タイ代表指揮官として2026年のW杯を目指す西野朗監督「厳しいですよ、ここからは」 U-23タイ代表(A代表も兼任)を率いる西野朗監督は、AFC U23選手権の準々決勝の前日に、そう打ち明けた。 サウジアラビアとの大一番を控えた夜、タイ代表…
タイ代表指揮官として2026年のW杯を目指す西野朗監督
「厳しいですよ、ここからは」
U-23タイ代表(A代表も兼任)を率いる西野朗監督は、AFC U23選手権の準々決勝の前日に、そう打ち明けた。
サウジアラビアとの大一番を控えた夜、タイ代表の公開練習には地元メディアは多かったものの、それ以外の取材者は自分しかいなかった。だからだろうか、少ない時間のなかでも率直な話を聞かせてくれた気がする。時速100キロ近くで飛ばす、ちょっと危ないバイクタクシーに乗ってきた甲斐があった。
「(サウジアラビアとの)力の差は感じます。ここまではよく戦ったと思いますけど」
たしかにグループステージでは、全員が死力を尽くしてなんとか突破にこぎつけた。初戦こそバーレーンに5-0で勝ったものの、オーストラリアには逆転で1-2と敗れ、最後のイラク戦では1-1で迎えた最終盤に相手の右クロスからゴール前で完璧なヘディングが放たれた。
これが決まれば敗退となる場面、西野監督の脳裏には「(逆転負けしたロシアW杯ラウンド16のベルギー戦が)よぎった」が、GKが防いで勝ち抜け。試合後のスタジアムには「ニシノ! ニシノ!」のコールがこだました。
開催国タイの代表チームは、ベスト8に唯一生き残った東南アジア勢だ。近年、目覚ましい躍進を遂げるベトナムも、グループステージを最下位で終えている。アジアでまだまだ格下と捉えられるこの域内の代表として、大会の優勝候補サウジアラビアに立ち向かう。タイ史上初の五輪出場に向けて、最大の試練が待ち構えていた。
会場はバンコクのメインスタジアムのラジャマンガラではなく、北の先にあるタマサートながら、チケットは売り切れ。何事にもあまり焦ることがない微笑みの国の人々は、キックオフには間に合わずとも、前半の中頃くらいからスタンドを埋め始めた。
劣勢が予想されたなか、タイは開始から主導権を握る。6分には17歳の17番、スパナト・ムンターがボックス左から巻いたシュートでポストを直撃。CBのティタウィー・アクソーンシは、グループステージで活躍した双子の左SBティタトンよりもこの日は目立ち、機動力と強さを活かして相手の攻撃を断ち続ける。前半の中頃まで、西野監督が掲げる「ポゼッションとスピードを武器とするタイスタイル」で、サウジアラビアを押し込んでいた。
西野監督が課題に挙げる「フィジカルと守備、時間の使い方」に関しても、グループステージから改善されていたように見えた。33分に相手が右クロスからのビッグチャンスをふいにしたこともあり、前半は0-0で終了した。
後半に入ると、サウジアラビアと同じ中東のオマーンの主審は、偏った判定を何度も見せる。タイの選手には警告が二度与えられたが、サウジアラビアの選手が似たようなファウルを犯してもカードは出ない。そして78分には、ボックス際でタイがサウジアラビアの選手を倒して笛が鳴る。当初はFKの判定がVARによってPKと宣告され、これを9番のアルハムダンに決められてしまった。終盤のこの1点はあまりにも重く、ファンは大声援で最後まで選手たちを後押ししたが、その後にネットが揺れることはなかった。
試合後の会見では、怒りの収まらない地元記者が、サウジアラビアの監督に「この試合が中東の主審に裁かれたのはおかしいと思いませんか? 本来なら中東でも東南アジアでもないほかの地域の審判が裁くべきでした」と質問する場面もあった。
その後に登壇した西野監督は、「最初の15、20分くらいまでは、プランどおりに非常に良いサッカーができたと思います。すべてをあのワンプレー(サウジアラビアのPK)でゼロ、かけるゼロにはしたくはないですが、キーポイントだったと思います」と振り返った。
「(この大会はタイの選手たちにとって)良いチャレンジになり、良い経験を積めたと思います。2026年のW杯という大きな目標に向けて、これを糧に成長してくれれば、可能性はあるのではないでしょうか。
正直、(初戦の)バーレーン戦であれほど攻撃的で積極的なゲームが展開できると思っていなかった。中東のチームに対して、そういう戦いができ、チームは自信をつけたはず。オーストラリアとも前半は対等以上にやれた。
とにかく、積極的に自分たちの良さを出そう、と。後ろ向きな姿勢で戦うのではなく。そこを強調しました」
その一方で、練習場でも、会見場でも、ミックスゾーンでも、タイが抱える構造的かつ文化的な課題も口にしている。選手たちの向上心、協会のバックアップ、人々の真剣度など、日本で数々の栄光に浴してきた指揮官には、物足りないと感じるところがある。
「国民性なんでしょうけど、そこを変える難しさはあります。もどかしさも。でもここはタイなので。自分は覚悟をもって、やりがいを求めて来ています。だから発見や学びもありますけど」
西野監督とタイU-23代表の東京五輪を目指した冒険は、ここに終焉を迎えた。しかし「(才能の)原石はある」と指揮官が語るように、それをしっかり磨けるようになれば、次なる大きな目標の2026年W杯にたどり着けるかもしれない。国内リーグにも日本人監督が増えているタイで、西野監督の影響力はさらに増している。