凄まじい盛り上がりを見せた2019年のゴルフ界。その発端となったのは、もちろん”ニューヒロイン”渋野日向子の登場だ。海外メジャーの全英女子オープンで優勝し、日本勢として42年ぶりの快挙を達成。以降も、日本ツアーで奮闘して「シブコ・ブーム」を…

凄まじい盛り上がりを見せた2019年のゴルフ界。その発端となったのは、もちろん”ニューヒロイン”渋野日向子の登場だ。海外メジャーの全英女子オープンで優勝し、日本勢として42年ぶりの快挙を達成。以降も、日本ツアーで奮闘して「シブコ・ブーム」を巻き起こした。そんな彼女の強さについて、ゴルフジャーナリストの三田村昌鳳氏が検証する--。



「モグモグタイム」も渋野日向子の強さを示す要素のひとつ

 初の海外、しかも初のメジャーでありながら、渋野日向子が8月の全英女子オープンで勝利したことは大きな衝撃でした。

 渋野の攻め方を見ていて、まず思ったのは、飛距離や技術的な部分よりも、”勝負強い”ということ。”勝負のかけ方がうまい”選手だな、と。

 たとえば、最終日の12番。1オンも狙える距離の短いミドルホールにおいて、優勝を争うほかの選手のほとんどがアイアンで刻むなか、彼女はドライバーを躊躇なく抜いて、1オンを狙っていきました。

 この一打が、勝つか、勝たないか、という部分において、大きなポイントのひとつでした。

“安全に攻める”ということが、決して悪いわけではありません。しかし、時に安全にいきすぎることは、「逃げている」と言うことができます。ゴルフの世界では、その選択によって、勝敗が左右されることが多々あります。

 勝つためには、前向きさであったり、思い切りのよさであったり、そういう勢いも大事。もちろん、4日間72ホールの中で、安全に攻めるべきポイントはいくつもあるでしょう。しかし、どこかで勝負をかけなければ、勝つことはできないのです。

 どうすれば勝てるかがわかる選手、たとえばタイガー・ウッズは、勝負の機微、優勝するための一打、勝負の流れを分ける一打、というものを見極め、そこでピカイチのショットを打ちます。

 渋野も、そういう一打を本能的に打てる選手だな、と全英女子オープンを見ていて思いました。リスクを冒してでも攻める勇気のようなものを、彼女は本能的に持っているのだと思います。

 彼女が勝負に出た12番。見事に1オンに成功しましたが、もしミスしていたとしても、周囲には「彼女は、やがて勝つだろうな」という感覚を残したことでしょう。

 彼女のスイングだけ見れば、「よくあのフォームで打てるな」という専門家も多いです。彼女の構えがハンドダウンしているように見えるので、あのアドレスで、あの球が打てることに、専門家は驚くわけです。

 しかし、彼女は手が長いため、それでも問題ないわけです。そして、彼女の持って生まれた運動能力と、鍛え上げられた下半身の強さで、あの豪快なフォームが成立しています。

 体の強さは、両親ともに陸上競技の投てき選手だったことが影響しているのでしょう。さらに、彼女はゴルフだけでなく、ソフトボールをやっていたこともプラスに働いています。

 ジャック・ニクラウスが、オフにバスケットボールとテニスをやっていたことは有名ですが、海外選手はゴルフ以外の競技も積極的に行なっています。というのも、身体的な向上はもちろんのこと、精神的な部分においても、重要なことだからです。

 一方で、日本人選手は、ゴルフオンリーという選手が非常に多い。おかげで、視野が狭く、何かで悩んだ際の解決法が乏しいうえ、気分転換やストレス解消がうまくできない選手がたくさんいます。

 その点、渋野は別の競技もやっていて、発散できている。それは、ものすごく大きいことです。

 技術、身体的な部分においても、ソフトボールが効果的なのは、岡本綾子プロが証明しています。彼女もソフトボールをやっていて、身体能力に優れ、ボールをとらえる能力も高く、世界で結果を出すことができました。

 ジャンボ尾崎も、オフにはよくトスバッティングをしていました。これは、クラブより重いバットを用いて、腰のキレやミートさせる力を向上させるためでした。

 渋野の長所と言えば、内面的な部分、セルフコントロールのうまさも、挙げられます。ラウンド中、笑ったり、何かを食べて待ち時間を過ごしたりする姿を見て、私は「賢いな」と思いました。

 通常、待っている時間があると、他の選手のプレーや、スコアボードが目に入ってしまい、フラストレーションが溜まり、イライラしてしまうものです。優勝争いに絡んでいるような状況ではなおさらです。

 彼女も、決して緊張しないとか、フラストレーションを感じないわけではないでしょう。近年、ガムを食べながらプレーする選手も多いように、噛むことでアゴの筋肉が刺激され、心を落ち着かせる効果があると言われています。彼女が待ち時間に何か食べるのは、それと同じで、緊張を解くためだと思います。

 どれだけ精神力が強くても、ラウンド中の4時間、ずっと集中力を維持することはできません。彼女は、オンとオフの切り替えが実にうまい。「モグモグタイム」などと言われて、コミカルな感じで紹介されたりもしますが、あの年齢でセルフコントロールができているのはすごいことです。

 また、全英女子オープン優勝後、一時、世の中の喧騒に振り回され、少しリズムを崩した時期がありました。そんななかでも、彼女は復調のきっかけをつかむことができました。

 さまざまな要因があったと思いますが、そのひとつに、ソフトボールが大好きな渋野が、神のように崇める上野由岐子との対談にあったと見ています。その対談中、上野から渋野は「モチベーションがなくなることは、心が渇く、ということ。(アスリートは)その心の渇きをなんとかして、潤さなければいけない」という言葉をかけられた。それが、渋野にとっては、すごく大きかったのではないでしょうか。

 その後、国内ツアーでも2勝(今季通算4勝)を挙げて、最後まで賞金女王争いに絡んでいったことは、本当に大したものです。今の彼女を見ていると、海外メジャーに勝ったということが、いい意味でプレッシャーとなり、「普通にやれば、上位にいける」という自信につながっていると思います。

 過去、ジャック・ニクラウスがトップと5打差以内で最終日を迎えたら、「ニクラウスが勝つ」と言われていたことがありました。また、タイガー・ウッズなんかは、最終日を迎えて6打差あっても「必ず優勝争いに絡んでくる」と思われて、ほかの選手が過剰に反応して怯えていたものです。

 現在、渋野もそんなふうに思われているような感じがします。下位に甘んじていても「いつか上がってくる」と、上位陣に恐怖心を抱かせているのです。実際、9月のデサントレディース東海クラシックでは、最終日に8打差をひっくり返して逆転優勝を飾って見せました。

 渋野本人が好むと好まざるにかかわらず、すでに彼女からはスターのオーラが出ています。ギャラリーが想像する以上のことをやってのけてしまうのは、スターの条件です。女子ゴルフ界に、新たな、そして真のスーパースターが生まれたな、と感じずにはいられません。