その時は突然、訪れた——。 前半32分、左FWとして先発していたサディオ・マネは太もも裏を抑えて倒れ込むと、ベンチに向かって交代を求めた。タッチライン際では、ちょうどその10分前からベンチスタートのMFファビーニョ、FWディボック・オリジ…
その時は突然、訪れた——。
前半32分、左FWとして先発していたサディオ・マネは太もも裏を抑えて倒れ込むと、ベンチに向かって交代を求めた。タッチライン際では、ちょうどその10分前からベンチスタートのMFファビーニョ、FWディボック・オリジ、MF南野拓実の3人がウォームアップを開始していた。
南野拓実がリーグ3戦目でようやくプレミアデビューを飾った
試合は、まだ30分を経過したばかり。しかも、相手は「強豪キラー」と呼ばれる難敵ウルバーハンプトン・ワンダラーズである。クラブ在籍歴の長いオリジが投入されると思われたが、ユルゲン・クロップ監督が声をかけたのは、加入から3週間しか経っていない南野だった。
突然の出番到来に、南野には感慨に浸る時間も、緊張感に襲われる時間も、驚く時間もなかったという。
「そんなことを考えている時間もないというか。『早く準備して、すぐ行くぞ』という感じだった」
クロップ監督に首を掴まれながら指示を仰ぐと、南野はわかったと言わんばかりに指揮官の背中をポンと叩く。前半33分、25歳の日本代表はプレミアリーグのピッチに入った。
急に決まったリーグデビューだったが、それでも頭と心は準備が整っていたという。ピッチで何をすべきかを考えてフィールドに飛び出したと、南野は語る。
「サディオ(マネ)がダメとなった瞬間、代わりに攻撃的なポジションの選手を入れるのはわかっていました。『いつでも行けるぞ』って気持ちはありましたし、その準備もしていました。
やるべきことを頭の中で早く整理し、それをピッチの中で掴む。チームにフィットするということを、まず考えて入りました。(投入は)前半の終わりのほうだったし、試合にどれだけうまく入れるのか、というのが非常に重要でした」
だが、フィールドでは連係面で難しさを抱えた。
デビュー戦となったエバートンとのFAカップ3回戦ではCFとしてプレーしたが、今回は「最近練習でプレーしている」(クロップ監督)というウィングの位置に入った。
4−3−3の左FWとして、南野はタッチライン際まで開いてボールを受けたり、サイドから中央に移ってパスを引き出したりと、精力的に走り回った。さらに、味方が後方部でボールを持つと、手を上げながらDFラインの裏に抜ける動きでスルーパスを要求。チャンスを作り出そうとトライを続けた。
しかし、まだ周囲と呼吸が合わない。
スムーズな連係を奏でる場面は少なく、前半終了時には、動き方を巡って左サイドでコンビを組んだSBのアンドリュー・ロバートソンからレクチャーを受けた。ポジションを4−4−2の右MFに移した後半も連係面での難しさは変わらず、南野の特性が生かされたり、あるいは生きたりする場面は少なかった。南野は語る。
「僕は(左右MFの)どっちでもプレーできますけど、『どっちのサイドでプレーするか』を考えるより、サイドバックの選手と『自分のやりたいこと』と『相手のやりたいこと』を、もうちょっとうまく共有していければ、もっとやりやすくなるかなと。まあそれは(まだ加入したばかりなので)しょうがないですけど。そういう部分を見つけながらやっていければいいと思います。
後半の立ち上がりは、フロントボランチ気味というか中盤っぽい位置でプレーしたんですけど、効果的にボールを引き出すところまではいかなかったです。試合を落ち着かせるところで、もうちょっと前を向いて、ボールを受けられたらチャンスになっていたと思う。ポジショニングとか、もうちょっと(ベストの位置を)早く見つけられたらなと思いました」
リバプールは、昨季チャンピオンズリーグと今年12月のクラブワールドカップを制した。チームとしてすでに完成の域に達しており、既存の選手たちも阿吽の呼吸でプレーできている。それゆえ、新加入選手がスムーズな連係を奏でるようになるには、相応の時間が必要だろう。南野も例外ではないということだ。
さらに、マネの負傷で突然出番がまわってきたことや、前半の時点で南野がふくらはぎに違和感を覚えていた影響もあった。クロップ監督が「タキ(南野の愛称)には本当に難しかったと思う」と語ったように、リーグ初出場としては難易度の高い試合だった。
そんななかでも、プレミアリーグで第一歩を踏み出したことが、南野にとって何よりも重要だろう。加入したばかりで難しさを抱えるのは当然のこと。まず一歩を踏み出さないことにはゴールもないからだ。南野も力を込める。
「やっぱり試合に出て、初めて評価されるべきだと思う。カップ戦は出ましたけど、今日初めて(リーグ戦で)試合に出て、評価されるところに立ったのかなと。
そういう意味でも、ここからだと思う。やっぱりピッチに立ってプレーしないと見えない景色もあるし、わからないこともある。今日はいきなりでしたけど、こういうギリギリの試合を経験できたのはよかった。
(記者:すでに完成されているチームに入ることへの難しさは?) それはもうしょうがないので。それを覚悟で来ているというか。そのなかで揉まれながら生き残っていくしかない。
やっと、その舞台に立つことができた。『ここからだな』という気持ちですね。ピッチの上で何かを示して、初めて『コイツやるな』と認められたいし、今までもそうしてきた。そういうふうに認めさせたい」
リーグ戦3戦目で、南野はプレミアリーグデビューを飾った。「個人的なパフォーマンスには別に満足していない」と反省の言葉を口にしながらも、スタートラインに立ったことで、その表情には少なからず安堵感が見て取れた。
もちろん、勝負はここから。「期待してくれる人たちのためにも、しっかり結果で応えられるようにしたい」と、南野は語気を強めていた。