記者のなかにも、もっている者ともっていない者がいる。

 筆者は明らかに後者だ。およそ四半世紀の取材キャリアで、担当チームが獲得したタイトルはたったのひとつだけ。セレッソ大阪にはじまり、ガンバ大阪、浦和レッズなどの番記者を歴任したが、大半は私が担当を外れてから真の強豪への道を辿っていった。浦和に至っては担当になったシーズン、J2に降格している。

 かつて鹿島アントラーズとジュビロ磐田の黄金期を担当していた後輩に、「いいなぁ、毎年のように優勝原稿が書けて」とボヤくと、「代わりましょうか? 慣れというのは怖いものですよ」と軽口を叩かれる始末だ。高校サッカーでずっと追っていた東福岡が1997年度に三冠を達成し、「やっと報われた」と自分を慰めるほかなかった。並行して小野伸二や稲本潤一、本山雅志ら黄金世代の取材を続けていたが、彼らを擁するU-19日本代表が優勝候補筆頭だった1998年アジアユースでさえ、決勝で韓国に敗れている。

 そんななか、ようやくキャリア10年目で戴冠の瞬間に立ち会えた。忘れもしない2005年12月3日、快晴の等々力陸上競技場だ。世紀の最終節とも語り継がれるJ1リーグ第34節で、ガンバが悲願の初優勝を飾った試合である。

 万博の主を担当して、すでに9年が経っていた。サッカー不毛の大阪で生まれ育った私が週刊サッカーダイジェスト編集部に配属となり、なにより一助となりたかったのは、故郷でのサッカー人気向上だ。エネルギーが有り余っていたため、最初はセレッソとガンバのダブル担当と無理をしていたが、双方の広報部長に「君はどっちやねん!」「贔屓はアカンぞ」などとしょっちゅう小言を言われ、1999年からはガンバ一本に絞った。

 京都・田辺の枯芝グラウンドでパトリック・エムボマのストレッチを手伝い、高校生の稲本を京阪電車の樟葉駅までクルマで送っていったこともある。まだ「Jのお荷物」と揶揄されていた時代だ。どこかプロ意識の欠けていたスタッフが、コツコツと努力を積み重ねる姿を目の当たりにした。まさに、育成年代の構築から長期スパンでのチーム強化に乗り出した改革期。東京-大阪間を月に何度も往復し、誌面でガンバの特集ページを獲り、自分なりのサポートを続けた。


 いまは亡きヨジップ・クゼ氏、フレデリック・アントネッティ氏、早野宏史氏と指揮官が代わるなか、負ければケチョンケチョンにレポート記事で叩き、こっぴどい選手採点を付けるなどして何度か険悪なムードにもなったが、すべては愛情の裏返し。どんどん強くなって、大阪のサッカーに光を当ててほしいと願っていた。

 やがて2002年、西野朗政権がスタートする。カリスマ性があってアグレッシブなスタイルを貫く監督と、アカデミー出身で脂が乗りはじめていた宮本恒靖、橋本英郎、大黒将志、二川孝広らが見事にシンクロして、センターラインの根幹をなした。A代表にも名を連ねていた遠藤保仁、山口智、吉原宏太らが躍動し、松波正信、實好礼忠、松代直樹、森岡茂ら古株がしっかりと後方支援。若き西野ガンバは自信を増幅させながら、着実に優勝争いに絡むチームへと進化を遂げていた。

 そしてこの良き流れに、アラウージョ、フェルナンジーニョ、シジクレイという歴代最強助っ人トリオ(個人的見解です)が揃い踏みする。2005年シーズンの幕開け、初戴冠への準備は整った。

 誰もが、タイトルを切望していた。タイトルをひとつでも獲れば、このチームはさらに劇的に飛躍できると信じていた。だが、ことはそう容易くは運ばない。

 シーズン序盤は勝ったり負けたりの不安定な戦いぶりで、拍子抜けするほどだった。ようやく夏場の連戦にあって、省エネスタイルを模索した西野監督の策が奏功し、新加入のアラウージョが水を得た魚のごとく大爆発する。当時はのちの代名詞となるポゼッション型はさほどでもなく、ボールを奪うや遠藤や二川のパスを起点に、大黒、アラウージョ、フェルナンジーニョらアタッカー陣が一斉に敵陣へ雪崩れ込む、ケンカ殺法に近かった。

 指揮官は「4点取られても5点取って勝て!」と発破をかけ、極端なまでの前傾姿勢にあって、最終ラインの山口は「守るほうからしたら大変。でもガンバらしくて面白いでしょ」と胸を張った。

 そして第22節(9月3日)のFC東京戦を1-0でモノにして、チームは5年ぶりのJ1首位に立った。それからも確実にポイントを稼ぎ出し、一時は2位に5ポイント差を付ける快走ぶりを見せる。初タイトル奪取への期待が膨らんだ。

 A代表や年代別の日本代表で奮闘する選手たちが、チームに戻っては経験を還元していたのも印象深い。とりわけドイツ・ワールドカップのアジア最終予選で鮮烈ゴールを決め、“時のひと”となっていた大黒は、あらゆる面で驚異的な成長を遂げていた。

 しかしながら──。第28節(10月22日)の大分トリニータ戦を1-2で落としたあたりから、雲行きが怪しくなる。対戦相手の多くが専守防衛の戦法を採用し、自慢の高速カウンターを封じ込めにかかると、臨機応変さに欠ける西野ガンバはそこかしこでパニックを起こすようになる。


 一方でガンバは、ナビスコカップも順調に勝ち上がり、11月5日にジェフ千葉との決勝を迎えた。まずはここで初タイトルを奪取して重圧から解放され、リーグ戦、天皇杯の三冠を達成するのが最上の夢物語。だが手に汗握る攻防の国立決戦は、0-0のまま延長戦でも決着が付かず、PK戦の末にガンバは敗れ去った。

 怪物エムボマを牽引車に快進撃を続けた1997年第2ステージと、優勝まであと一歩に迫りながら絶頂期のジュビロに叩きのめされた2002年。いずれもよく奮闘したが、冷静に考えれば優勝に値するチーム力ではなかった。ただ、このチーム2005はこれまでとは違う。どこにも引けを取らない総合力を、ついに手に入れたと信じ切っていた。

 やはりどうしても、勝負弱いのだ。もはやこのクラブに沁みついた悪しき伝統なのか。ジェフが初戴冠を遂げたことで、J創設以来のいわゆる「オリジナル10」でタイトルをひとつも獲っていないクラブは、ガンバを残すのみとなった。

 試合後の表彰式の最中、落ち込んでいる私に声をかけてきたのは当時23歳の第3GK、日野優だった。彼は歓喜に沸くジェフ・サポーターのほうを指さし、「むっちゃエエ光景やないですか。次は僕らがあの喜びを与える。そうポジティブに考える意味でも、しっかりあの光景を目に焼き付けましょうよ!」と言い放ち、喝を入れられた。

 意外な男の意外な言葉に、グウの音も出なかった。

 その後のリーグ戦、ガンバは第30節(11月12日)の大一番、浦和レッズ戦で2-1の快勝を収めるも、怒涛のごとく押し寄せる初優勝へのプレッシャーとガンバ包囲網に呑み込まれてしまう。

 続く名古屋グランパス戦(第31節)、大宮アルディージャ戦(第32節)で連敗を喫するとついに首位陥落。第33節のジェフ戦は引退を表明していたミスターガンバこと松波のホームラストゲームだったが、不甲斐ない1-2の黒星でついに3連敗を喫し、花道を勝利で飾ってあげられなかった。すでにシーズン10敗目。最終節を前に、自力優勝の芽がなくなった。

 12月3日、運命のファイナルデイ。首位のセレッソから5位のジェフまでが勝点2差のなかにひしめく、まさに空前絶後の大混戦だ。ガンバは1ポイント差の2位に付け、アウェーでの川崎フロンターレ戦に臨む。引き分け以上の結果を残したうえで、長居スタジアムで行なわれるセレッソ対FC東京戦ほか、他会場の結果に望みを託すこととなった。

 自宅からほど近い等々力が会場だっただけに、私は前日から息巻いていた。夜中にガンバの宿舎の前で手を合わせて念を送り、試合の3時間も前にスタジアムに到着し、大挙押し寄せたサポーターが熱狂的にチームバスを迎えるシーンに心を震わせた。

 驚かされたのは、ゲラゲラと笑い合う試合前の選手たちだった。さぞや決戦ムードでピリピリしているかと思いきや、遠藤も大黒も山口も、リラックスした表情を見せている。極限にまで追い詰められた。そして土壇場でチャレンジャーの立場に引き戻され、吹っ切れたのだ。遠藤はのちに「目の前の試合を勝つだけでしょ。簡単やん。むしろ追われるより気楽やったよね」と振り返った。


 ひとたびキックオフされると、そこには絶好調時の青黒軍団が復活していた。アラウージョが先制し、追いつかれ、宮本の技ありヘッダーで突き放しても、ふたたび追いつかれた。圧巻だったのは79分に遠藤がPKを決めて、再度勝ち越してからだ。無様にラインを下げることなく、89分に寺田紳一の鮮やかなアシストからアラウージョがダメ押しの4点目を奪ってみせたのだ。4対2。じつに“らしい”スコアで締めた。

 時を同じくして、セレッソがFC東京にアディショナルタイムで同点に持ち込まれたという一報が届く。大興奮に包まれるアウェーゴール裏スタンド。4点目を決めたアラウージョは、その歓喜の渦に飛び込んでいった。途轍もなく重い扉を、ようやくこじ開けた瞬間だった。

 試合後、サポーターと大はしゃぎする選手たちを眺めていると、橋本がそっと近づいてきて深々とお辞儀をし、短くこう言った。

「お待たせしました。ホンマに、ありがとうございました」

 堪えていた涙腺が決壊してしまった。それは私にだけでなく、ガンバを愛するすべての人びとに捧げられたメッセージだった。

 翌年夏、私はガンバの担当を外れた。それからの9年間で、ガンバは実に9つのタイトルを手中に収める。

 やはり私は、もっていなかった。それでもたったひとつの“輝き”は、永遠に色褪ることがないだろう。

文●川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

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