世界中でコロナウイルスの感染拡大が進む中、イングランドにもサッカーのない日々が訪れてしまった。

 3月13日、プレミアリーグ、フットボールリーグ(2~4部)、FAカップ、代表戦、そしてウィメンズ・スーパーリーグの試合に関し、ひとまず3週間の開催見送りが決定した。

 ここ「サッカーの母国」では、第二次世界大戦中以来となる“非常事態”である。当然、筆者にとってもスタジアムでの試合観戦はもちろん、テレビ中継もないシーズン中の週末は初めてだ。

 初体験の感想は、やはり妙な気分……。あって当たり前だった物がなくなってしまった。逆に我が家の愛犬2匹は満ち足りた気分でいたかもしれないが。

試合がなくなり、消えた予想布陣図。

 延期が決まった当日の夜、チャンピオンシップ(2部)3位フルアムと4位ブレントフォードのプレミア昇格を懸けた西ロンドン・ダービーを訪れる予定だった。その会場クレイブン・コテージにいたはずの時間の一部は、優に1時間を超えた散歩に割かれることになった。

 その散歩コースには毎週金曜日に小学生チームが対抗戦を行なうフットサルコートがあるのだが、この日は観戦する保護者が多いように感じた。ダービー観戦がなくなった地元のパパさんたちが、息子や娘の応援に駆けつけたのだろう。

 一夜明けた土曜日の新聞にしても試合自体がないのだから、いつものようにプレビュー記事や予想布陣図などがあるはずもない。

 スポーツ面のみならず第1面にサッカー関連の見出しが踊ることも珍しくない『サン』紙でさえ、ウイルス感染が確認された新生児の写真が、世界最年少の感染者として大きく掲載されていた。

 翌日の日曜紙もそうだ。リバプールが30年ぶりのリーグ優勝に王手を懸ける可能性があった、エバートンとのマージーサイド・ダービーにページが割かれたに違いない。それが『サンデー・タイムズ』紙のスポーツ・セクションは、通常より4ページ少ない全8ページに減り、しかも別刷りではなくなっていた。

マンチェスターダービー、CLは開催。

 シーズン中はBBCテレビの『マッチ・オブ・ザ・デー』という週末の定番番組がある。しかし、14日の夜はコメディドラマの再放送に置き換えられた。続く15日夜は、お馴染みガリー・リネカーの司会姿は拝めず、ハリウッド映画の中でキアヌ・リーブスがFBI捜査官を演じていた。

 報道によれば、この週末にはノンリーグ(セミプロ)で3000人を超す観衆を集めた試合があったという。満たされない心の隙間を埋めるかのように動いた、サッカー好きな庶民の気持ちもわかる気がした。

 こう書くと、今回の決定に納得していないように思われるかもしれないが、個人的にはもっと早いタイミングでの試合延期を覚悟していた。少なくとも1週間前から、延期を決めるべきだったと思っている。

 欧州大陸では、すでにリーグ戦が無観客試合で開催されていた。英国でも初の感染報告から1カ月が過ぎて、件数が著しく増え始めていたタイミングだった。

 にもかかわらず、3月8日には7万人を超す大観衆を集めたオールド・トラッフォードでマンチェスター・ダービーが開催されている。さらに11日は、約5万2000人が詰めかけたアンフィールドでリバプールがA・マドリーとのCL16強第2レグを戦っている。

アルテタ監督やオドイらが感染。

 その翌日のこと。今季途中からアーセナルで指揮を執るミケル・アルテタの感染が公にされ、チェルシーはカラム・ハドソン・オドイの感染確認(プレミア選手として初の事例)を報告した。この展開がなければプレミアリーグが緊急会議を開くことも、その場で延期が決定することもなかったと思われる。

 この国の人々に言わせれば、現状は「キープ・カーム・アンド・キャリー・オン」ということになるのだろう。

 それは第二次世界大戦の突入前、当時の英国政府のポスターに記された「慌てることなく、普段通りに」を意味する有名な標語だ。

 プレミア観戦に訪れた旅行者の中にも、標語の後半を「○○をサポートしよう」に変えたパロディーメッセージの入ったグッズを、土産屋やクラブショップで目にしたことがある方がいるのではないだろうか?

サッカーがなくなり庶民も驚き?

 しかし、新型コロナウイルスの問題が深刻さを増す中での反応は有事にも「落ち着いている」のではなく、いつまでも「他人事と思っている」ように感じられた。一方でパニックは避けなければならないのに、3月に入ると消毒ハンドジェルやトイレットペーパーなどの買い占めが見られるようになっていた。

 スーパーの棚が空っぽになり始めたのは3月13日の午後くらいから。昼前にリーグの決定が発表されたことが理由ではないにしても、卵、鶏肉、缶詰からパスタまで、前日までは普通にストックされていた商品が一気に棚から消えた。

 その様子は、サッカーが日常生活の一部と言われる英国庶民が「試合がなくなるほどの事態か」と思ったかのようでもあり、ある意味でイングランドらしい反応のようにも思えた。

 英国内での感染ピークはこれから訪れるとみられ、専門家のピーク予想は5月上旬となっている。ウイルスをもらったり、うつしたりするリスクを、この先も最小限に抑える必要がある。

開催されているイベントがある中で。

 ところが国内スポーツ界全体を眺めると、13日以降も開催されているイベントがある。毎年3月にイングランド南西部にあるチェルトナムの競馬場で行なわれる障害競走も予定通り最終4日目を迎えている。集まった観衆は昨年より3000人ほど減ったが、5万9000人に近い規模である。

 ラグビーやクリケットの試合は、サッカーに右へ倣えをするように開催が見送られたが、そのサッカー界も前述したノンリーグで延期が決まったのは16日のことだった。

 スポーツイベントの開催に関しては、国家のリーダーからして「禁じるだけの医学的根拠がない」と発言していたことを考えれば、致し方ない部分もある。

 見た目が睡眠不足で疲労困憊のボリス・ジョンソン英国首相は、対応の責任を統括者であるFA(イングランドサッカー協会)とプレミアリーグになすりつけたようなものだ。

 ビッグクラブの監督や選手に感染者が現れたことで、延期へと背中を押された格好のFAとプレミアリーグだが、より重要な次なるステップに関しては、今度こそ冷静な対応を望みたい。

 つまり、今季の再開可否を巡る判断だ。

4月4日の再開はさすがに難しい。

 プレミア関係者で、この期に及んでも4月4日の週末から再び試合を行なえると踏んでいる者は、さすがにいないだろう。

 FAのグレッグ・クラーク会長がシーズン完結は不可能とする見方を『タイムズ』紙の記者に明かしたという報道もある。『サン』紙にコラムを持つウェストハムの経営陣は「シーズン無効しかあり得ない」との見解を公言している。

 だからと言って、そう決めてかかることもない。前例である第二次世界大戦当時は、まだ開幕から間もなかったため、シーズンの無効扱いは妥当な選択肢だった。

 その一方で今季はすでに終盤戦に入り、延長しても日程を完了できる可能性が残されている。UEFA(欧州サッカー連盟)が今夏のEURO2020開催を来年に持ち越す決定を下したことで、国内の2019-20シーズン完結は現実的と言っていい。

ルーニー「9月までになっても」

 何より今季の日程完了こそが、シーズンの無効や3月13日時点の順位を最終順位とみなす措置よりも、心情と経済の両面で最も健全な選択肢だと思える。

 それはプレミアの残り9節、さらには昇格を懸けたプレーオフを含むフットボールリーグの残り試合を8月、9月に消化することになっても、来季の短縮やリーグカップ休止を強いられることになっても、きっちりと今季を終えて新たなシーズンを迎えるべきだ。

 今夏で契約満了となる選手の扱いには配慮と対応が必要だ。ただ15日付け『サンデー・タイムズ』紙のスポーツ面のネタ不足を、コラムを寄稿することで救ったウェイン・ルーニーは「選手としては今季を戦い終えたい。9月までプレーすることになっても構わない」と述べている。

 今季無効とする判断は、首位独走で悲願のプレミア優勝に「マジック2」と迫っているリバプールに残酷すぎる。それでもチームを率いるユルゲン・クロップ監督はクラブの公式サイトを通じ、「(リーグの決定に従うことで)人々の健康が守られるなら、それがたった1人であったとしても無条件で従う」とのメッセージをファンに送っている。

 首相に爪の垢を煎じて飲ませたい指揮官のリーダーシップを考えれば、このコメントにはプレミア王者の称号を与えたい心境だ。

欧州カップ戦争い、残留争いが……。

 チャンピオンシップでは17年ぶりのプレミア復帰を目指す古豪のリーズが、2位ウェストブロムウィッチと1ポイント差ではあるが、前節を首位で終えている。

 前節終了時点での順位をもって今季終了とするならば、リバプールの優勝には他のプレミア勢も同意することだろう。しかし欧州カップ戦への出場権争いとなると、その行方は微妙になる。

 昇格1年目だが躍進中の7位シェフィールド・ユナイテッドは、2位のマンチェスター・シティが欧州カップ戦参戦禁止となれば、CL出場権を得る5位マンチェスター・ユナイテッドと消化試合数が1つ少ない状態で2ポイント差の位置にいる。

 そして今季も数チームが団子状態のプレミア残留争いは?

 ウェストハム役員の今季無効論が「利己的」と非難される理由は、自軍が降格圏までの距離が得失点差「3」しかない16位に落ちているからにほかならない。シーズンが途中で終わるようなことがあれば、巨額の放映権料をリーグに支払っている国内外のメディアも黙ってはいないはずだ。

下部リーグ勢への経済的支援策を。

 3月19日に再び緊急会議を開催し、対応策の検討を続けているプレミアリーグの代表者各位には、今季終了を焦らない姿勢を求めたい。

 緊急会議では4月30日までの中断延期を決めたが、ここはぜひシーズン再開を簡単に諦めないでほしい。それと同時に巨額の放映権収入やスポンサー収入を得ているプレミア勢と違い、入場料収入が途絶える打撃が大きい下部リーグ勢への経済的支援策を、具体的に考慮し始めてくれれば理想的だ。

 新型コロナウイルスの影響によるサッカーのない日々は、この国の誰にとっても不安な未知の世界。だからこそ、その先には希望があるのだとも思いたい。

 それは今季が最終節を迎えるという希望。普段のシーズンがそうであるように。「キープ・カーム・アンド・キャリー・オン」の精神に則って。

(「プレミアリーグの時間」山中忍 = 文)