精神科医・和田秀樹が分析~渋野日向子の魅力(後編)海外メジャーの全英女子オープンを制したあとも、日本女子ツアーで活躍し、一気に国民的ヒロインとなった渋野日向子。彼女の一挙一動に注目が集まり、日本中が「シブコ・ブーム」に沸いた。そこまでの人気…

精神科医・和田秀樹が分析~渋野日向子の魅力(後編)

海外メジャーの全英女子オープンを制したあとも、日本女子ツアーで活躍し、一気に国民的ヒロインとなった渋野日向子。彼女の一挙一動に注目が集まり、日本中が「シブコ・ブーム」に沸いた。そこまでの人気を誇る、彼女の魅力はどこにあるのか。精神科医の和田秀樹先生に分析してもらった--。



「どこにでもいそうな女子大生」という雰囲気が渋野日向子の魅力

 渋野日向子さんが楽観的なのは、育った環境の影響が大きいと思います。親の愛情をたくさん受けて育ったということでしょう。

 ただ、現時点では、うまく気持ちの切り替えができているように見えますが、楽観的な性格である分、心理的なコンディションがいいときはいいパフォーマンスを出せるけれど、心理的な不安が芽生えると、大きく落ち込んでしまう可能性は確かにあります。そのときに大事なのは、周囲のサポートの仕方でしょう。

 鬱病などの治療でも、悲観を楽観に変えるのは難しい。だから、「私なんて一生幸せになれない」とか、「いいことなんて何もない」とか言っている人に対し、それを否定することはしません。そうではなく、「他の可能性もあるよね」というようなことを言っていく治療をするんですが、それと同じですよね。

 心理的なコンディションが悪いときに、パフォーマンスがガクッと落ちたとしても、根が楽観的な人というのは、「今はうまくいかないけど、やり方を変えたらうまくいくかもね」とか言われると、いろんなことを試せるわけです。ところが、悲観的な人は、どうせ無理だと思ってしまう。

 天才というのは、あれこれ試さなくても、ある時期まではすべてがうまくいく。でも、問題はその先で、いろんなところでしぶとく生き延びることができる人というのは、自分を信じている人。だから自分の可能性を信じて、いろんなことを試せるわけです。渋野さんに直接会ったことはないので、あくまでも、たぶん、ですが、彼女はそれができる選手のような気がします。

 先日、渋野さんを密着取材したテレビ番組を見ましたが、彼女はその番組のなかで、「全英に勝ったあと、パットのときに手が震えることがある」という話をしていました。そんな話ができるのは、大したものだと思いますね。

 つまり、自分を信じるというのは、ダメな自分も受け入れるということであり、ダメなときにはダメなりにどうしようかを考えられるからです。自分が今、緊張しているなと思ったら、「じゃあ、深呼吸でもしようか」とか、「コーチに相談してみようか」とか、考えることができるんです。本当にパニックに陥っている人は、自分がパニックになっていることにも気づきませんから。

 もちろん、本当に緊張し切ってしまい、そんなにいい成績が上げられないこともあるでしょう。でも、そういうときには、悪いなりにプレーして切り抜けて、気持ちが乗り出したときには勢いが止まらないというのも、彼女らしいところじゃないでしょうか。

 僕は結構、そこが重要なポイントだと思っています。精神科の治療で、「あるがまま」という言葉があります。つまり、いいときでも、ダメなときでも、あるがまま。ダメなときはダメなりに。乗っているときはその流れを壊さず、あえて乗りに任せる。

 渋野さんは、まだこんなに若いのに、割と常に自然体でいられる。すなわち、”あるがまま”でいられるように見えます。逆に、若いから自然体でいられるのかもしれませんけど。とにかく、彼女を見ていると、よそ行きの振る舞いをしているとか、ウソをついているとか、というふうには見えない。そういうところは、なかなか素敵ですね。

 持って生まれた性格もあるのでしょうが、渋野さんは、勝ったときに自分が喜ぶタイプというより、勝ったときに周りの人間が幸せになるタイプですよね。つまり、「勝ってよかったね」と周りに思わせるかわいさがある。全英で勝って帰国し、「賞金女王になりたい」と言っても、「なんだよ、いきなり天狗かよ」とは思わせない。そういう発言すらかわいく見えるところが、彼女の強みですよね。

 精神医学の世界でも、昔は治療者(精神科医)が患者さんから見て、理想化されるほうがいいとか、どちらかというと、治療者が上から目線だったんです。しかし、最近のトレンドとして、治療者は患者に”同じ人間だ感”を持たせることが、治療をうまくいかせる方法だというのがあるんです。

 例えば、「先生なんかに、私の気持ちは一生わからない」と言われたときに、「そう言われる治療者って、意外とみじめなんですよね」と答えるとか。要するに、患者さんに「先生も、ですか?」って思わせると、距離がグッと縮まる。

 それと同じで、世界で活躍するアスリートだからといって、”スーパースター感”だけを漂わせるのではなく、見ている人たちに”あなたも、ですか?”と身近に感じさせることは、勝負に関係あるかどうかは別にして、人気にはすごく関係がありますよね。

 スポーツの世界は、強いだけではなかなか人気者になれない。渋野さんは、すごく美人だとか、アイドル顔だから人気があるとかではなく、どこにでもいそうな女子大生みたいな感じだし、言動も含めて、少なくとも日本ではウケるタイプだと思います。

 渋野さんは、気持ちの切り替えもうまくできる人のようなので、これから先、ポツンポツンとすごいタイトルを獲りそうな気がします。ただ、そうなってくると、周囲が彼女をマスコミやファンから遠ざけて、神格化しようとするかもしれない。それが、ちょっと心配です。

 でも、やっぱり今のままでいるほうがいいですよね。「私、失敗しないんで」みたいな人にはならないほうがいい(笑)。ときどき失敗はするけど、次のホールではめげないでいいショットをするとか、今日の試合は負けちゃったけど、次の試合では抜群に強いとか。今の彼女の、その自然体はすごく魅力的です。

 渋野さんは、周囲の期待とか、一般的にはプレッシャーになりそうなことを明るく考えられそうな人。もちろん、東京五輪で活躍する可能性もあるでしょう。五輪のような大きな舞台でも、たぶん、「ここで勝ったら目立てるだろうな」って思える人ですよね。むしろ彼女は、「ここで勝ったらすごいよね」っていう考えを、プレッシャーにしないで、自分を乗せるのに使える人なんじゃないかな。

 結局のところ、それは自分を信じているかどうか。自分を信じていない人間は、周りに左右されてしまうんです。渋野さんは、自分を信じることができている人なんだと思います。

和田秀樹(わだ・ひでき)
1960年6月7日生まれ。大阪府出身。東京大学医学部を卒業後、東大病院精神科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現在は国際医療福祉大学大学院心理学科教授。和田秀樹こころと体のクリニック院長。