本来ならば……と言ってみたところでいまさら詮(せん)ない話だが、2020年のMotoGPは当初の予定だと南北アメリカの縦断を終えて、そろそろ本格的なヨーロピアンラウンドに差しかかる時期だった。チーム・スズキ・エ…

 本来ならば……と言ってみたところでいまさら詮(せん)ない話だが、2020年のMotoGPは当初の予定だと南北アメリカの縦断を終えて、そろそろ本格的なヨーロピアンラウンドに差しかかる時期だった。



チーム・スズキ・エクスターのアレックス・リンス

 しかし、世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの影響のため、欧州各国では厳しい外出制限などの規制が今も続いており、各地のレースは将棋倒しのように次々と開催延期が決定している。

 開幕戦のカタールGPは、MotoGPクラスがキャンセルされ、中排気量のMoto2と小排気量Moto3の2クラスのみ、という変則的な形で開催された。その後、タイGP、アメリカズGP、アルゼンチンGPはそれぞれ秋へ繰り延べられたが、5月以降のスペインGP、フランスGP、イタリアGP、カタルーニャGPは延期が発表されたのみで、振り替え予定は明示されていない。

 だが、欧州の収束見通しがつかない現状では、そのような形の発表になるのもやむをえないだろう。

 6月中旬以降に予定されていたドイツGP、オランダGP、フィンランドGPについても、レースを運営するDORNAから延期の正式発表こそまだ行なわれていない(日本時間4月24日現在)ものの、各開催国は当該時期に大規模集会をまだ解禁しない旨をすでに決定しており、レースは不可能、というのが実際のところだ。それに伴い、オランダGPの開催地TTサーキット・アッセンは、すでに自らのウェブサイトで延期を独自に発表した。

 このように、7月までの開催はすべて不可能と事実上決定したことにより、レース実施の可能性は、現状のところ最速でも8月第2日曜に決勝を行なうチェコGP、ということになる。

 DORNAのCEOカルメロ・エスペレータは、4月9日に発表した声明で「FIM(国際モーターサイクリズム連盟)、IRTA(国際ロードレーシングチーム協会)、MSMA(モーターサイクルスポーツ製造者協会)、各グランプリプロモーターと引き続き協力しながら連携して状況を精査し、レースを支える団体間で可能な限りオープンに協議をしていく」「第一義的に注力するのは、従来どおりにできるだけたくさんのレースを開催すること」と、2020年シーズンを成立させるために懸命な模索を続けていることを言明している。

 そして、その声明の最後に「(新型コロナウイルスの)世界的流行が、誰も予測しえないほど我々の生活と競技を抑制し続け、旅行制限が継続する場合にはじめて、最後の選択肢として2020年シーズンのキャンセルをFIM、IRTA、MSMAと協議する」と述べている。

 現在、DORNAはレース開催地を欧州に限定して、無観客レースの可能性を模索しているという話もある。そして、これと平行するような形で、IRTAのCEOマイク・トリンビーが各チームに対してメールを送信し、「最低何名の要員ならレースを実施できそうか」との打診を行なった。

 ただし、開催地を欧州のみに限定しようとしても、1000人を軽く超えるレース関係者の国籍はじつに多彩だ。最高峰のMotoGPクラスだけに限っても、参戦選手の国籍はイタリア、スペイン、イギリス、フランス等のヨーロッパ勢が多数を占めるが、さらにオーストラリア、日本、南アの選手たちもいる。

 Moto2やMoto3になれば、国籍のバラエティはさらに多い。各チームのスタッフや運営サイドの現場要員をどれほど減らしてみたところで、結局のところ、従来どおりに陸路や空路の自由な移動が確保されない限り、レースを実施することは難しいだろう。

 また、安全なレースの開催ということを考えると、コースマーシャルやメディカルスタッフ等の救急救命人員を削ることはおそらく不可能だし、その意味では、マシンに万が一のトラブルが生じる可能性を考慮すれば、安全を技術面から支える人員、すなわちバイクメーカーやパーツメーカーのエンジニアも必ずレースに帯同する必要があるだろう。

 ……等々、これらの条件を考慮していくと、観戦客の有無や現場要員の多寡にかかわらず、人とモノの移動がかなりの度合いで平時に近い状態に戻らない限り、やはりレースの開催は相当に難しそうだ。

 このようにシーズン再開時期は、当面のところまったく見通せない状況だが、このストレスを少しでも解消すべく、DORNAは本物のMotoGPライダーたちが公式ゲーム『MotoGP 19』で優勝を争うバーチャルレースを企画し、好評を博している。

 まさに今の世の姿を反映して、皆が〈ステイアットホーム〉し、〈ソーシャルディスタンス〉を維持したまま実施するレースイベントだが、じつはこの傾向はレースの舞台裏にも及びつつある。

 本来なら、我々取材陣が選手たちと質疑応答を交わす囲み取材はレースウィークの期間中に、各チームと選手が毎日定例で行なっている。だが、現在の世情に応じる形で、〈バーチャル〉な囲み取材をチーム・スズキ・エクスターがオンライン会議システムの「Zoom」を活用して実験的にスタートさせた。

 スケジュールは、毎週木曜の欧州時間午後。年間取材パスを所有し、いつも選手と質疑応答を交わしているジャーナリストたちが対象だ。

 初回の4月23日は、スペイン人選手のアレックス・リンスが取材に対応し、来週からはチームメイトのジョアン・ミルも合流。各ライダーにつき15分ずつのスロットで、当面のところ毎週実施していく予定だという。

 早速、このリンスの〈Zoomバーチャル囲み取材〉に参加してみた。




アレックス・リンスの囲み取材がzoom上で行なわれた

 集まったのは、現場で顔なじみの各国ジャーナリストたち約20名で、取材はライダーを中心にいつものサーキットと同じような雰囲気になった。チームのプレスオフィサーがモデレータを務め、チャット画面上で挙手をしたジャーナリストを順番に指名して、Zoom上で選手との質疑応答が繰り返されてゆく。

 この〈バーチャル囲み取材〉の最後に、リンスに対し、「この数週間のロックダウンで、ライダーとして、人間として、考え方や生き方を振り返るようなことはありましたか?」と訊ねてみた。

「本当に今は厳しい日々が続いていて、家の中でずっとトレーニングやゲームをしたり、犬と遊んだりする日々の連続だよ。誰も何もできなくて、まるでライダーたち全員が引退してしまったみたいな状況だね。将来、20年経って引退したあとに、今のこの時のことを振り返ったらいったいどんなふうに思うんだろう、と考えたりもするよ」

 画面の向こうでリラックスした雰囲気のリンスからは、そんな言葉が返ってきた。

 このような形の〈バーチャル囲み取材〉が、今後、他のチームやメーカーにも広がっていけば、レース再開の見通しが立たない今の状態でも、各陣営はメディアに対して何らかの話題を提供する一助になり、活字やWebメディアを賑わす効果もあるだろう。

 とはいえ、もちろんそれはバーチャルレースと同様に、あくまで本物の代償行為にすぎない。生身の身体で時速350kmの攻防を繰り広げる興奮や、勝負を終えた彼らのナマの感情をうかがえる現場取材と比べれば、やはり微温感は拭いきれない。

 それでも、世界選手権のトップ選手とこのような形で意思疎通できる技術の進歩には感心するし、そして、それだけになおさら、バーチャルではない〈ホンモノ〉の取材を再びできる日を早く取り戻したい、という思いも新たにする。