「300位以下の選手たちは、経済的にも厳しいと思います。若手はまだ、期待料も込めてスポンサーが離れることもないかなと思うんですが、中堅からベテランだと難しくなってくるだろうと」「僕のなんとなくの判断ですが」と前置きしたうえで、自分の言葉が帯…

「300位以下の選手たちは、経済的にも厳しいと思います。若手はまだ、期待料も込めてスポンサーが離れることもないかなと思うんですが、中堅からベテランだと難しくなってくるだろうと」

「僕のなんとなくの判断ですが」と前置きしたうえで、自分の言葉が帯びる責任を噛み締めるように、添田豪はそう言った。



全日本男子プロテニス選手会の会長を務める35歳の添田豪

 2018年末に発足した「全日本男子プロテニス選手会」の会長を務める35歳。新型コロナウイルス感染拡大により、日本のみならず世界のテニスが停止した今、選手会の活動に対する注目度は高まり、担うべき役割も拡張しつつある。

 添田自身がコロナ禍に最も振り回されたのは、3月中旬の頃だった。

 約1カ月に及ぶ北米シリーズを転戦すべく渡米するも、現地に着いた日の夕方には、参戦予定だった大会の中止を知る。その後も、後続の大会開催可否に関する情報が錯綜するなか、異国で落ち着かぬ日々を過ごす。

 帰国後も、「向こう6週間のツアー中断」「ウインブルドンの開催中止」と、刻一刻と状況が悪化するなかで、今は「今年は、再開はない……という最悪の想定をしたほうが気持ちは楽。自分のなかでは、そう考えてやっています」との境地に達した。



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「zoom」で添田豪インタビューを行なった

 添田が経験した、希望と落胆の間での心の揺れは、ほぼすべてのテニス選手たちが経た葛藤だ。

 いや、まだ経験の浅い若手やランキング下位の選手たちにとっては、添田以上に深く陥った精神の谷間だろう。実績やランキングの低い選手は、スポンサーもなかなかつかない。そのような選手には大会の賞金がほぼ唯一の収入源だが、その源泉が今、絶たれてしまった。

 添田は「選手会会長」としての立場からも、それらの選手たちを助けようと、ほかのメンバーたちとも話し合いを持ったという。

「なんとか収入を増やす方法がないかと、アイデアを出し合いました。一番の具体案は”プライベートレッスン”で、どこか企業と組んでやろうという案もあったんです。

 ただ、みんながみんな……とくにトップ選手はプライベートレッスンが難しいなかで、選手会としてやるのはどうかと、賛否両論ありました。僕は、収入で困っている選手がいるのでやってもいいかな、と思ったんですが……」

 そのほかにも、エキシビションマッチや公開練習会などのアイデアもあったというが、情勢が日を追うごとに悪化するなか、いずれも実施は不可能となる。先行きがあまりに見えないこの状況下では、まずは日々実現可能な事象や課題に向き合うのが現状だ。

 それでも選手会として、ポジティブな側面もある。多くの選手が広い視野を持ってテニス界の未来を考えるようになったため、意見交換が活性化し、組織としての一体感やモチベーションが高まったことだ。

 選手会のメンバーでつなぐ、ソーシャルメディアでの「チャレンジ・リレー」も、そのひとつ。

「錦織が(チャレンジ・リレーに)協力してくれたこともあり、メディアでも取り上げられ、露出や選手会への取材も増えました。注目度は高まっているし、そういった意味で、今は選手のみんなも選手会の活動に熱心になってきた状態ではあります。電話ミーティグでも、今後のことや全日本選手権のことなど、普段はできないテニスの討論などをしていますから」

 選手会で上がった声が、状況を直接的に動かした事例もある。

 たとえば国内では、3月の時点で日本ランキング対象大会の開催の判断は、それぞれの主催者に委ねられていた。だが、国内の移動も徐々に規制されるなか、それでは地理的な不公平感が出てしまう。何より、自粛と渇望との葛藤のなかで、感染者が出るリスクが高まることは否めない。

 そこで、選手会として日本テニス協会に「すべての大会を中止してほしい」との要望を出したところ、すぐに反映されたのだ。そのように、ひとつひとつ実績を重ねることで、選手たちの意識や意欲も上がっている。

 約18年にわたって世界を転戦し、数々の浮き沈みも経験してきた添田は今、テニス界をいくぶん俯瞰してもいるようだ。

 テニスの美点は、世界ランキングという一元化されたシステムのもと、世界のいかなる地でどの国の選手が戦おうとも、同じ基準で評価が決まる点にある。

 だが、未知のウイルスが世界的大流行するなかでは、その美点がツアー再開を妨げる最大の要因となっているのも確かだ。

 そのような時勢も踏まえ、添田はテニスという競技そのものの在り方が変容する可能性も視野にいれている。

「テニスが、グローバル・スポーツではない方向に向かうのかなとも思います。たとえば今、台湾でプロ野球が再開される。すると、テニス選手も国内でなら試合ができると思って、台湾で国内のプロリーグが生まれるかもしれない。

 そうなれば、中国も独自にやるかもしれないし、もしそこで商業的に成功したら、そっちのほうがいいかなと考える選手も出てくると思うんです。もし、終息まで2年とかかかったら、各国でそういう動きが出てきて、もしかしたら今のツアーという形ではなくなるかもしれないですよね」

 そのようなプロリーグ発足とまでいかなくとも、国際大会の開催が困難な状況がこのまま続けば、選手会に求められる役割もさらに大きくなるだろう。

「これは僕の予想ですが、今は日本より欧米のほうが状況が悪いので、ITF(国際テニス協会)やATP大会の開催は難しい。そうなったら、僕らで国内の大会やイベントを開催することも考えなくてはいけない。

 テニスの試合が見たいという需要はあると思う。選手会の選手だけで大会をしてもいいし、そこでお金を産めれば……というのは考えています」。

 添田ら5人の選手による熱き意見交換に端を発し、競技人気向上や選手の環境改善を目指し発足してから、1年半——。

 テニス界が未曾有の事態に直面する今こそが、男子プロテニス選手会の存在意義を示す時でもある。