シリーズ王者を目指す佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング) 2020年のアメリカのトップオープンホイールチャンピオンシップ、NTTインディカー・シリーズは全17戦(アメリカで16戦、カナダで1戦)で争われる。 エンジ…



シリーズ王者を目指す佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)

 2020年のアメリカのトップオープンホイールチャンピオンシップ、NTTインディカー・シリーズは全17戦(アメリカで16戦、カナダで1戦)で争われる。

 エンジンはE85エタノールを燃料とする排気量2.2リッターのDOHC・V6シングルターボのまま。ただ今年のインディカーにはドライバーの安全性を飛躍的に向上させるエアロスクリーンが装着される。

 これはF1で始まったドライバープロテクションに、強化ポリカーボネイト製ウインドウスクリーンを組み合わせたもの。超高速のオーバルレースで発生するクラッシュ時だけでなく、ロード/ストリートコースで発生したアクシデントで飛来する部品などからもドライバーを守る。路面やフェンスにコクピット側から激突するような場面では、エアロスクリーンが15トン超の衝撃に耐え得る堅牢さを発揮する。

 ドライバーのヘルメットが外から見えにくくなり、戦闘機のコクピットのようなルックスとなる新インディカーだが、エアロスクリーン装着で約30kgもの重量増となる。当然重心は高くなり、空力性能も変わるため、そうしたマシンの変化にどれだけ素早く対応できるかが勝敗のカギを握る。

このようなマシンの変更があった場合、エンジニアリング体制が充実し、資金力も備えたビッグチームが有利になるケースが多い。だが一方で、同じスタートラインに立つことにチャンスを見出すチームが出てくることも起こり得る。

「マシンの性格の基本的な部分は変わらないのですが、重いものが高い位置に装着されることで、ハンドリングに影響が出ているのは間違いないですね。(サーキット・オブ・ジ・アメリカスでの合同テストでは)高速のS字コーナーで去年までのマシンとの違いを強く感じました」

今年もインディカー・シリーズにフル参戦する佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング=RLL)は、エアロスクリーン装着マシンを初めて走らせたあとにこうコメントしている。

「”守られている感”がすごい。小石などが飛んできて手に当たることもなくなる。視界も思っていたよりもずっとクリア。フロントの支柱も気にならない。低速コーナーで水しぶきを浴びると、なかなかスクリーンから水が消えて行かないけれど、そこは慣れるしかない。走っている時のコクピット内はとても静かで、風圧でヘルメットが揺れることもない。フロントに設けられたエアインテークのおかげで風も入ってきます」

 昨シーズンよりフル出場は2台増え、10チームから24台が参戦。ドライバーの出身地は12カ国に及ぶ。エンジンはホンダが13台、シボレーが11台。インディ500にはグリッド数の33を上回るエントリーがされる予定で、そのなかには元F1チャンピオンのフェルナンド・アロンソの名前もある。

 昨年は、マクラーレンが1レースだけのためのプロジェクトを立ち上げたものの、まさかの予選落ちを喫したが、今年はアメリカのチームを吸収してマクラーレン・シュミット・ピーターソンとして出場。決勝進出とトリプル・クラウン(世界三大レース=F1のモナコGP、ル・マン24時間、インディ500での勝利)達成を目指す。

 佐藤琢磨のRLLからの3年目は、インディカー11回目のシーズンとなる。2017年にインディ500で優勝(当時の所属はアンドレッティ・オートスポート)、2018年にはポートランドで優勝、2019年はバーバー・モータースポーツ・パークのロードコースとゲイトウェイのショートオバールの合計2勝。3年続けて勝利を挙げている琢磨は、「今年も目標はチャンピオンシップコンテンダーとして戦うこと」と言う。

 データを振り返っても、シリーズ王者になるには少なくとも3勝する必要がある。昨年2勝している彼にとって、これは十分に実現可能な目標だろう。勝てないレースでも上位フィニッシュを重ねる安定感ある戦いぶりを見せ続ければ、偉業達成も有り得る。

「2013年にAJ・フォイトのチームで初優勝した時、僕とエンジニアは、当時新しく導入されたばかりのファイアストンタイヤの特性をライバルたちより早くつかんで優位に立ちました。2020年はエアロスクリーン付きになってマシンのキャラクターが少し変わるので、それを自分たちのチャンスにしたい」

 だが、開幕前にサーキット・オブ・ジ・アメリカス(COTA)で行なわれた合同テストでは、参加した27人のうち22番手だった。雨と低温という悪コンディションに見舞われ、新しいマシンセッティングの基本研究プログラムをこなした琢磨は周回数も少なく、コースコンディションの変化に対応してラップタイムを縮めていくことができなかった。

「昨シーズンまでのパフォーマンスとデータをチェックし、自分たちの弱点を克服すべく風洞実験、シミュレーター、7ポストリグ(サスペンションのシミュレーター)を用いたテストで、新しいセッティング開発を目指してきました。それらのセッティングが実際のコースでも効果を示すのかを今回確認ができ、いいと思われるものもありました。予定していたテスト項目はほとんどこなせましたが、2日間のはずが、半日しか走れなかったに近く、フラストレーションの溜まるテストになりました」

 COTAでの日程を終えた琢磨は険しい表情だったが、それでも「開幕までに今回集めたデータを解析し、準備を整えます」と前を向いた。

 さらに開幕の10日前には、バンピーなことで有名なセブリングインターナショナルレースウェイでストリートコース用のテストを行なった。この日は13台が同じコースを走ったが、琢磨は13台中12番手のタイムしか出せず、チームメイトのグレアム・レイホールも11番手。RLLの準備が順調に進んでいないことが明らかになった。

 セブリングでも琢磨のマシンを中心に基礎研究をこなし、テストデイの終盤になってからコンディションに合わせたセッティングでラップを重ねた。しかし、路面状況の悪化なども影響したか、タイムは思うように縮まらなかった。「みんなとほぼ同じタイミングでフレッシュタイヤを投入したけれど、タイムをよくできなかった点が気になります」と、ここでも琢磨は笑顔を見せることがなかった。トップに1秒以上も引き離されていたのだから当然だ。

 開幕前のテストは2回だけ。走り込んだ距離、集めたデータ量はともに不足している。いずれのコースでもラップタイムが芳しくなかったRLLと琢磨は、序盤戦、苦戦を強いられる可能性も否定はできない。

 しかし、彼らが2回のテストであえて新しいセッティングコンセプトをトライしたのは、エンジニアたちがオフシーズン中に取り組んだ多くのテストが、昨年までの彼らの弱点を克服するために必要であり、それを実現できるとの自信を持ったからだ。今後はその成果が出てくるものと期待ができる。

 決勝が3月15日に行なわれる開幕戦のセント・ピーターズバーグは、過去にポールポジションを獲得するなど、琢磨が得意とするストリートコース。

「どのコーナーをどのように走り抜けられるマシンがいいのか、イメージは持っている」

 テストを終えた琢磨はそう言って闘争心を覗かせた。

 2年連続チャンピオンのチーム・ペンスキーは今年も3台を走らせ、そのライバル、チップ・ガナッシ・レーシングも1台増やして3カーチームになる。アンドレッティ・オートスポートは5台をエントリーさせ、1カーチームのひとつとも提携した。

 今年もビッグチームが強力な体制と、それによって得られる豊富なデータ量を武器にシリーズをリードしていくこととなりそうだが、琢磨とRLLは、オフの間の開発と2回のテストで集めたデータの解析、研究により、競争力を高めてシーズンインするつもりだ。