グランプリファイナル後、現在の考えを語った羽生結弦

 イタリアのトリノで行なわれたグランプリ(GP)ファイナル、男子フリーから一夜明けた12月8日。羽生結弦は6日の公式練習で4回転アクセルに挑戦した理由を明らかにした。

「正直な気持ちを言ってしまうと、ショート(プログラム)が終わったあとにわりと絶望して……。4回転サルコウと4回転トーループのコンビネーションの構成の『秋によせて』の、あまりのハマらなさを『なんでだろう』とずっと考えていたんです。でも(ネイサン・チェンとの)13点差というのは、(フリーで)4回転ジャンプを1本増やしたからといって縮まるものではないということはわかっていたし、ネイサン選手が(フリーで)4回転を5本跳んでくるということもわかっていた。

 それに、こんなプレッシャーでは彼は絶対に潰れないという強さも感じていたので、(逆転は)すごく難しいだろうなと考えていました。だからこそ、ここで何か爪痕を残したいという気持ちがあって、いろいろ考えたんです。いろんなことが重なって起きたけど、もしそこに意味があるのだったら、ストッパー役のコーチがいない今だからこそ、自分だけで決められる今だからこそ、ここで4回転アクセルの練習をやってもいいんじゃないかなと思ったんです」

 ジスラン・ブリアンコーチは羽生と一緒に乗り継ぎ空港のフランクフルトまで来たが、そこでパスポートの盗難に遭い、一度カナダに帰国。パスポートを再発行してから、再びトリノに向かっていた。羽生は、フリーを前にブリアンコーチがトリノに到着したと聞いた時は、「すごく安堵した」と語っている。

 羽生は、もしコーチが帯同していれば、公式練習で4回転アクセルの練習をするという判断は「なかった」とも言う。そして、その完成への過程の一部を見せるということは、彼としては「絶対に完成させる」という宣言でもある。

「何が大事なんだという話になった時には、絶対に試合の方が大事です。それは自分でもわかっていました。でもこの絶望的な状況で、『ここで何かを残さなければいけない』という使命感がすごくあったんです。NHK杯の時に話した自分の理想でもある、自信の塊のようだった9歳のころの自分から見た時に、胸を張って自分はここで何をやったかと言えるようなものを残したかった。

 たぶん、試合であの構成をノーミスでできる可能性は不可能に近かったから、それだけに懸けても勝てない。だったらここで、自分のやるべきことをやろうと。自分がやるべきことは4回転ルッツをしっかり跳ぶことだし、ここで4回転アクセルを完成させたいという気持ちでした」

 4回転アクセルの練習自体、10月のスケートカナダから11月のNHK杯までの間に1、2回やっただけでしばらくやっていなかった。その練習では回転が足りないジャンプも多いため、ケガをしてもおかしくない着氷になったり、転倒するリスクもあり、普段でも練習をするときは覚悟を決めている。また試合中の公式練習だからこそ、気合いが入っていつもより体が浮き上がる。1年前のロステレコム杯でケガをしたのと同じような状況になり、ケガをするリスクもあった。

 さらに、毎日続けられないほど体力も使うので、その練習で無理をして力を出し切れば、翌日のフリーまで体力が持たないのもわかっていた。そんなリスクを承知しながら実行した羽生は、「この大事な試合のすべてを、4回転アクセルの練習に懸ける」覚悟だったという。

 そこまでの決意をさせたのは、2006年に五輪が行なわれたこの会場が、羽生にとって特別な、憧れの地でもあったからだ。そこであっさり負けたまま、何の爪痕も残せないで終わるということが許せなかったのだ。

 そんな思いを抱えて臨んだ8日のフリーは、コーチが来てくれた安心感とともに、これまでとは違って「ノーミスでなくてもいいんだ」という気持ちも持てて吹っ切れていた。だからこそ、絶対跳びたいと思う最初の4回転ループと4回転ルッツに集中できた。結局、そこに体力の多くを注ぎ込むことになり、演技の最後にはミスをしてしまった。それでも終わったあとに明るい表情でいられたのは、そんな吹っ切れた気持ちで臨めていたからだろう。

「終わってみれば、本当にいろんな気持ちはありますね。正直、できれば今回はこの構成をやるような状況になりたくなかったけど、一応練習をしておいてよかったなと思います。でも練習の回数としたら、通しでは1回やったくらいでした。ただ、アクセル+アクセルにするつもりはなかったし、4回転トーループから3回転フリップへの3連続ジャンプもやるつもりはなかったけど、その時の練習では一応ノーミスはできている。だから頑張れるとも思ったけど、やっぱり試合はたいへんだったなと思いました。

 4回転ループと4回転ルッツが跳べるようになったのはすごく大きな一歩だったけど、それと同時に、もっとつなぎの部分であったり、音楽であったり、表現であったりを高めていきたい。『自分がスケートをやっていて腑に落ちていないな』というようなことを考えながら、昨日の夜を過ごしていました」

 フリーの194.00点という得点に羽生は「納得はいく」と言う。大きな得点源であるトリプルアクセルの成功は1本もなく、各要素でGOE(出来ばえ点)加点をしっかり積み重ねることができなければ大差になることはわかっていた。さらに今回の自分の演技が、「一生懸命なだけで、ひたすらジャンプ大会をしていただけのような感じも、自分の中にある」とも言う。たしかにつなぎの部分はいつもより複雑な滑りではなく、ステップも少し力を抑えるものだった。まだ滑り込んでいない構成だからこそ、ジャンプに集中するしかなかったとも言える。

「もちろん皆さんが見てくれる時にはいろんな背景があるから、すごく感動したと言ってくださる方もいたし、応援してくださった方もいたと思います。そこに応援の気持ちが入っていたからこそ、最後のポーズまで何とか(力を)絞り切れた。それがよかった、それが作品だったという風に言ってもらえるものになったと思うんです。

 ただそれが競技としてどうなのかという話になった時は、それは、『フィギュアスケートじゃなくてもできてしまう』という気持ちはあるんです。自分にとっては、4回転アクセルというのは王様のジャンプだと思うので、それをやったうえで、ジャンプだけではなくてフィギュアスケーターとしてちゃんと完成されたものにしたいという気持ちが強い。ただ前提として、それがかなり難しいことは、自分でもわかっています」

 納得はできないながらも、その時の自分がやりたいと思ったことを実行でき、自分のフィギュアスケートへの思いも伝えることができた大会。不完全燃焼とも言える戦いの中で、羽生は次につながる道を、少しだけでも前へ進もうとしていた。それが4回転ルッツへの挑戦であり、4回転アクセルに挑戦する姿を見せ、それを完成させることを公言することだった。