新型コロナウイルスによる「緊急事態宣言」で繁華街から人が消えた。

 感染拡大が収束するまで、今はただできることを粛々と実行するだけである。じっと我慢、それしか術はない。

 自粛の影響だろうか、目に見えて増えたのが街角や公園で「走る人」たちである。あえて「ランナー」とは呼ばないでおく。その理由は、「ランニングブーム」以来走っている人たちとは明らかに様子が違うからだ。

 コロナ以前から街で見かけた「ランナー」の多くはフルマラソンなどのレースにエントリーし、完走やタイム向上を目指す人たち。つまり明確な目標に向かって走るまあまあ本格的な人たちである。

 一方の「走る人」たちは、ウェア、シューズ、ランニングフォームを見れば、全くの初心者であることはすぐに分かる。

 コロナで仕事や日常生活での自粛を強いられ、ストレスと運動不足解消が目的で“にわか”に走りだしたのだと思う。政治家や専門家も「屋外での散歩やジョギングはやっても構わない」とテレビで何度も発言していることも影響しているのだろう。

「走ってみようか」は自然な流れ。

 きっかけがたとえコロナであっても、走る人が増えるのはいいことだ。

 手洗い、うがい、マスクの着用など、いまだかつてないほど健康意識が高まっている中、ランニングが加わればまさに鬼に金棒。コロナ収束後の健康増進に寄与することは間違いない。

「走る人」を観察すると、親子やカップルが目立つ。きっかけはコロナ自粛だから、ひとりで走る不安や寂しさがあるのだろうか。

 いや待てよ、学校は休校で子供は自宅で時間を持て余している。親たちもリモートワークで自宅にいる。「家にばかりいてもなんだから、ちょっと走ってみようか」となるのはむしろ自然なのかもしれない。

 そこで、走る専門家として親子で楽しく走るためのアドバイスをいくつかしておきたい。

まずはスロージョギングから。

 まず、親が「ランナー」でなければ、「走力」は体育の授業でそこそこ運動習慣のある子供には絶対にかなわない。

 走るスピードは子供が親に合わせてあげる必要があるだろう。ただし、子供は全般的に長く走ることが苦手である。

 つまり、速く走れないがゆっくりなら長く走れる大人と、速く走れるが長く走ることが苦手な子供が、相互の空気感で妥協点を見つけなければならないのだ。

 初心者は最初から30分とか5kmを目指すのはハードルが高すぎる。ひとまず10分程度のスロージョギングにする方が無難だ。スロージョギングとは早歩きくらいのスピードで走ることである。子供には物足りないかもしれないが、運動不足の親に合わせてあげよう。

 そして、たとえばスロージョギングで10分走ったら、次に5分くらいウォーキングをして、再びスロージョギングを10分というように、ジョギングとウォーキングを交互にやるのがいい。ジョギングの効果を得ながらも身体への負担を少なくすることができる。

シューズは妥協してはいけない。

 次にウェアとシューズの問題。

 ウェアは吸汗速乾性のあるランニング専用が望ましいが、有名メーカーのものを一揃えすると数万円はかかる。アウトドアファッションブランドの比較的動きやすいウェアを持っていればそれで問題はないだろう。

 しかし、シューズだけは妥協してはいけない。ランニングは片足ジャンプの連続運動である。そして、一歩の着地衝撃は体重の約3倍。下駄箱の奥から探し出した昔の「運動靴」では膝を痛めてしまうのがおちだ。

 成長過程にある子供は体重も軽くそこそこの筋力があるので、体育で使う「運動靴」でいい。しかし、筋力不足で体重が重い(メタボな人はなおさら)大人は、この際思い切ってランニングシューズを購入することをお勧めしたい。

走る前のウォーキングが大切。

 走る前のウォーミングアップも必ず実施するべきだ。

 体操は専門的なものでなくて、ラジオ体操で十分。

 そしてここからが肝心。体操してからいきなり走り出すのではなく、5分程度まずウォーキングをやってから走ること。走り出す前のウォーキングは欠かしてはいけないウォーミングアップなのだ。

 2人で走ると不思議なコミュニケーションが生まれる。いつもは素直に言えなかった相談ごとなどが自然とでてくるのだ。走るというアクティブな運動で脳からアドレナリンが出ていることも理由かもしれないが、私はもうひとつ、あまり気づかなかった理由があると思っている。

同じベクトルで生まれる安心感。

 それは、コミュニケーションのベクトル。

 人と人が向かい合うのではなく同じ方向に進む「ベクトル」だ。

 向かい合うベクトルは、うまく波長が合うときはいいが、すれ違うこともあれば攻撃的になることもある。しかし、同じ方向に向かうベクトルに争いは生まれにくい。あるのはむしろ安心感の方である。

 親子、夫婦、恋人同士でゆっくり走る時間は、新たな絆を結ぶ時間でもあるのだ。

(「今日も世界は走っている」金哲彦 = 文)