サッカースターの技術・戦術解剖第5回 ケビン・デ・ブライネ<独特で現代的なプレーメーカー> 絵画にはあまり詳しくないが、自然の風景を写実的に描いた絵と、何が描いてあるのか理解に苦しむような前衛的な絵を、同じ基準で見ることはできるのだろうか。…
サッカースターの技術・戦術解剖
第5回 ケビン・デ・ブライネ
<独特で現代的なプレーメーカー>
絵画にはあまり詳しくないが、自然の風景を写実的に描いた絵と、何が描いてあるのか理解に苦しむような前衛的な絵を、同じ基準で見ることはできるのだろうか。具象画と抽象画のどちらが優れているというのではなく、それぞれの評価があるのだと思う。
マンチェスター・シティの得点機に多大な貢献をするプレーメーカー、デ・ブライネ
サッカーではプレーメーカーの芸術性について語られることがある。ただ、ボビー・チャールトン(イングランド)の1960年代と、トニ・クロース(ドイツ)の2010年代にそんなに大きな違いがあるわけではなく、ほぼ同じ尺度で見て構わない範疇にある。
50年前と現在でサッカーが同じでないのも明白だが、プレーメーカーに関してはそこまで大きな違いがないように感じる。ゲームのテンポは速くなっているが、プレーメーカーのボールの受け方、捌き方、何を、どこを見ているか......そうしたことに大きな変化はなく、ほぼ同じ基準が適用できる。
つまり、50年代に活躍したジジ(ブラジル)や70年代を席巻したヨハン・クライフ(オランダ)は現在プレーしていたとしても、少しフィジカルを鍛えて速くすれば十分通用するし、現在のルカ・モドリッチ(クロアチア)やアンドレス・イニエスタ(スペイン)が昔に戻っても、変わらないプレーをする気がする。
しかし、それでもなお、現代的プレーメーカーと表現したくなる選手もいて、ケビン・デ・ブライネ(ベルギー)はまさにそういうタイプだ。
デ・ブライネのようなプレーメーカーは、過去にあまり思い当たらない。強いて挙げればデイビッド・ベッカム(イングランド)だが、ベッカムはむしろウイングプレーヤーだろう。デ・ブライネはフランツ・ベッケンバウアー(ドイツ)ともミッシェル・プラティニ(フランス)とも違い、ジネディーヌ・ジダン(フランス)やフアン・セバスチャン・ベロン(アルゼンチン)ともかなり異なる。これまでの類型と無関係ではないにしろ、デ・ブライネは独特で、現代的と感じるものがある。言ってみれば抽象画に近いのではないか。
デ・ブライネのストロングポイントを2つに絞ると、1つはクロスボール。もう1つが推進力だ。
<ニアゾーン進入と高速クロス>
デ・ブライネはクロスボールの名手だ。
右サイドからの低くてスピードのあるクロスは、彼のトレードマークとなっている。強いインパクトから、高速で、しかもピンポイントのクロスを蹴る。マンチェスター・シティの得点源だ。
クロスはプレーメーカーというより、ウイングの仕事だった。古くはスタンリー・マシューズ(イングランド)にように、ドリブル突破とピンポイントクロスのセット。これは今も依然として重要で有効な攻め手である。ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)やクライフもサイドへ回ってすばらしいクロスから得点のお膳立てをしていた。
ただ、デ・ブライネがそうしたクロスの名手と違うのは、ドリブルを使わずキックの質で勝負しているところだ。その点はベッカムと似ている。
だが、デ・ブライネは"それ"専門というわけではない。サイドに張ってクロスを供給する役割ではなく、タッチラインからもう1つ内側のエリア、ここではニアゾーンと呼ぶとすると、デ・ブライネはニアゾーンへの進入からのクロスを得意としている。つまり、クロスの質だけでなく、ニアゾーンへの進入がセットになっているのだ。
原則はシンプルで、デ・ブライネは相手のサイドバックの背後にポジションをとる。味方のサイドバックやウイングがタッチライン際でパスを受け、相手サイドバックがそこへ寄せに動く瞬間が、デ・ブライネがニアゾーンへ進入する合図になる。それより先に動くとオフサイドになりやすく、タイミングが遅いと相手のセンターバックにカバーされてしまう。デ・ブライネは、ジャストなタイミングをとらえるのがうまい。これについては職人的と言っていい。
このニアゾーンへの進入はジョゼップ・グアルディオラ監督がチーム戦術として仕込んでいる。だからデ・ブライネ以外の選手もこの狙いは持っているが、彼ほどうまくやれる選手はいない。つまり、デ・ブライネはこれのスペシャリストであり、ニアゾーンをとってから瞬時に繰り出すクロスの質も他の追随を許さない。
相手DFがゴール方向へ動いていればプルバックを狙うが、多くはDFとGKの間を狙っている。これもデ・ブライネのクロスのスピードがあればこそで、普通の選手なら狙わないような狭さでも通してしまう。
<推進力とキラーパス>
もう1つの特徴である推進力は、カウンターアタックで発揮される。
スペースを一気に進むドリブルは力強く、タッチにミスがない。コース選択のよさもあるが、最適なコースを真っすぐ進む能力がすばらしい。
ドリブルしながら真っすぐ進むのは意外と難しい。というより、ボールなしでも真っすぐ走るのは思うほど簡単ではないし、スピードのロスなくやるのはさらに難しい。これに関しては、デ・ブライネは先天的に筋肉の使い方がうまいのかもしれない。ドリブルしながら真っすぐ進もうとすると、つい足の前面の筋肉を使ってしまいがちだからだ。だが前面の筋肉は進むのではなく止まるために働くので、ここを使ってしまうと力をロスしてしまう。進むためには後ろ側の筋肉を使うのが合理的なのだ。
デ・ブライネの推進力については、18年ロシアW杯での日本戦における終了間際のベルギーの得点を思い出せば十分だろう。日本のCKをキャッチしたGKからのスローを受けて自陣深くから、一気にハーフウェイラインを越えて決定機をつくっていた。
このドリブルからのパスが、非常に正確でタイミングもいい。デ・ブライネの推進力を生かしたカウンターアタックもシティの得点源になっている。
デ・ブライネは引いて組み立てるのもうまいし、守備のハードワークもできる。ミドルシュートの精度と威力は高く、それも左右両足を使える。落ちるFKもある。
ただ、それについては過去のプレーメーカーにもあった能力で、デ・ブライネが現代的なのはニアゾーン進入からのクロスと推進力の部分だ。得点に直結する武器がはっきりしていて、そこに技術とフィジカルの強さを集約できているところが、過去の名プレーメーカーに見られない特徴である。
グアルディオラ監督が「リオネル・メッシに匹敵する選手」とデ・ブライネを称えているのに違和感を持つファンもいるかもしれない。メッシとはタイプも違う。デ・ブライネはチームの中で生き、チームに貢献するプレーメーカーであり、過去に遡ってプレーしても現在ほど輝かないタイプだと思う。現代に特化した名手であり、その点でも現代的と言うか現代ならではのプレーメーカーではないだろうか。