「5歳の時から見続けた夢が叶ったわ!」 準決勝で世界1位のアシュリー・バーティ(オーストラリア)に勝った時も、そして決勝で元世界1位のガルビネ・ムグルサ(スペイン)を破った時にも、彼女は、同じセリフを繰り返した。オーストラリアでも大坂なおみ…

「5歳の時から見続けた夢が叶ったわ!」

 準決勝で世界1位のアシュリー・バーティ(オーストラリア)に勝った時も、そして決勝で元世界1位のガルビネ・ムグルサ(スペイン)を破った時にも、彼女は、同じセリフを繰り返した。



オーストラリアでも大坂なおみの人気は絶大だ

 2020年という”新十年紀”最初のグランドスラムの全豪オープンで頂点に立ったのは、2カ月前に21歳の誕生日を迎えたばかりのソフィア・ケニン(アメリカ)。マリア・シャラポワ(ロシア)を「幼少期からのアイドル」と仰ぎ見るロシア系アメリカ人は、そのシャラポワが2008年に20歳で同大会を制した時以来の「年少全豪優勝者」ともなった。

 ケニンが栄光の時を夢見たその起点にも、憧れのシャラポワがいる。

 15年と半年前--。当時17歳のシャラポワがセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)を破り、ウインブルドンの芝にひざを折った姿を見た時、彼女は「私もシャラポワみたいに17歳で優勝したい!」と自らの未来像を思い描く。

「もう、その年齢は越えてしまったけれどね」と、昨夏の彼女は笑っていたが、夢の足跡はメルボルンの地でシャラポワと重なった。

 20歳前後の若きグランドスラム女王の誕生は、ここ1年以上にわたって見られるトレンドだ。

 先鞭をつけたのは、2018年に20歳で全米オープンを制した大坂なおみ。さらにさかのぼるなら、同年3月にグランドスラムに次ぐグレードのBNPパリバ・オープンで、大坂が頂点に立った時だろう。

「ハロー、みなさん。ナオミ・オオサカといいます」の自己紹介から始まる、あまりに初々しいウイナースピーチは、それゆえに新時代の到来と若き世代の息吹を鮮烈に人々に訴えた。

 その姿を日本で見て、衝撃と刺激を受けたのが、大坂より3歳年少のビアンカ・アンドレスク(カナダ)。当時、日本の下部大会を転戦していたアンドレスクは、その1年後には大坂の足跡を辿るようにBNPパリバ・オープンを制し、同年の全米オープンでも頂点に立つ。10代選手のグランドスラム優勝は、2006年の全米を19歳のシャラポワが取った時以来であった。

 この大坂やアンドレスクらの大躍進に、かつての”天才少女”がモチベーションをかき立てられなかったはずがない。

「娘は5、6歳の頃のほうが今よりも有名だった」と父親が明かすほどに、ケニンは地元フロリダでは幼少期から将来を嘱望される存在だった。

 小柄ながら繊細なタッチで多彩なショットを操るセンスは、ひと目見たコーチを「まるでマルチナ・ヒンギス(スイス)のようだ」と魅了したという。6歳の時には地元のテニス誌の表紙を飾り、トッププロとの交流も持ってきた。

 そんな娘の未来に、崩壊間近のソビエト連邦を逃れてアメリカに渡った両親……とりわけ父親は、自らの夢も投影する。

 学業はホームスクールでまかない、コーチとして娘を連れて、フロリダを中心に国内のジュニア大会を転戦した。その頃に毎週のように顔を合わせ、しのぎを削った同世代のひとりが、ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親を持つ、セリーナに憧れた少女……すなわち、大坂なおみである。

 この当時にケニンが抱いた大坂評は、「サーブとフォアのパワーがすごい子」。一方の大坂はケニンを、「私より年下で、私よりも強い子」として見ていた。ならばケニンが、2度までグランドスラムでトロフィーを掲げる大坂を見て、自分の可能性を強く信じたのも当然だろう。

 なお、ケニンの早熟さの引き合いとして前出したマルチナ・ヒンギスとは、16歳3カ月の史上最年少で全豪オープンを制した元祖・天才少女。このヒンギスのように10代なかばで頂点を極める選手が昨今いないのは、14歳未満のプロ大会出場等を禁じた「年齢期制ルール」によるところが大きい。

 この制度が施行されたのは、ヒンギスが14歳と2カ月にして年間最終ランキング87位に達した1994年の翌年。以降、ルールは厳しさを増し、現在は14歳のWTAツアー大会出場も禁じている。

 主催者推薦枠など一部の抜け道はあるものの、上限なくすべての大会に出られるようになるのは18歳以降。その現行のシステムからすると、ツアーでの実戦経験を積み、ブレークスルーの時を迎えるのが、早くても20歳前後になるのは必然だ。

 大坂が20歳で一昨年の全米オープンを制して以来、グランドスラム優勝者は全仏優勝者のバーティ(当時23歳1カ月)を含め、3人の若き初優勝者が誕生した。

 23のグランドスラムタイトルを持つセリーナの支配力が弱まって以来、女王不在が叫ばれて久しい女子テニス界ではあるが、新世代の到来は誰の目にも明らかになっている。

 セリーナとシャラポワが火花を散らし、覇権を争った時を経て、そのふたりに憧れ、同じ夢を見た大坂やケニンが今、ライバル譚を紡ぎ始めた。

 夢を媒介とし、歴史のトーチを受け継いだ者たちによる、新たな時代が幕を開ける。