東海大・駅伝戦記 第72回 箱根駅伝の16名のエントリー発表日--。 記者会見前に配布された各大学のメンバー表のトップにある東海大を見ると、ふたりのビッグネームがないことにすぐに気がついた。關颯人(4年)、中島怜利(4年)である。先日行なわ…
東海大・駅伝戦記 第72回
箱根駅伝の16名のエントリー発表日--。
記者会見前に配布された各大学のメンバー表のトップにある東海大を見ると、ふたりのビッグネームがないことにすぐに気がついた。關颯人(4年)、中島怜利(4年)である。
先日行なわれた監督トークバトルで箱根駅伝連覇への抱負を語る東海大・両角速監督
中島はこれまでの経緯や上尾ハーフの結果からなんとなく予想はしていたが、關は上尾ハーフで復帰し、本人も箱根に向けて「最後は走りたい」と前向きに練習に取り組んでいた。しかし、關の名前はなかった。なぜ、彼らは落選したのか。両角速監督は、記者会見後、残念そうな表情でこう語った。
「關は、故障が主な原因ではあるんですけど、1月の全国都道府県対抗駅伝に選ばれているし、出すつもりでいるので(状態は)悪くはないです。でも、それ以上に上尾ハーフを含めて結果を出してきた選手がいて、それを天秤にかけると、關を外さざるをえなかったということです。中島も入れなかったのは残念ですけど、故障からなかなか復帰できなくて、自信をなくしてしまったのが大きい。ただ、姫路城マラソンに出るので、まったくダメというわけではない。今年は層が厚いので、現状では16名に入り切らなかったということです」
たしかに、今シーズンは選手層が非常に厚くなった。
塩澤稀夕(3年)、名取燎太(3年)、西田壮志(3年)の”3年生黄金トリオ”の活躍をはじめ、出雲と全日本を走った市村朋樹(2年)、そして上尾ハーフを部内トップで走り切った松崎咲人(1年)とチームに新しい風を吹かせる選手が台頭してきた。また、鈴木雄太(3年)、米田智哉(3年)、竹村拓真(1年)らの中間層も力をつけてきた。
加えて、全日本大学駅伝優勝に貢献した郡司陽大(4年)と小松陽平(4年)が好調を維持。とりわけ小松は、「非常にいいです」と両角監督も絶賛するほどだ。昨年も小松はこの時期絶好調だったが、箱根にしっかり合わせてきている。また、西川雄一朗(4年)はコンスタントに力を発揮し、どの区間も任せられる安定感がある。
一方、駅伝シーズン、結果を出せなかった主力の鬼塚翔太(4年)は八王子ロングディスタンス1万mで28分37秒36というタイムを出して調子を取り戻し、キャプテンの館澤亨次(4年)についても、両角監督は「心配していない」と言う。
「館澤は、上尾ハーフをトレーニングの一環として走らせ、現状どこまで戻ってきているか確認をしたんですけど、悪くないので箱根へのゴーサインを出しました。10人のなかに今は入っています」
館澤が走れる状態に戻ってきているのは非常に大きい。責任感の強い選手だけに、箱根当日には完璧に仕上げて、「東海の駅伝男」らしい走りを見せてくれるだろう。
このように今年は下級生が調子を維持し、最後にきて4年生の役者が揃ってきたので、チームの選手層はより厚みと強みを増した。關と中島の現状を考えると、両角監督の決断は箱根連覇のためには当然と言えるものだろう。
ただ、まだ100%ではない。
「今年は4年生が今ひとつ元気のない年になってしまった。そのなかで阪口(竜平)と松尾(淳之介)が箱根でどこまで踏ん張れるのか。4年生で言えば、このふたりがポイントになりそうです」
両角監督は、箱根のキーマンとして、2人の名前を挙げた。それは両角監督がイメージするレース展開にふたりの存在が欠かせないからだ。
「ウチとしては前回大会で優勝した時のようなレースパターンを考えています。往路は勢いがあるチームがいる。そこでどのくらいの差でいけるかなって感じなので、前半から先頭を走るイメージはないです。うちは復路の中盤で逆転していけるような展開にもっていかないとダメだなって思っています」
往路を耐え、復路で勝負を賭ける。
昨年見せた東海大の必勝パターンである。そのために復路では絶対的なスピードと勝負強さを兼ね備えた選手が必要になる。阪口竜平(4年)は7区、8区、9区とどこでも強さを見せるだろうし、松尾淳之介(4年)も9区10区あたりで粘りのある走りを見せてレースをフィッシュさせる役割を果たすことができる。区間エントリーにふたりの名前があれば、チームは完全に整ったとみていいだろう。
「今年の箱根は例年より自信を持って臨めそうですね」
両角監督の表情には昨年とは異なり、少し余裕がある。
昨年は出雲3位、全日本2位と成績を徐々に上げ、最後に箱根で勝った。だが、内情は中島と阪口が本番ギリギリまで回復が遅れ、彼らの誰かひとりでも抜けると勝つのが難しいチームだった。
だが今年は、個々の選手が力をつけて、山以外はどの選手がどこを走っても区間3位内、あるいは区間賞を狙えるだけの力を持つ。それを裏付けるのが、週間の走行距離だ。昨年の210キロから230キロに増え、その結果、ハーフのタイムが向上し、それがチームの強さにつながっている。
東海大は1万mの上位10名のタイムは青学大に次いで2位だが、東海大の主力選手の何名かは1万mのタイムを持っておらず、両角監督はそれほど気にしていない。今年はハーフを走ることに集中して練習してきたため、1万mのデータでは青学大に負けているが、実際は名取が札幌ハーフで優勝するなど、個々の走力は相当に上がっている。
「今年は昨年と違ってプラスアルファの要素が増えてきている。たとえば、全日本に勝てたことは大きいですし、黄金世代だけではなく、3年生や市村、松崎が台頭してきたことは非常に心強いです」
両角監督は、そう言って表情を崩した。
今年は黄金世代よりも好調な3年生が注目されているが、何が彼らをあそこまで成長させたのだろうか。個人的には東海大の育成システムが確立できてきたことが大きいと思っているが、指揮官はどういう見方をしているのか。
「今の3年生があるのは4年生の力が大きいですね。4年生が彼らを引っ張り上げたんですよ。自分たちが抜けたあとのことまで考えてフォローしてくれた結果だと思うんです」
故障でキャプテンの館澤が不在の中、副キャプテンの西川雄一朗は、チームの意識を高めようと常に厳しい言葉を放ち、下級生を叱咤激励しつづけた。一方、館澤は走れなくてもい中、下級生の選手の成長や今後のチームについて常に考えていた。
今年だけではなく、来年以降も「令和の常勝軍団」になるべく少しでも何かを残そうと練習前に選手に声かけをしたり、練習中は選手を励ましたり、サポートの役割を果たしていた。献身的な4年生の姿を見て、何も思わない選手はいない。塩澤ら3年生はもちろん自らの努力もあるが、4年生にうまく導いてもらった環境のなか、本来の力を発揮し始めたのだ。
そうして今、4年生と3年生、さらに新戦力が交わり、チームは青学大の原晋監督を始め他大学の監督からも「東海1強ですね」と言われるほど高く評価されるようになった。だが、両角監督は冷静だ。
「ウチの1強とか言われますけど、そうは思っていません。記録面で言えば、1万mで青学さんが1番ですし、ハーフで言えば駒澤さんがいいので、問題はそこが選手の力と噛み合ってくるかどうかですね。今年は、各大学ともそんなに大きな差がないので、どんな争いになるのか、私自身も楽しみです」
今のところ箱根駅伝連覇に向けて、チームは好調のレールの上に乗って進んでいる。次は区間エントリーで選手をどう配置するのか。特殊区間はある程度、決まっているだろうが、全体を見るとそれほど簡単ではないようだ。
「誰を外そうか、外す選手をどう慰めようか、そんなことを考えつつ決めていく感じですね。それくらい選手層が厚いので」
分厚い選手層で多くの手駒を持つなか、選手の調子と個性に合ったコース、区間前後の選手との関係など総合的に、どんな区間配置にしていくのか。両角監督と西出仁明コーチの腕の見せ所である。