「ライオンズでプレーしてきた誇りを持ってアメリカに行きます。秋山が育ったライオンズというチームは素晴らしい球団だ、素晴らしい環境だと言ってもらえるよう、少しでもライオンズに恩を返せるようにがんばります」

 海外フリーエージェント権を行使し、今シーズンよりシンシナティ・レッズでプレーすることが決まった秋山翔吾が1月20日、埼玉西武ライオンズの球団事務所を訪れた。渡辺久信ゼネラルマネジャーらに挨拶を済ませたあと、球団から贈られた赤い花束を抱き、集まった報道陣の前に姿を現した。

「メジャーの環境は、八戸から関東に出てきて、初めてこのライオンズの施設を見たときの衝撃とあまり変わらなかったです。あのときも『プロの施設ってこんなにすごいんだ』『こんな室内練習場で練習できるんだ』と思いました。西武ドーム(現・メットライフドーム)に足を踏み入れたときも『こんな球場でプレーできるのか』と感激しましたから。あのときと変わらないですね」

 ライオンズに入団した9年前を回想した。

大石達也「こいつはやるだろうな」

 秋山と同期で、ドラフト1位でライオンズに入団した大石達也氏(現・球団スタッフ)は秋山の移籍が決まった際にこう語っていた。

「秋山は入団当時から『こいつはやるだろうな』という雰囲気を持っていました。1月の合同自主トレーニングのときから、すでに1人で室内練習場に居残って延々とバットを振っていましたから。あの姿を思い出す限り、たとえメジャーに行っても秋山は変わらない、成績を残せるはずだと思っています」

「2倍、3倍の時間がかかるんです」

 秋山といえばプロ野球選手の中でもストイックで、練習熱心なことで知られているが、何度も受けてもらったインタビュー機会の中で、とりわけ印象に残る話がある。

 最多安打記録を達成したころだったと記憶している。練習量の多さについて話が及んだ際、秋山はこう説明した。

「僕は器用ではないので、ひとつの練習方法を試してみたときに、途中で『これは自分には合わないかもしれない』とわかるまでに時間がかかるし、そこから違う方法を試して答えにたどり着くまでに、また時間がかかる。他の人だったら短時間で済むことに、2倍、3倍の時間がかかるんです。だから結果的に練習する時間が長くなるんですよ」

「それがストイックに映るんでしょうね」と謙遜したが、秋山の練習量の多さはチーム内でも周知の事実だった。

 器用か、不器用かと聞かれると、おそらく不器用な性格の部類だろう。天才か、努力型かと極端に分ければ、秋山は努力型の選手に入るのかもしれない。しかし、「時間がかかる」という自身の性格を冷静に分析し、その練習量を消化できるだけの体力をつける努力も同時に進めてきた。

 努力を実らせる天才とも言えるだろう。

どんな記事も抜かりなく確認する。

 そして、秋山は自身のことを書かれた記事をよく読んでいる選手だった。

 新聞から雑誌、ウェブメディアに至るまで目を通しているようで、掲載されると、すぐに声をかけられた。自分以外の選手の記事にも目を通すようで、あるとき、「鈴木将平のポジション、内野手になってましたよ!」と誤植を発見され、慌てて鈴木に謝罪に行ったこともある。さまざまなことに関心を持っている証拠なのだろうと驚いた。

 2018年、リーグ優勝を果たした際の記事には、秋山が入団した年の、ソフトバンクの優勝が決まった日のことを記事にした。胴上げをするソフトバンクを横目に、室内練習場に直行し、練習をしていたエピソードである。数日後、球場で会った際に「よくあんな昔のことを掘り出してきましたね」と笑われた。

記者として背筋が伸びる選手だった。

 同時に、その取材がどんな意図で企画されたのかも、理解しようと努める選手だった。入団2~3年目のことだと思うが、あるチームメートとの対談を申し込んだとき「どうしてこの組み合わせなのか」「僕は何を求められているのか」と質問をぶつけられたこともあった。即座に答えられず猛省した。それからは、いつ、何を聞かれてもその取材の意図を説明できるよう、準備を怠らないようになった。

 球団への挨拶後の会見で、秋山は「ファンの皆さんの声援と、厳しい目が自分の励みだった。期待に応えたいという気持ちがあったから成長できた」と語ったが、秋山を取材させてもらうことで、記者として、何の準備もなく漠然と話を聞きに行ってはいけないという気持ちが芽生えた。時間をかけて趣旨を説明すること、そして企画内容を十分に練ることの大切さを教えてもらった。

 すべての選手に同じスタンスで接するよう心がけてはいるが、秋山の場合は、取材をさせてもらうたびに背筋が伸びる選手だった。ときには反省し、次は失敗しないようにと準備をした。取材を通じ、たくさんの大切なことを教えてもらった。

 大石氏が言ったように、秋山翔吾はどこへ行っても秋山翔吾であり続けるだろう。

「チームが変わっても応援していただけるように頑張ります」(秋山)

 謙虚に語った秋山のメジャーリーグでの健闘を、彼の努力を見守り続けてきたライオンズファンは心から願っているに違いない。

(「プロ野球PRESS」市川忍 = 文)