『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載します! 今回は川崎フロンターレを長年取材している、いしかわごう氏による2019年ルヴァンカップ決勝の回想録です。

 そのとき、王者は崖っぷちに立たされていた。

 令和最初のタイトルマッチとなった2019年のルヴァンカップ決勝。

 当時、J1連覇中の川崎フロンターレは、前半終了間際に阿部浩之のゴールで追いつくと、後半途中から入ったエース・小林悠のゴールで逆転に成功している。残り時間は2分。5度目の挑戦にして、ついにその聖杯を掴みかけていた。

 ところがラストプレーとなったCKで、北海道コンサドーレ札幌の深井一希にヘディングで決められて失点。ほぼ手中に収めていた勝利が、その手からすり抜けてしまう。さらに延長前半6分には、ゴール前でファウルを犯した谷口彰悟がVARの介入によって退場処分に。そのフリーキックを福森晃斗に決められ、ついには試合をひっくり返されている。

 残された時間は約20分。そして川崎は10人で戦わなくてはならない。「スタジアムには魔物が潜んでいる」と言われることがあるが、自身4度目となる決勝のピッチに立っていた中村憲剛も、この瞬間ばかりは「なんとしても勝たせない何かが、ここにはあるのではないか」との思いが頭をよぎったほどだったという。

 王者は、絶体絶命の窮地に追い込まれていた。

大島→マギーニョという勝負手。

 だが指揮官の鬼木達監督は冷静だった。

 失点直後に、背番号10の大島僚太を下げて、右サイドバックのマギーニョを投入。選手はすでに疲労困憊だったが、数的不利の中でも攻めなくてはいけない。そこで、延長戦から入っていた長谷川竜也とともに両サイドから攻め筋を見出す決断を下したのだ。この難局に指揮官が放った、いわば勝負手だった。

 同時に、このベンチワークに奮い立った選手もいる。中村憲剛だ。

 大島がベンチに下がったことで、チームの手綱を握る役目を任されたからである。

憲剛が全神経を使ったCKの質。

「10人になってからマギーニョが入って、竜也もいたことで左右に運動量を確保してもらって、そこからの戦い方がはっきりした。リョウタ(大島僚太)もいなくて、ゲームをコントロールするのは自分しかいなかったから、自分のさじ加減で全てが変わっていく……不謹慎かもしれないけど、物凄く面白かった」(中村)

 アップダウンを繰り返す両サイドは、指揮官の狙い通りに縦の推進力を生んでいく。他の選手のポジショニングは流動的になりがちだったが、百戦錬磨の中村が全体のバランスを舵取りすることで、数的不利を感じさせない攻防戦に持ち込んだ。

 すると延長後半4分、長谷川がCKを獲得し、絶好の得点チャンスを迎えた。

 キッカーの中村はこのひと蹴りに集中を高めていたが、同点弾のイメージを鮮明に描くとともに、カウンターを受けるリスクを避ける配球にも神経を張り巡らせていたという。

「速いボールをニアに引っ掛けて、カウンターを食らうのだけは嫌でした。こちらは1人少ないから。それなら、ちょっとゆっくりで高めのボールを入れておけば、強くは跳ね返されない。かといってク・ソンユン選手にキャッチされるのもNGだった。だから、すごく神経を使って蹴ったボールでした」

「セットプレーに人数は関係ない」

 敵陣でのCKから招いたカウンターといえば、日本人なら誰もが思い浮かべる試合があるだろう。2018年のロシアW杯でのベルギー代表戦である。

 GKクルトワにキャッチされて始まった鋭いカウンターの前に沈み、日本代表はベスト16で散った。「ロストフの14秒」として語り継がれている場面だが、あの展開だけは避けなくてはいけなかった。

 運命のCKを蹴る瞬間、中村はニアサイドに強い動き出しをした選手を視界で捉えている。「セットプレーに人数は関係ないので、ここは逃してはいけないと思った」と話したのは、キャプテンの小林悠である。彼もまた、このチャンスに感覚を研ぎ澄ませていたのだ。

 小林めがけて蹴ったボールは相手に弾かれたが、ファーサイドで詰めていた山村和也が左足で合わせた。

 正確なミート技術を誇る山村のシュート信条は「枠に入れておけば何かが起きる」である。「ふかさないようにというのは意識していましたね。枠に飛ばさないと、という思いはありました」と本人が振り返った弾道は、シュート性のクロスとなって小林の方に向かっていった。

「とりあえず、当たれ」と。

「ヤマ(山村和也)のボールがこっちにきた。よっしゃーと。あそこにいた自分は持ってるなと思いましたね(笑)」

 小林の得点は、右の膝かスネ辺りに当てて押し込んだように見えた。だが映像を見直すと、実際に当たっているのは軸足の左足である(公式記録も左足のシュート)。無我夢中でよく覚えていなかったと本人は笑う。

「当たれば入る位置だったので“とりあえず、当たれ”と。触ってオフサイドになるかもという思いはありましたが、触らないで入らないのが一番ないなとか、一瞬の判断でいろんなことが頭をよぎって……その迷いが(右足に)当たらずに、軸足に当たったのかもしれないですね」

2年前に敗れた2人と山村が。

 思えば、セレッソ大阪に敗れた2年前の決勝。

 試合後のミックスゾーンに現れた中村と小林の2人は、敗戦のショックを隠しきれない様子で話し続けていた。またも無冠で終わった要因を問われて、「どれだけ(経験を)積めばいいのか、正直わからないです」と言葉を絞り出した中村の沈痛な表情は今でも忘れられない。

 あれから2年。

 2度のリーグタイトルの栄冠を勝ち取ってこの舞台に戻って来た川崎は、すっかり諦めの悪いチームに変貌していた。あのときの悔しさを糧にしながら、懸命に前に進んできた中村と小林。そして、2年前はセレッソの選手として聖杯を掲げていた山村の3人によって紡がれたのが、この起死回生の同点弾だった。

 川崎のゴール裏は爆発し、ピッチでは小林を中心に歓喜の輪ができている。川崎は崖っぷちからの生還を果たしたのである。

PK戦、家長はいつもの家長だった。

 120分でも決着がつかず、勝負はPK戦に委ねられた。

 コイントスで先行を取った川崎は、小林、山村、中村が成功するも、4人目の車屋紳太郎が痛恨の失敗。札幌は4人全員が決めていたため、5人目のキッカーが外すと、その時点で勝者と敗者が決まることとなる。

 登場したのは家長昭博だった。

 120分走り抜き、疲労もピークに達していたはずである。ましてや、大観衆が固唾を飲んで見守るこのシチュエーションだ。常人には想像できない重圧もあったに違いないが、まるで何事もなかったように冷静にゴールネットを揺らしている。

 思わず試合後のミックスゾーンで「PKの時、緊張はなかったんですか」と尋ねてしまったのだが、子供じみたこちらの問いかけにも「ないです。PKを蹴る時は、外しても良い覚悟をいつも持っているので、緊張はないですね」と、いつも通りの家長節だった。

6人目の長谷川が持っていた確信。

 札幌5人目となる石川直樹のキックを新井章太が見事に阻止し、サドンデスにもつれ込むと、川崎は6人目の長谷川が成功。“自分が信じた方向に蹴ろう”と決めていたという長谷川はガッツポーズを決めた後、仁王立ちのまま両こぶしに力を込めて、全身で喜びを表現している。そして次で決着がつくという予感があったという。

「(新井章太が)止めるだろうな、と思いました。というのも、自分が一番決めるのが怪しかったので(笑)。自分が決めた後に進藤(亮佑)選手の雰囲気を見て、きっと蹴りにくいだろうと思ったし、ショウタくんが止めるだろうと思ってました」

 その予感は当たり、札幌の6人目のキックを新井がキャッチ。劇的な幕切れで、川崎が初制覇を飾った。

阿部「こんな試合、もうないでしょ」

 試合後、阿部浩之は「こんな試合、もうないでしょ。何回負けたかと思ったか」とおどけていたが、全くもって同感である。タイトル戦で毎回こんな劇的な試合をされたら、観ている側の心臓に悪いので勘弁してくれと思う。

 一方で中村は「いろんなことが起こりすぎて、わけがわからないです」と笑っていた。初めての決勝に挑んだ2007年から12年目でようやく掲げることができた聖杯。その勝因として彼が胸を張ったのは、王者としての経験値だった。

「結果論ですけど、リーグを獲ってチャンピオンになった経験というのは、最後の最後まで折れずにやりきったという意味で生きたと思う。カップ戦も、これだけ最後まで紆余曲折があった中で、最後にもぎ取った。それはクラブに間違いなく受け継がれていくと思う。若い選手も出ていたし、彼らにとっても大きかった。最高の気分です」

 こうして令和最初のタイトルマッチは幕を閉じた。

心の中に熱が残るようなお祭りを。

 そして、あらためて思う。

 カップ戦の決勝とは、やはりひとつのお祭りだ。

 両チームの選手からすればタイトルをかけた大勝負だが、観る者にとっては、リーグ優勝が決まる試合とも違う雰囲気を楽しむ舞台でもある。勝者と敗者に色分けされるのは残酷だが、激闘であればあるほど記憶には刻まれ、祭り後の熱もどこか心には残っているものだ。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、Jリーグという日常が失われた日々は、まだ少し続きそうである。こんな心の中に熱が残るようなタイトルマッチを、スタジアムで見られる日がまた来ることを願っている。

(「JリーグPRESS」いしかわごう = 文)