2019年シーズンのF1で、最も期待はずれで苦悩に満ちたシーズンを送ったのは、ハースだったのではないだろうか。 開幕前のテストでは3強チームに迫る速さを見せ、実際に開幕戦オーストラリアGP予選でも6位・7位、決勝6位と中団グループのト…

 2019年シーズンのF1で、最も期待はずれで苦悩に満ちたシーズンを送ったのは、ハースだったのではないだろうか。

 開幕前のテストでは3強チームに迫る速さを見せ、実際に開幕戦オーストラリアGP予選でも6位・7位、決勝6位と中団グループのトップにいた。

「トップとの差は間違いなく縮まっているし、周りを気にせず自分たちのクルマの力をすべて引き出すことだけを考えています。そうすれば、自ずと結果はついてくると思っていますから」

 ハースのレース現場を取り仕切る小松礼雄(あやお)チーフレースエンジニアは、シーズン開幕を前に自信を見せていた。



ハースのチーフレースエンジニアを務める小松礼雄

 しかし、そこから先は、長い、長いトンネルを走ることになってしまった。

 予選では速くても、決勝では始まった途端に急激なペースダウンを起こし、次々と抜かれていく。いくらマシンをセットアップしてみても、アップデートしてみても、状況は改善しない。シーズン前半戦は暗中模索の日々が続いた。

「『なんかこのクルマ、おかしいな』と気づいたのが、バーレーンに行った時。一発のタイムはあいかわらず出るけど、2周目にはもう完璧にタイヤが終わってしまっていたんです。金曜日にロングランをやっても『これはヤバい』という状態で、いろいろ試したんですけど、決勝ではやっぱりボロボロで……」

 実際には、快進撃を見せていたバルセロナの開幕前テストや開幕戦オーストラリアの段階で、すでにマシンは根本的な問題を抱えていた。しかし、それがはっきりと露見しないコース特性であったため、問題に気づくのが遅れたのだという。

「もともと最初の発表段階から、クルマに根本的な問題があったんです。よくなかったのは、開幕前テストでムチャクチャ速かったこと。振り返ってみれば、『このクルマはよくない』という兆候はあったんです。

 だけど、あの時はクルマが速いし、ロングランのペースもよかった。だから、そういう兆候が見えても『測っている(センサーの数値の)ほうが間違っているんじゃないか?』と考えてしまいました」

 根本的な問題は空力にあり、マシンとタイヤにかかるダウンフォースと荷重が設計どおりに機能していなかった。そのため、タイヤをうまく使えず、新品タイヤのグリップがある予選では速さを発揮できるものの、すぐにそのグリップが失われて決勝では大きくパフォーマンスを落とす、という繰り返しになっていた。

「負荷がかからなきゃいけないところでかからなくて、負荷がかからなくていいところでかかっていました。開幕から問題を抱えていて、第5戦・スペインGPでアップデートしたけど、そのアップデートも本当によくなかった。しかも、それが本当によくないとわかるまで、時間がかかりすぎてしまったんです」

 第5戦・スペインGP、第8戦・フランスGP、第11戦・ドイツGPと、次々にアップデートを投入していったが、それらは根本的な問題を抱えた当初のコンセプトに沿ってデザインされたもの。つまり、どれも問題を抱えており、マシンがよくなるはずはなかった。

「はっきり言うと、スペインGPで投入したアップデートは開幕仕様よりも全然よくなかった。最終戦のアブダビGPで使ったフロアなんて、(開幕前の)フィルミングデー(プロモーション撮影用に走行する日)で使ったのとまったく同じ仕様ですから。結局、お金をかけて(マシンを改悪して)性能を落としているようなものだったんです。残念ながら……」

 アップデートされたマシンを試したロマン・グロージャンは、データ上でのタイムは速くても、フィーリングは旧型のほうが優れていると語っていた。結果的に、グロージャンのその直感は正しかったわけだ。

「そう、ロマンが100%、正しかったんです。彼はすぐに自信が欠如してしまうタイプだから、『とにかくお前のフィードバックは正しかった。すばらしい』って何度も言いました。

 ロマンは『ポテンシャルはあるかもしれないが、感触はあんまりよくない』と言っていた。ただ、その段階では空力開発のプロセスに問題があるとはわかっていなかったから、チームとして『これを使わない』という判断を下すことができなかった。

 ドライバーは感触が悪いから、そのクルマで攻めきれないわけです。攻めきれないから、タイヤにうまく力が入らない。でも、シルバーストンで開幕仕様に戻したら、一発で違いましたからね」

 シーズン中盤の第10戦・イギリスGPからは、2台のマシンを新型と旧型に分けて走行し、比較テストを行なった。つまりそれは、開発テストではなく、どこに問題があるのかという検証テストだ。もっとはっきり言えば、風洞など空力開発のプロセスに問題があると考えられる状況のなかで、「そんなはずはない」と言い張る空力部門を納得させるための実証実験だった。

「それってけっこう反発をくらう決断だし、小さなチームとはいえ、それをやるのは大変でした。でも、6カ月の努力を無駄にするよりも、3カ月のほうがいいじゃないですか? (現場の技術責任者である)僕がトラックサイドで新しいパッケージをうまく使えていない可能性もあるから、まずはその可能性を全部潰していったわけです。

 そのあと、タイヤをうまく使えていないんじゃないか、すべてを出し切れていないんじゃないか、そういう可能性を潰していって、それが全部違うという自信を持てたら、残りはもうこれ(空力開発プロセスの問題)しかない。最終的には(間違っているということを)証明しなければならないわけですから、何をやるにしても、やっぱり最後は”人”なんです」

 その時点で、シーズン後半戦に向けてマシンを大幅に改修する時間は足りず、チーム開発を2020年へとシフトせざるを得なかった。2019年の後半戦は、予選では速くても決勝で戦闘力が発揮できないマシンであるとわかっていながらレースをしなければならない、苦しい3カ月間だった。

 チームは開幕仕様のマシンを使い、フロントウイングやバージボード(※)などを2台別々の仕様にして走り、何が問題なのかを徹底的に洗い出すためのデータ収集に徹した。第15戦・シンガポールGPに投入予定だったアップデートは取りやめ、方向性を修正し、第19戦・アメリカGPに新型フロアを完成させた。その結果、空力開発の問題があらためて確認された。

※バージボード=ノーズの横やコクピットの横に取り付けられたエアロパーツ。

「予想どおり(データ結果は)あまりよくなかった。空力部門の人は驚いていたけど、僕は驚かなかった。ただ、それをやることによって、どこをどれだけ詰めればいいのか、空力部門の人もわかったのです」

 実戦テストと化した2019年後半戦の走行データのなかで、マシンの問題点はさらに詳しくわかってきた。そのたび、すでに開発が進んでいる2020年型マシンにもそのノウハウは反映され、今年のような問題が来季型で再発しないよう、徹底的に対策が打たれている。

「新しいことがわかるにつれて、来年のクルマもどんどん変えていっています。(後半戦のデータ収集は)そのためにやっているんですから。今年のような間違いが来年はないようにするのが、僕とギュンター(・シュタイナー代表)の責任です。もちろん、自信もあります」

 チームをよくするためには、ファクトリーの開発体制を見直さなければならないことは明らかだった。チーフレースエンジニアの小松は本来、レース現場のマシン運営を統括する技術責任者だが、このファクトリー側の組織強化にも大ナタを振るうことになり、肩書きもディレクターオブエンジニアリング(技術ディレクター)となった。

「今年はチーフレースエンジニアとして、トラックサイドでやることがパフォーマンスの最大の問題じゃないことは明らかだったから、結局は組織を変えなきゃいけないということになり、だからベンブリー(英国側の開発部隊)の組織もけっこう変えたんです。

 風通りをよくして、コミュニケーションがうまく取れるようにして、もっといろんな部署がお互いに一体となって働けるようにしたつもりです。組織というのは本当に”人”なので、組織やプロセスを作れば解決するものではない。それもなきゃいけないですけど、そのプロセスを実行する人が一致団結してやってくれないと。フレームワークやハードウェアだけではダメなんです」

 2019年のシーズン後半戦は、レースの結果がまったく望めないという極めて苦しい環境のなかでの戦いになった。それでも小松エンジニアは2020年に目を向け、チームを強化するために自分たちがやるべき仕事に集中し、必死で戦ってきた。

 ハースの創設から4年目で直面した苦境。ただ、それもF1の醍醐味だと、小松は語る。

「レースがどういう展開になるかは、だいたいわかっていますからね。そういう意味では楽しくないですよ。でもね、クルマが走っている時は一番楽しいです。いろいろ組織作りをやっているのも、レースで結果を出すためにやっているわけですから。F1という世界で、イチからチームを作り上げていくチャレンジをやらせてもらえるチャンスなんて、そうあるものじゃない。やっていて本当に楽しいですよ」

 根っからのエンジニア魂は、困難に直面したときこそ燃え上がる。そして、それを乗り越えた時には、最高の喜びが到来する。

 2020年、ハースの復活が楽しみだ。