免疫を下げることも考えられるから、動物性食品を完全に排除することは容易におすすめできないが、たんぱく質をどのくらい摂るべきかという議論から、それらを何からどのくらい摂るかというフェーズに来ていることは間違いない。

ジョコビッチは著書の中でこう言っている。「誰一人として必要な栄養素をあなた自身より知る人がいない」。事実、同じ食事をすれば同じ結果が出るというわけではないし、何を食べるべきかを一律に定義することは難しい。

共通して大切なことは、たんぱく質、糖質、脂質、ビタミン・ミネラルなどそれぞれの木に焦点を当てて議論するだけではなく、これからは腸内環境という森を軸として栄養を考える必要があるということだ。

アスリートフードマイスター 菊田恵梨

※写真は2020年「ATP500ドバイ」で勝利したジョコビッチ

(Photo by Tom Dulat/Getty Images)