松岡修造が語る「全豪2020」後編  2019年10月に、右ひじの手術をした錦織圭(ATPランキング17位、1月13日づけ、以下同)は、残念ながら全豪オープンテニス(1月20日~2月2日、メルボルン)は欠場となった。復帰時期は未定だが…

松岡修造が語る「全豪2020」後編

 2019年10月に、右ひじの手術をした錦織圭(ATPランキング17位、1月13日づけ、以下同)は、残念ながら全豪オープンテニス(1月20日~2月2日、メルボルン)は欠場となった。復帰時期は未定だが、手術した箇所が右ひじだけに、時期には慎重になるべきだろう。



錦織圭や全豪オープンに出場する選手について語った松岡修造

 松岡修造は、38歳のロジャー・フェデラー(3位)や33歳のラファエル・ナダル(1位)の活躍を錦織が見て、まだまだ自分が長い時間テニスができると感じているのではないかと推測する。

「昨年の全仏からあった、(右ひじの)痛みによるモヤモヤ感を、圭は我慢しながら、70%くらいのテニスをやっていたけれど、それでは今のツアーでは厳しいとよくわかったはずです。彼の中では、痛みが100%なくならなければ、ツアーに出るべきではないと、彼自身の経験から理解していると思います」

 実は数年前まで松岡氏は、2020年東京オリンピックが、錦織にとってひとつの区切りになるかもしれないと捉えていたが、現在はさらにその先も見据えるべきだと考えが変わった。

「今回の休養によって、焦らなくていいんだ、と思ったのではないでしょうか。もっと大きく捉えるのであれば、2020もわかるんだけれども、そこで本来の実力が出なくてもいいから、ツアーに長いこと留まる選択をするための休養でもあるのではないかと僕は感じるんです」

 10年前にも錦織は、右ひじの手術をしたことがあり、その時は試合に出場できるまでに手術から約半年を要した。さらに、2017年には右ひじの大きなけがをしたこともあった。

 だが、錦織はカムバックを果たす度、さらに精神的に強くなってテニスコートへ戻って来た。

「前回けがをした時も、メンタル面でパワーアップしましたが、圭が何を心で感じて戻って来るかですね。圭はずっと、勝つためにいつも完璧でなければならないという、追い詰められているような感覚があったと思うんです。」

 長年日本テニス界のエースとして、世界のトップで戦い続けるために錦織は、目には見えない重圧とも戦ってきた。松岡氏は、元来錦織が持ち合わせている”ゆとり”を、プロ13年目に突入した今だからこそ、大事にするべきではないかと指摘する。

「今、圭は、すごく積極的にいろんなスポーツの試合を見に行っています。圭は天才だからこそ、ゆとり感覚が合っていると思う。それによって、他の選手にはできないテニスが生まれる気がします」

 復帰への道を歩む中、錦織は、2020年シーズンを戦うにあたって、マックス・ミルニーを新しいツアーコーチに選んだ。松岡氏は、「ネットに出る方向性で、より攻撃的なテニスしたいという圭の判断ではないか」と推察する。

「マックスは真面目さの中に、アメリカ人的なところがあって、ちょっと遊べる感覚がある。圭には、遊び感覚が必要なんですよ。マックスは、マイケル・チャンコーチのような厳しさも伝えられる人だし、(引退してまだ2年だから)圭のヒッティングパートナーもできる。圭は、もともとボレーがうまいけれど、もっとネットプレーを取り入れないといけない。ナダルや(ノバク・)ジョコビッチ(2位)を見て、自分もああならないといけないと感じたんだと思います」

 錦織は30歳になったが、今後戦列に戻った際、トップ10へのカムバックは間違いなくできると松岡氏は断言する。問題は、錦織の悲願であるグランドスラム初優勝ができるかどうかで、それを実現させるには、「相当な体力とメンタルが必要です」と言う。

 そして、2020年には東京オリンピックが控えており、それまでにどれだけ錦織がコンディションを戻せるか注目される。

「圭は、感覚をすごく大事にする選手なので、自分のタイミングが合うまで、復帰に少し時間がかかるタイプ。オリンピックまでは、全部1回戦で負けてしまってもいいかもしれません。ただ、東京オリンピックに出た時に、彼の中でいろんな覚醒が起きるような気がするんです。(2016年の)リオで圭は、他の競技での日本選手の活躍を見て、それが日本にどれだけエネルギーを与えているのかを目の当たりにし、初めて自分がオリンピックで戦う意義を見つけることができた。復帰直後、圭は、なかなか結果が出ないかもしれないけど、東京オリンピックですべて前向きなエネルギーとして覚醒につなげることができるはずです」
 
 錦織が今回の全豪に出場できないなか、松岡が注目している選手のひとりとして名前を挙げたのが、西岡良仁(71位)だ。昨年11月に行なわれたデビスカップのフランス戦ではガエル・モンフィス(10位)を破り、先日行なわれたATPカップのスペイン戦ではラファエル・ナダル(1位)に6-7、4-6と善戦した。

「今回、西岡はどこまで行くかわかりませんよ。ドローもよくて彼のテニスができれば、ちょっとした選手には負けないですね」

 西岡のテニスについては、ユーチューバーであるという側面も含めてみんなを魅了するテニスと評して、次のように語った。

「彼は自分のテニスを確立しました。まずひとつは、身長が170cmくらいでも通用するんだと。そしてもうひとつは、(劣勢に見えていても)最終的に攻撃しているのは西岡だとわかったときに、見ている人はテニスが面白いと思う。彼は、相手に対して1球1球ワナを張っているんです。だから、相手がミスしたときには、僕はただ”相手がミスしました”とは解説しません。”ミスさせられました”って。例えば、僕の相手が西岡だったらイヤですよ。(エースが)決まりそうで決まらない。しかも、打ってほしくないボールが戻ってくるわけです。さらにそれが、毎回チェンジしている。回転もスピードも場所も。彼のテニスの面白さが全豪でたくさんの人に伝わればいいなと思います」

 全豪での車いすテニスには、国枝慎吾(ITF車いすテニス男子ランキング2位)と上地結衣(ITF車いすテニス女子ランキング2位)が出場する。

 そして、その戦いの先には、車いすテニス選手にとって最大のイベントである東京パラリンピックがある。地元日本で、国枝も上地も、今までに体験したことのないような光景を、パラリンピックで使用される有明コロシアムで目にすることができるのではないかと松岡は予見する。

「国枝さんと上地さんは、”すべては東京です”という思いに近いのでは。今までのパラリンピックやグランドスラムでは感じたことのない声援、満員になるだろう会場の中でプレーをする雰囲気、その中で車いすテニスを体感するというのが、国枝さんと上地さんにとっては、もう、ひとつの金メダルなのかもしれません。車いすテニスをやって来てよかったって」

 国枝と上地のメダル獲得への期待が膨らむなか、東京パラリンピックの開催時には、国枝は36歳になっており、もしかしたら最後のオリンピックになるかもしれない。

「つい1年前、国枝さんには東京は無理なんじゃないかと思われていた中、今はもう1回金メダルを獲れるかもしれないという状態になった。国枝さんの闘志、彼自身ができると思っているエネルギー、それらを持っているのが彼の魅力であり、だから今も勝ち続けているのではないでしょうか」

 リオ五輪では銅メダルだった上地には、東京でこそ、26歳になる彼女が悲願である金メダルを獲得できるのではないかと期待する。

「上地さんが今回の全豪で、どう進化しているのか見たい。でも、彼女はオリンピックで勝つこと、世界ナンバーワンになることを一番に思っていて、そこからの逆算なんですよ。だから、全豪ではいろいろチャレンジしながら負けてもいい。東京で金メダルを獲ることが、ひとつの終着駅と捉えた時、東京では誰もやっていないテニスが彼女には必要なのかもしれません」

 2020年東京パラリンピックで、国枝はシングルで、2008年北京と2012年ロンドン以来、3回目の金メダル奪還を狙い、上地は、初の金メダル獲得を目指す。

 東京パラリンピックへつながる道の序章として、まずは全豪で、国枝と上地がタイトル争いにどのように加わってくるのか、非常に大切な戦いになっていきそうだ。