新型コロナウイルスの影響により、あらゆるサッカー活動が休止状態にあるヨーロッパのサッカー界。現在はスタジアム収入をはじめ、クラブの大きな収入源となるはずの放送配信権収入の行方さえも不透明で、目の前に迫る財政危機を乗り越えるべく、各クラブは…

 新型コロナウイルスの影響により、あらゆるサッカー活動が休止状態にあるヨーロッパのサッカー界。現在はスタジアム収入をはじめ、クラブの大きな収入源となるはずの放送配信権収入の行方さえも不透明で、目の前に迫る財政危機を乗り越えるべく、各クラブは選手やコーチングスタッフとの減給交渉を続けている。



市場価値が最も高いと評価されているキリアン・エムバペ

 そして、そんな状況下で大きな話題となっているのが、今シーズン終了後の移籍マーケットで起こりうる異変だ。

 近年、夏の移籍マーケットは100億円以上の移籍金が飛び交うことも珍しくなく、マーケットの規模は膨らむ一方だった。ところが、必要以上の大金が動くマーケットの現状を危惧するFIFA(国際サッカー連盟)がその傾向に歯止めをかけるべく対策を講じ始めた矢先、かつてサッカー界が経験したことのない未曾有の経済危機が到来した。

 果たして、今夏の移籍マーケットではどんな事態が起こりうるのか。ヨーロッパでは、早くもその議論が始まっている。

 たとえば、今回のコロナ危機によって世界全体のマーケット規模が約9億ユーロ(約1045億円)の縮小を強いられると試算したのは、選手の市場価格を掲載するウェブサイト『transfermarkt』だ。1998年以降に生まれた21、22歳以下の選手の価値が10%ダウンし、1998年以前に生まれた22、23歳以上の選手の価値が20%ダウンすると一律で予測して、この金額をはじき出した。

 その結果、今回の危機の前と後では、選手の市場価値ランキングも変動している。

 上位の顔ぶれを見てみると、1998年生まれの1位キリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン)の市場価値は、危機前の2億ユーロ(約232億円)から10%ダウンして現在は1億8000万ユーロ(約209億円)。1992年生まれの2位ネイマール(パリ・サンジェルマン)は1億6000万ユーロ(約185億円)から20%ダウンして1億2800万ユーロ(約148億円)。同じく1994年生まれのラヒーム・スターリング(マンチェスター・シティ)も1億6000万ユーロから1億2800万ユーロに下落した。

 以下、トップ10では、1998年以前に生まれたケヴィン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)、ハリー・ケイン(トッテナム)、モハメド・サラー(リバプール)、サディオ・マネ(リバプール)の4人が4位で並び、8位には20%ダウンのリオネル・メッシ(バルセロナ)を抜いて、2000年生まれのジェイドン・サンチョ(ドルトムント)がランクされた。また、同じく20%ダウンのアントワーヌ・グリーズマン(バルセロナ)に替わり、1998年生まれのトレント・アレクサンダー=アーノルド(リバプール)が10位に食い込んでいる。

 一方、スイスの調査機関『CIESフットボール・オブザーバトリー』は、このまま今季のリーグ戦が打ち切られ、6月30日を契約期限とする選手が契約更新をしない場合、ヨーロッパ5大リーグ(スペイン、イングランド、イタリア、ドイツ、フランス)全体の市場価値は28%下落すると試算。ちなみに、こちらは各選手の年齢以外に、契約期間、キャリア、最近のパフォーマンス(出場数など)といった評価ポイントを加えて独自に計算している。

 また、各クラブの市場価値上位20選手をサンプルにして、危機後のクラブ単位の市場価値下落率をランキング化。不名誉ながらトップにランクされたのは、酒井宏樹が所属するフランスのマルセイユで37.9%の下落。以下、2位インテル(イタリア)が35.7%、3位ヴェローナ(イタリア)が34.3%、4位S.P.A.L.(イタリア)が34.2%、5位シェフィールド・ユナイテッド(イングランド)33.2%、そしてドイツのバイエルンが33.0%の下落で6位にランクされた。

 このままでは、選手の売却が大きな財源となっているクラブにとって悪夢のような夏を迎えることになるかもしれない。だがそれでも、周囲が警鐘を鳴らすほど大きな影響は受けないと主張する人物もいる。

「移籍マーケットにおいて最も影響を受けるのは、スペシャルとは言えない26〜28歳の選手で、その類(たぐい)の選手の供給は需要を上回るはずなので、価格が下落する可能性が高いだろう。

 しかし、我々のクラブは需要を見込める多くの若い選手を抱えているので、マーケット全体の市場価格が下落したとしても、それに苦しめられることはないと思う。実際、ここ2週間でイングランドを含めて3つのクラブからオファーを受け取っているしね」

 フランスの『レキップ』紙とAFP通信の共同取材でそう語ったのは、昨夏の移籍マーケットで大きな成功を収めたリール(フランス)のジェラール・ロペス会長だ。

 たしかに彼が言うように、いくら全体の市場価格が下落したとしても、さすがに有望な若手が安値で取引される事態は考えにくい。クラブにとっては納得できる金額でなければ、その若手を残留させればいいだけの話であり、大きな痛手とはならないだろう。

 しかし、需要を見込める若手選手を多く抱えるクラブはひと握りである。今回の危機を乗り越えるために、他の多くのクラブは希望価格以下で選手を売却せざるを得ない状況に陥ることは必至だ。

 とくに現在は、今シーズンで契約満了を迎える選手の契約延長交渉のほとんどがストップしているため、今後の収入の見通しが立たなければ、クラブは手放したくない選手の契約更新を躊躇する可能性も高い。それはクラブにとっても、契約更新を望む選手側にとっても不幸な話である。

 現在、FIFAは今夏の移籍についてのガイドラインを作成し、移籍マーケットもそれに沿って進めることを推奨している。

 そのなかには、今年6月30日に契約満期を迎える選手については今シーズンが終了するまでにそれを延長することを認めること、すでに移籍が合意されている場合でも今シーズン終了後にそれが有効化するようにクラブと選手間で協力することなど、さまざまな特例措置が提示されている。

 しかしながら、それはあくまでも選手の契約期間に対する特例措置であって、移籍マーケットの規模縮小は、それとは無関係で進行するはずだ。

 そんななか、来シーズンからフランスのリーグ・アンとリーグ・ドゥの放送権契約を結んでいる企業『メディアプロ』のハウメ・ロレンスCEOは、AFP通信の取材に対して次のようなコメントをしている。

「クラブが選手獲得のために数億ユーロを支払う時代は終わるだろう。すべてが変わるはずだし、それはとてもポジティブなこと。社会全体にとっても、クラブ財政にとっても、とても前向きなことだと思う」

 今夏に1億ユーロレベルの移籍金を支払えるリッチなクラブは、間違いなく限られている。しかも、各クラブが経営危機を乗り越えるために選手や監督の減給を求めている現状を見れば、たとえUEFAのファイナンシャルフェアプレーの規定が緩和されるとしても、さすがに豊富な資金を持つクラブもビッグネームに大金を投じることにためらうはずだ。それは、社会的にも相当にハードルの高い取引になる。

 そういう意味では、ハウメ・ロレンスCEOが言うように、今回の危機はサッカー界が正常な状態に回帰するいい機会として、ポジティブにとらえるべきなのかもしれない。