2019年を振り返ると、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がいとも簡単にタイトルを獲得したシーズンだったように見える。最高峰クラスでは6度目、通算8回目の世界チャンピオンとなったマルケスは、シーズン最多ポイント(420点)や…

 2019年を振り返ると、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がいとも簡単にタイトルを獲得したシーズンだったように見える。最高峰クラスでは6度目、通算8回目の世界チャンピオンとなったマルケスは、シーズン最多ポイント(420点)やランキング2位選手との史上最大ポイント差(151点)など、数々の記録も更新した。



レース後に健闘を称え合うクアルタラロ(左)とマルケス(右)

 だが、その表面を剥いでみると、ここ数年にないほどさまざまな出来事が発生した年だったことがわかる。マルケスから王位を奪おうとしたアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)は、たしかに3年連続ランキング2位で終えてしまったかもしれない。しかし、レース内容そのものは近年でも最も高い水準で、最終ラップまで勝負がもつれ込んだのは19戦中8戦にのぼる。

 新世代の台頭も見逃せない。とりわけ、ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)の活躍は、マルケスが2013年に最高峰へ登場した時以来の衝撃だった。来年以降のクアルタラロは、マルケスをもっとも悩ませる存在になることは間違いないだろう。

 その一方で、マルケスにとって最大のライバルだった年長選手たちの衰えも目立った年だった。

 5回の世界タイトルを獲得した32歳のホルヘ・ロレンソは、レプソル・ホンダ・チームに移籍した今年、望むような成績を挙げることができず、最終戦を最後に現役生活を退いた。40歳のバレンティーノロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)は、ドゥカティ時代以来の厳しいシーズンを耐えて過ごした。

 この2019年が新たな世代交代の端緒となるシーズンだったのかどうかは、やがて時が来ればわかるだろう。

 また、今年は最高峰クラスの歴史で初めて、4つのメーカー(ホンダ、ヤマハ、ドゥカティ、スズキ)がそれぞれ最低2勝を挙げたシーズンだった。

 マーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)とアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)は、それぞれ優勝したレースでは手のつけようのない速さを発揮していた。KTMとアプリリアも、数戦でトップシックス圏内のフィニッシュを果たしている。MotoGPという競技全体にとって、これは健全な傾向と言えそうだ。

 二輪ロードレースの最高峰のMotoGPは、ここ数年、息を呑むような超接近戦のバトルになる傾向が高まっている。

 公式タイヤサプライヤーのミシュランが、とくにリアタイヤの品質を向上させたことにより、2019年シーズンはコンパウンドの寿命がさらに延びて、その結果、選手たちは1周目から思いきり飛ばすことができるようになった。2017年や2018年は、何台も入り乱れる優勝争いが何度も見られたが、今年は1対1、多くても三つ巴の戦いになることが多かった。

 マルケスに関しては、バトル上等という過去の戦い方から大きく変わりつつあることも、特筆すべき変化のひとつだ。とくにシーズン序盤のレースでは、序盤から後続を引き離してライバルたちをあきらめさせてしまおう、という狙いが何度もうかがえた。9秒の大差を開いて優勝した第2戦・アルゼンチンGPは、その典型例だ。

 これは過去のマルケスのスタイルからはほど遠く、むしろ「ミック・ドゥーハン・スタイル」と言うべきだろう。第5戦・フランスGPでマルケスは、「ライバルに対して、従来とは違う戦略を採らなきゃならない時もあるんだ」と述べている。

「そうじゃないと、手の内を読まれてしまうからね。あるレースでは序盤から飛ばして、あるレースでは序盤はタイヤを温存しながらペースを抑えてと、その時々で戦略を変えれば、どの手でくるのか向こうは判断できなくなるんだ」

 この戦略は、後続を一方的に引き離す展開になった第4戦・スペインGP、第5戦・フランスGP、第6戦・カタルーニャGP、第9戦・ドイツGP、第14戦・アラゴンGP、第15戦・日本GP、そして第19戦・バレンシアGPで非常にうまく作用した。トップスピードでドゥカティの後塵を拝することに飽き飽きしたHRCは、エンジンの大幅な改善を果たした。その結果、マルケスは「いろんな方法でラップタイムを出す」ことができるようになったのだ。

「シーズンオフの間は出力向上に務めたのですが、それで多少の問題が生じてくることも織り込み済みでした」と、HRCのテクニカルディレクター横山健男は言う。「それでも、その方向で行くことにしました。問題が出たとしても、マルクは最高のライダーなのだから対応してくれるだろう、と考えたのです」

 しかし、ほかのライダーたちは対応できなかった。少なくとも、安定して走ることはできなかった。カル・クラッチロー(LCRホンダ・カストロール)が2019年型RC213Vで表彰台を獲得したのは、ほんの数戦にすぎない。ロレンソは最後まで苦戦が続き、ついにトップテンフィニッシュを一度も果たせなかった。

 今季のマルケスの圧倒的な走りを見れば、ほんの1年前は左肩の負傷に苦しんでいたことがウソのようだ。完璧に体調が戻りきっていない前半戦ですらあの走りだったのか……とは、ライバルたちは考えたくもないだろう。

 あの身体の状態でも、5戦で勝ち、2位に3回入っているのだ。その後、第15戦・タイGPのフリープラクティスで転倒し、右肩を傷めた状態で終盤5レースを戦ったが、4戦で優勝。残りの1戦では2位表彰台を獲得した。

 とはいえ、マルケスはすべてのレースで支配的だったわけではない。ドヴィツィオーゾは安定してトップシックス圏内でゴールし、最終戦を終えて自己ベストの年間269ポイントを獲得した。

 旋回性に課題を抱えるドゥカティは、さらなる改善を果たした日本のライバルと互角に戦うことができず、ドイツGPの際にはあの沈着冷静なドヴィツィオーゾがついに感情を露わにする局面もあった。「僕たちは将来設計をきちんと組み立てなければならない」という彼の言葉は、実はドゥカティコルセのゼネラルマネージャー、ジジ・ダッリーニャに向けられたものだとも言われている。

 マルケスにとって真の脅威は次世代の選手層のなかで育まれているのだが、クアルタラロが最高峰クラスへのステップアップを表明した時には、まさかこのような事態になるとは誰にも想像できなかった。新結成のペトロナス・ヤマハSRTでセカンドライダーのポジションを獲得した段階では、優勝経験は2018年の第7戦・カタルーニャGP(Moto2)のみだったのだから。

 20歳の誕生日段階で見ると、表彰台はその優勝を含めて計4回、ポールポジションは3回、という実績である(マルケスの場合は、20歳の誕生日段階で26勝、39表彰台、28回のポールポジションを獲得している)。

 しかし、今年のヘレス(第4戦・スペインGP)で、20歳14日というマルケスの記録を更新する若さで最高峰クラス史上最年少ポールポジションを獲得し、そこからすべてが始まった。クアルタラロはその後、5戦のポールポジションと7回の表彰台という成績を挙げ、カタルーニャGP、サンマリノGP、タイGP、日本GP、バレンシアGPでマルケスに肉迫する戦いを見せた。

 彼の正確なライン取りと丁寧な乗り方は、もともとハンドリングに優れ、さらに性能を向上させてきたヤマハの特性と完璧なマッチングを見せている。だが、今も技術研鑽に努めるあのロッシをはじめ、ほかのヤマハ陣営ライダーたちよりもクアルタラロが頭ひとつ飛び抜けているのは、なによりもその卓越したブレーキング能力ゆえだ。

 しかもクアルタラロは、ここ2年ほどの迷走を経てようやく方向性が定まってきた今のヤマハにとって、基準とも言うべき存在になっている。日本GPの際に、チームメイトのフランコ・モルビデッリは「ファビオは、ウチのバイクでもビックリするような走りで速さを発揮できると実証したんだ。だから、それがほかのヤマハライダーたちのモチベーションになっている」と述べていた。

 ちなみに、モルビデッリの言う〈ヤマハライダー〉たちは、3人(ロッシ、ビニャーレス、モルビデッリ)合わせて計11回の世界タイトルと146勝を挙げている。なにか途轍もないことが起こり始めているのかもしれない。

 だが、クアルタラロは最高峰クラスでは、まだ1勝も挙げていない。今季のヤマハで勝利を達成したのは、ビニャーレスだ。2019年のレースで、マルケスを徹底的に引き離して優勝できたのは、彼だけだ。しかもたった一度ではなく、第8戦・オランダGPと第18戦・マレーシアGPの2戦で圧勝を飾っている。

 24歳のビニャーレスが胸のすくような快走を披露できたのは、今季からクルーチーフに就任したエステバン・ガルシアと、ライダーコーチのフリアン・シモンの尽力、そしてさらに落ち着いて冷静なアプローチをできるようになったビニャーレス自身の努力の賜物だ。

 さらにもう何戦かで勝てていたかもしれないが、スタートの失敗やレース序盤の苦戦などにより、そのチャンスを逃してしまった。年間総合3位という結果で終えたが、悲願のタイトル獲得を実現できていない以上、このリザルトはけっして慰めにはならないだろう。

 シーズン後半戦では、ビニャーレスとクアルタラロがどの会場でも速さを披露している。これはYZR-M1が抱えていたタイヤ摩耗の問題をついに克服してきた、ということなのだろう。とはいえ、トップスピードは依然として課題のまま残っている。

 さて、スズキにも目を向けてみよう。

 リンスとGSX-RRの組み合わせは、プレシーズンからライバル勢と互角の強さを見せていた。第3戦・アメリカズGPで初優勝を飾った際には、新たなチャンピオン候補が登場したようにも見えた。だが、そのあとにマルケスと互角に戦い、打ちのめしたのは、第12戦・イギリスGPのみにとどまった。

 オランダGPとドイツGPでは、表彰台圏内を争いながら転倒で終えている。シーズン終盤の7戦はパッとしない成績に終始した。その結果、ランキング4位でこの1年を終えることになってしまった。

 このように、今年は度重なる接近戦と激しいバトル、5名の優勝者と新世代の登場、という多くのトピックがあった。だが、2019年はやはりマルケスのシーズンだった、と言うべきだろう。王者が新たな高みへ自らを押し上げる道を見出した、そんな1年間だったのだ。

西村章●翻訳 translation by Nishimura Akira