東京五輪では団体戦メンバーとして金メダルを狙う水谷「自分を選んだこと後悔させません。ロンドン、リオと団体戦無敗(※)なので、そのまま東京でも全勝して自ら引退の花道を飾ります」※個人成績 1月6日、東京五輪の卓球日本代表「3枠目」の選手が発表…



東京五輪では団体戦メンバーとして金メダルを狙う水谷

「自分を選んだこと後悔させません。ロンドン、リオと団体戦無敗(※)なので、そのまま東京でも全勝して自ら引退の花道を飾ります」
※個人成績
 1月6日、東京五輪の卓球日本代表

「3枠目」の選手が発表され、選ばれた水谷隼は同日の夜に自身のツイッターでこのように投稿した。すでに東京五輪を最後に代表からは退くことを公言していたが、現時点でも世界ランキングで日本人トップ3に入るほどその実力は健在なだけに、記者として寂しさを覚えた。

 振り返れば、2019年は彼のキャリアのなかで最も過酷なシーズンだった。

 同年1月に行なわれた全日本卓球選手権大会の男子シングルスでは、2年ぶり10回目の優勝を果たし、V10という前人未到の偉業を成し遂げた水谷。Tリーグでも初代王者の栄冠と年間MVPのタイトルも獲得し、誰からも東京五輪の代表レースに向けて順調なスタートを切ったかに見えた。

 しかし、徐々にサングラスを付けながら臨む試合が見られるようになり、その姿に違和感を覚えた人も少なくはないはずだ。それについて水谷は、ここ1年「球が見えにくい状態」だったことを告白。厳密には、視力に悩み始めたのは5年前からだったという。

 日常生活に支障はないものの、「暗い会場で、なおかつ卓球台にだけ白い光が当たっていて、LED掲示板で囲われている場合は、ほとんど球は見えていない」と水谷。その状況下だと、相手が打った際に、一瞬、球が消え、ネットを越えたあたりから突然現れるという。

 したがって、会場の設備によってサングラスを使用すべきか判断し、一球一球、つねに「球は見えるのか」という不安のなかで戦い続けてきたのだ。

 Tリーグ・木下マイスター東京での試合の際にも、ゲーム前には入念にサングラスのほこりを拭き取る姿が見られ、後半はあえて着用せずにプレーしてみたりと、試行錯誤しながら試合に臨んでいた。

 本人が「今の自分は全盛期の3割くらい」と話すように、プレーにおいて多少の衰えはあるのかもしれない。それでも、満身創痍の身体で自分との戦いに挑み、国際大会でコンスタントに結果を残し続けた。その末に、東京五輪への切符を掴み取った。まさに、彼のプロとしての真髄が見えた1年だった。

 たった2枠しかないシングルス代表に入り込むことは叶わなかったが、団体戦に加え、東京五輪で採用された新種目・混合ダブルスでの出場権を獲得した水谷。冒頭のコメントにもあるように、2012年ロンドン五輪、2016年リオ五輪の団体戦では個人としては負け知らず。3大会連続で出場している経験からも、彼に対する期待と信頼性は揺るぎない。

 それは成績だけではなく、精神的支柱としての役割においてもそうだ。五輪という舞台で、何度も戦っている水谷が「別次元で戦っているような感覚で、平常心で臨めない」と話すほど、他の大会と雰囲気は異なる。実際に水谷は、2008年北京五輪、ロンドン五輪ともに(当時)対戦成績では上回る相手に敗北している。

 それゆえ、今や絶対的エースである張本智和でさえも、初めての五輪の空気感にのまれ、自分のプレーを見失う可能性は大いにあるだろう。だからこそ、”あの場所”を熟知し、チームを一つにまとめ上げることができる水谷の存在の大きさは、計り知れないものになりそうだ。

 そして2020年に入り、個人としても調子を上げつつある。1月28日~2月2日に開催されたITTFワールドツアー・ドイツオープンでは、男子シングルス2回戦でチャイニーズタイペイのエース・林昀儒 (リン・ユンジュ/世界ランク6位)にゲームカウント4-3で勝利。0-3と追い込まれた状態から4ゲーム連取の大逆転劇は、まさに粘り強さが最大の武器である水谷の真骨頂だ。

 中国の林高遠(リン・ガオユエン/同4位)との準々決勝は、惜しくもフルゲームの末に敗れたが、この試合も0-3から驚異の粘りで、2019年香港オープン覇者を土俵際まで追い詰めた。後陣からのラリーを制して得点するなど各所で水谷らしいプレーが見られ、東京五輪に向け復活の兆しを見せた大会であった。

 加えて2月15日のTリーグ、勝てば木下がプレーオフ・ファイナル進出が決まるT.T彩たまとの試合でも、第2マッチに出場した水谷は、青森山田時代の後輩で共に日の丸を付けた戦友でもある松平健太に3-2で勝利。チームをレギュラーシーズン1位に導き、ここ一番での勝負強さも戻ってきた。

 そんな水谷は、五輪という舞台についてこのように話していた。

「五輪には、アスリートを惹きつける魅力がある。小さい頃から夢に描き、大人になってもそれは変わらない。『あの舞台に立ちたい』『メダルを獲得したい』。その一心で挑戦し続けられる魅力が、”あの場所”にはあるんです。そういう想いを持って集結する選手たちがいるなかで、自分の力を全て出し切り、通用するのかどうか。ただ、それが知りたいんです。東京五輪でも、その時の全力を出して、最後に頂点からの景色を見たいなと思いますね」

 水谷隼という卓球人が、その競技人生の集大成として臨む東京五輪。15歳から代表に選ばれ続け、日本卓球界の歴史を築いてきた男の、日の丸を背負って戦う最後の姿をこの目に焼き付けたい。