スポーツクライミング競技は、東京五輪では《スピード、ボルダリング、リード》の3種目コンバインドで男女各1個の金メダルを争う。しかし2024年パリ五輪では、今年12月のIOC理事会で最終決定を受ければ、開催都市の実施種目として《ボルダリング…

 スポーツクライミング競技は、東京五輪では《スピード、ボルダリング、リード》の3種目コンバインドで男女各1個の金メダルを争う。しかし2024年パリ五輪では、今年12月のIOC理事会で最終決定を受ければ、開催都市の実施種目として《ボルダリング+リードのコンバインド》と《スピード》の2種目が行なわれることになる。

 4年後の五輪で単種目となることが有力なスポーツクライミング・スピード。その国内最速を決める『第2回スピード・ジャパンカップ』が開催され、男子は土肥(どひ)圭太が初優勝、女子は伊藤ふたばがボルダリング・ジャパンカップに続いて二冠を達成した。



海外では大人気を博しているスピード種目

 結果もさることながら、この大会ではスピード種目に明確な目的意識を持って臨んだ選手のパフォーマンスに注目した。それは、スピード種目が国内で始まったのは東京五輪の実施種目に決まってからで、選手ごとにこの種目への取り組みに大きな温度差があるからだ。

 ひとり目は、楢崎智亜。東京五輪の代表に決まっている楢崎は、先日行なわれた『第15回ボルダリング・ジャパンカップ』の競技後に、この大会で新たな取り組みに挑戦すると予告していた。

 それが「マルチン・スキップ」。2016年の世界選手権スピードで王者になったマルチン・ジェンスキー(ポーランド)の名が冠せられたムーブで、中盤から終盤にかけての動きに特徴がある。

 そのマルチン・スキップに公式戦で初トライした日本記録保持者は、ファイナルでミスが響いて2位。昨年に続いてタイトル奪取は果たせなかったものの、競技後の表情は明るいものだった。

「左足をスメア(※)して右足を上げる時でも、安定してできていた。もっと気候が暖かくなれば、日本新記録や5秒台も出していきたいですね」

※スメア=壁に足裏を押しつけてフリクションを得る技。

 マルチン・スキップは足をクロスさせてホールドを踏む動きがポイントになるなか、楢崎は今大会の出場選手で最速の6秒42をマーク。自己記録であり日本記録でもある6秒159には及ばなかったものの、新たなムーブの精度にも手応えを得たことで、力強く先を見据えていた。

 この大会で3位になった17歳の竹田創(はじめ)も、意欲的にスピード種目に取り組む選手のひとりだ。

 昨年の同大会は19位と決勝トーナメントに進めなかったが、そこからフィジカルを重点的に強化。昨年5月11日の東京選手権スピードで6秒828をマークすると、翌日の海外の有力選手を招待したスピード種目のイベントで6秒459をマークして2位。8月の世界ユース選手権スピードでも8位の好成績を残した。

 今年も週3回のペースでフィジカルを鍛え、ボルダリングやリードはほとんどせずに、スピードのための練習メニューをこなしてきた。その成果を今大会でしっかり出したが、本人は浮かれるところは微塵もない。

「及第点はあげられませんね。優勝か、6秒2のタイムを目標にしてきたので、まだまだ足りないなと思います。今シーズンはまずは自己ベストを更新して、6秒2をマークしたいです。そうすれば、5秒の壁も見えてくるので」

 この大会の準決勝では、楢崎との初対決が実現。竹田は「意識しましたね」と振り返る。

「決勝トーナメントではいつも、ミスしない気持ちで臨んでいたんですが、準決勝は攻める気持ちで臨んだらミスしちゃって。作戦ミスといえば作戦ミスですけど、勝つという意識でいきました」

 その言葉の端々には、ミスせずにゴールタッチの争いになっていた時の、力の差を知りたかった思いが浮かんでいたように感じられたのは欲目だろうか。

 楢崎や竹田のような世界との戦いを見据えるトップクライマーに注目が集まるなか、この大会には『自分との戦い』をテーマにしてスピード種目に取り組む選手も出場している。

 高知県で教員をする戸田祐敬(ゆうけい)だ。10代や20代前半が出場選手の大多数を占めるなか、1985年生まれの34歳の存在は異質だ。

 高知国体が行なわれた2002年にクライミングに出会った戸田は、国体に出場しながらクライミングを続けてきた。転機になったのは東京五輪種目のひとつにスピードが加わり、「これだ!」と直感したからだと言う。以来、スピード壁のある東京や愛媛へと、学校が休みのたびに通い、自らを高める努力を続けている。

 今大会は、自己ベストの8秒台の記録には及ばなかったものの、9秒190のタイムで24選手中19位。順位では33位で最下位に沈んだ前回大会の成績を上回った。スピード種目と真摯に向き合う理由を訊ねると、こう語る。

「この種目は、自分のなかに可能性しか見いだせないんですよ。トップ選手がやるだけがスポーツではないですからね。トレーニングを積んだ分だけ、私はまだまだ成長できる。今回は自己ベストの更新を狙っていたので、強風が吹いた影響はあったとはいえ、達成できなくて悔しいですけど、それもスポーツですから」

 競技レベルを高めていくには、トップ選手の活躍が重要である一方、裾野を広げるという視点に立てば、戸田のようなスタンスでスピード種目に取り組む人を増やしていくことも、これからの国内スポーツクライミング界にとっては課題になるだろう。

 この夏、そして4年後の夏へ向けて、スピード種目は新たなフェーズを迎えようとしている——。