F1日本GPでは山本尚貴がトロロッソのマシンをテストドライブした 今年のF1日本GPで2018年の国内トップカテゴリー、スーパーフォーミュラ(SF)とスーパーGTでダブルタイトルを獲得した山本尚貴がトロロッソ・ホンダのマシンをドライブし…



F1日本GPでは山本尚貴がトロロッソのマシンをテストドライブした

 今年のF1日本GPで2018年の国内トップカテゴリー、スーパーフォーミュラ(SF)とスーパーGTでダブルタイトルを獲得した山本尚貴がトロロッソ・ホンダのマシンをドライブした。

 31歳の山本が出走したのは金曜日のフリー走行1回目の90分間だけだったが、日本人ドライバーが公式セッションでF1マシンを走らせるのは2014年の小林可夢偉以来となった。それだけに、鈴鹿サーキットに詰めかけた日本のファンは山本の走行に熱い視線を送っていた。

 ファンの大声援を受けた山本は、フリー走行でチームメイトのダニール・クビアトに対してコンマ1秒遅れのベストタイムで走るという大健闘。国内では「早く日本人のF1ドライバーが誕生してほしい!」という声が高まっているが、ドライバー育成の現状はどうなっているのだろうか。

 2019年から鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS)のバイスプレジデントとして佐藤琢磨とともにホンダの若手ドライバーの育成プロジェクトを率いる中野信治に話を聞いた。

「日本のトップドライバーである尚貴には、日本GPでいいところを見せてほしいと思っていました。尚貴が速いタイムで走ってくれれば、SFのレベルの高さが認められ、日本人ドライバーの評価も上がりますし、彼に続く若いドライバーたちにとってもいい刺激になります」

 その一方で、「世界で活躍できる若手ドライバーを育てる」という重要な役割を担っている中野の視線は未来に向かっている。

 彼が今後、日本人F1ドライバーが誕生にするために重要な存在になると語るのが、レッドブルのモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコである。中野は、現在ホンダとパートナーを組むレッドブルとトロロッソのドライバーラインナップに大きな影響力を持つヘルムート・マルコと連携しながら仕事を進めている。

「ヘルムートは、レッドブル・ジュニアチームのドライバーを送り込んでいる日本はもちろんのことですが、世界中のレースを本当に細かくチェックしています。どの国のどんなカテゴリーでどんなドライバーが戦っているのかを、驚くぐらいよく知っています。

 それに仕事の進め方もすごく速い。見た目は好々爺という印象なのですが、クールに次から次へと物事を進めていきます。今後、若い日本人F1ドライバーを育てるためには、彼とうまくコミュニケーションをとりながら仕事をすることが大事だと考えています」

 そのヘルムート・マルコが今、注目している日本人ドライバーのひとりが19歳の角田裕毅選手である。今シーズン、角田はホンダのドライバー育成プログラムである『ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)』だけでなく、レッドブルのドライバー育成プログラム『レッドブル・ジュニアチーム』のサポートも受け、FIA-F3選手権に参戦。F1のイタリアGPの前座として開催されたレースでは自身初の優勝を飾り、ランキング9位という活躍を見せた。

 角田は12月上旬にアラブ首長国連邦の首都アブダビにあるヤス・マリーナ・サーキットで開催されたF1の登竜門と言われるFIA-F2のテストに参加し、好タイムをマークしている。

「角田の物怖じしないところや、どこでも入っていけるいい意味での図々しさは、世界で戦ううえではアドバンテージになると思います。ドライビングに関しても、スペインとベルギーで彼の走りやデータを見ましたが、うまいですし、積極性があります。ヘルムートは待つドライバーよりも、追い抜きを積極的に仕掛ける選手を求めています。角田のアグレッシブさは、ヘルムートに評価されています」

 角田は、現時点でF1にもっとも近い日本人ドライバーのひとりである。しかし、世界のトップで活躍できる日本人が誕生させるためには、若く才能ある選手をさらに数多く育てる必要があり、それには長い時間がかかると中野は考えている。

「僕は10年とか、それぐらい長いスパンで考えています。今、12~13歳ぐらいのいいドライバーが何人かいますので、彼らがうまく育っていけば、世界のトップを狙える選手になっていくのではないかと期待しています。

 そのためには、若い頃からきちんと教育していく必要がある。速く走る能力にプラスして、あいさつに始まり、自分の意見を主張し、チームのスタッフとコミュニケーションをとり、チームを引っ張っていく。そういうことを当たり前にできないと、上のクラスでは成功できません。スマートさや人間性が要求されるんです。だから今、SRSでは速さ以外の部分も徹底的に教えこんでいます。

 SRSにはカートのスクール『SRS-Kart』があり、その上にフォーミュラのスクール『SRS-Formula』があります。『SRS-Formula』をクリアした選手が実際にF4やF3などのレースに出場することになりますが、その段階で、ある程度、世界で戦えるレベルの選手になっているようにしたい。

 そういう体制をつくるだけで数年はかかるかもしれませんが、ある意味、そこからが本格的なスタートだと考えています」

 中野は「琢磨がスタンダートになる」と話していた。SRSのプリンシパルであり、現在もアメリカのインディカー選手権で活躍する佐藤琢磨のような速さと人間性を兼ね備えた人材をどんどん育てていけば、「その中から世界のトップカテゴリーでチャンピオン争いをする日本人ドライバーが生まれる」という信念を持ち、生徒ひとりひとりに接しているという。

「僕たちの仕事は、ダイヤの原石を増やしていくことです。可能性のある子はたくさんいるわけですから、その子たちに知識を与えて、やるべきことを当たり前にできるように習慣化させていく。そのためにスクールのカリキュラムや生徒の評価方法を変えています。

 やるべきことをきちんとできなければ、翌年のスカラシップを受けらなくなる可能性もあります。F1は本当に限られた、選ばれた人間しか行けない場所ですので、それぐらい厳しくやっています。 

 たとえばサーキットでのスクールの授業が終わってもまだスクールは続いていて、部屋にいったん戻ってお風呂に入って、ご飯を食べたら、そのあとはミーティングの時間にしています。

 そこでは、基本的に生徒たちにディスカッションさせ、相手の意見を聞きながら、自分の意見をしっかり主張できるようにするトレーニングの場にしています。まだ子どもなので、最初は人前で話すのを恥ずかしがったりします。でも、自分の意見をきちんと言えなければ世界で仕事をすることができないということを、生徒ひとりひとりに徹底して教え込んでいます。

 時間はかかりますが、そういう細かいことを積み重ね、実践していかないと本当の意味での変化は起きませんし、人も育っていきません。

 でも、今の子どもたちはすごいですよ。教えたことを貪欲に吸収し、行動することができます。先日、スクールを訪れたホンダのモータースポーツ部の方が、子どもたちがきちんと挨拶して、自分のことをアピールできるというので驚いていましたから。これからが楽しみです」

 中野は自分自身、さまざまな苦労を重ねながら世界の舞台で戦ってきた。そこで培った経験を若いドライバーたちに伝えることが自分の使命だと考えている。「我々の世代が責任を持って、これから若い才能を育てていかなければならない」と中野は決意している。

「僕が若いころは、どうやって世界に行けばいいのか、まったくわかりませんでしたし、誰にも教えられていませんでした。それで損をしたり、無駄な時間を過ごしたり……そんなことがたくさんありました。

 でも、いまの若い子たちにはそんな経験をさせたくありません。F1ではレッドブルのマックス・フェルスタッペンやフェラーリのシャルル・ルクレールのような20歳前後で、トップで活躍している世代が登場しています。レース界だけではありませんが、スポーツ界ではどんどん低年齢化が進行しています。若い選手たちは無駄な時間を過ごすことなく世界に羽ばたき活躍していってほしい。そう思いながら、今、スクールで生徒たちと向き合っています」


photo by Yamamoto Raita

■プロフィール 中野信治(なかの・しんじ)1971年生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は日本最高峰のスーパーフォーミュラとスーパーGTに参戦するTEAM MUGENの監督を務めながら、佐藤琢磨とともにSRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。世界各国での豊富なレース経験を生かし、DAZN(ダゾーン)のF1解説も担当している。