“ザ・チャンピオンシップス”。 広く”ウインブルドン”として知られる大会の、それが正式名称である。 国名やスポンサー名も必要としない。王座をかけて戦う大会の一般名詞である”Ch…

“ザ・チャンピオンシップス”。

 広く”ウインブルドン”として知られる大会の、それが正式名称である。

 国名やスポンサー名も必要としない。王座をかけて戦う大会の一般名詞である”Championships”に、唯一無二を意味する”The”の定冠詞。



ウインブルドンは芝の伝統を守り続ける唯一無二の大会

 1868年に6人の紳士により、英国ロンドンの郊外に創設されたクラブで、記念すべき初のザ・チャンピオンシップスが開催されたのは1877年のこと。当時の参加者はクラブメンバーやその友人のみで、それも男子に限られた。

 そこから長い歴史を経て、大会規模は果てしなく拡大した。だが、それでも依然として大会は「オールドイングランドクラブ」によって運営され、ザ・チャンピオンシップスは”ローン・テニス(芝)”の伝統を遵守する唯一の4大大会として、威厳と矜持を堅持している。

 その伝統と格式のザ・チャンピオンシップスが、今年、中止されることになった。理由はもちろん、いまだ終息の目処の立たぬ新型コロナウイルスのためである。

 同大会の中止は、戦後では初の75年ぶり。1877年以降、過去に中止となった例は、第一次世界大戦中の1915年から1918年、そして第二次世界大戦中の1940年から1945年にかけてである。

 新型コロナウイルスの世界的感染拡大は、テニス界にも多大な影響を及ぼしている。

 3月の時点で、すでに”第5のグランドスラム”と呼ばれるBNPパリバ・オープン(インディアンウェルズ)と、それに続くマイアミ・オープンがキャンセルに。その後も次々と大会中止が発表され、ついには5月末開催の四大大会、フレンチオープンが9月への大会延期を発表した。

 そして英国時間の4月1日、ウインブルドンは緊急の役員会議を開き、今年の方針を話し合う。この時点ですでに無観客試合の可能性は排除され、現実的には中止か延期かが争点になったという。

 果たして彼らが出した結論は、中止。これにより同大会は、「最も早く、年内開催はないことを断言した四大大会」となった。

 ウインブルドンが「延期」できなかった背景には、彼らが頑なに守り続けてきた伝統がある。

 何より大きいのは、芝の存在だ。

 芝のコートは、湿度や気温など一定の条件が揃わなくては、維持ができない。だからこそ、年間を通じ世界各地で大会が開催されるテニスのツアーでも、芝のそれが行なわれるのは6月から7月中旬に限られる。

 開催地は欧州が中心。地中海に浮かぶマヨルカ島やトルコのアンタルヤが、芝のコートの南端限界ラインだ。

 また、ウインブルドンのセンターコートは、2週間開催されるこの時期のためだけに、入念に管理されていることで有名だ。

 トーナメント中は毎日、グラウンドキーパーが土の硬さから湿度、芝生の色や密度をチェック。それは「四つんばいになり、茎の数をひとつずつ数える」というほどの徹底ぶりだという。

 気象庁と連携して気象情報を随時確認し、それに応じてスプリンクラーで撒く水量なども調整。そこまでに繊細な管理を行なうことで、かろうじて2週間、センターコートの芝を維持できるのが現実だ。

 そしてもうひとつ、ウインブルドンが従来の時期以外では開催が難しい理由に、日照時間がある。

 現在ではセンターコートなどに照明が設置されているが、それでもウインブルドンでは、自然光しか用いないのが原則。夏至から日の浅い6月下旬は日が長く、遅ければ21時半頃まで試合が可能だ。

 だが、緯度の高いロンドンでは、夏の日差しは瞬く間に去り、つるべ落としの秋の日暮れが訪れる。夏至から遠ざかれば遠ざかるほど、開催の難度が増すのは間違いない。

 さらには、ウインブルドンの開幕そのものは6月だが、すでに準備を進めなくてはいけない時期に差しかかっている。それら準備にあたるスタッフの数は、ボールパーソンや審判員、グラウンドキーパーなども含むと、数千人に及ぶという。

 とくに、一糸乱れぬ動きを見せるボールパーソンはウインブルドン名物でもあるが、その背景には厳しい選考プロセスと、幾度にも及ぶ合宿と訓練がある。現状ではそれらを行なうことも困難であり、それら種々の要因を考慮すると、今が最終判断を下すギリギリのタイミングだった。

 伝統と歴史を重んじるウインブルドンの中止は、当然ながら多くのプレーヤーや関係者たちに衝撃を与えた。

 大会最多8度の優勝を誇るロジャー・フェデラー(スイス)は、「今の気持ちを表現するGIFはない」と書かれたGIF画像をツイッターにアップ。昨年の女子優勝者のシモナ・ハレプ(ルーマニア)も「とても悲しい」とツイッターにつづったが、「前向きに考えれば、ウインブルドンのタイトルをより長く保持できるということ」とポジティブに締めくくった。

 ウインブルドンの中止に伴い、男女のツアー大会、さらに国際テニス連盟主催の試合もすべて、7月13日までの中断が決まった。誰もが戸惑いと落胆のなかにいるのは間違いない。

 それでも、寄付やチャリティオークションなどで新型コロナウイルスとの戦いを支援し、ソーシャルメディアで自宅待機を訴える彼・彼女らの願いはひとつ、「何より大切なのは、家族や愛する人たちと過ごす時間、そして人々の健康」だ。