11月23日のNHK杯男子フリー。2位に55点以上の大差をつけて圧勝した羽生結弦の見せ場は、終盤に連続させたリカバリージャンプだった。予定していた4回転トーループからの3連続ジャンプの最初が、パンクで2回転になったため、その後のジャンプの…
11月23日のNHK杯男子フリー。2位に55点以上の大差をつけて圧勝した羽生結弦の見せ場は、終盤に連続させたリカバリージャンプだった。予定していた4回転トーループからの3連続ジャンプの最初が、パンクで2回転になったため、その後のジャンプの構成を変更したのだ。
NHK杯で優勝した羽生結弦
「今回の課題は何と言っても最初の4回転ループと4回転サルコウをしっかり跳ぶことでした。それをクリアできていたから、『ちょっとはNHK杯を楽しんでいいかな』と思って……。お客さんの前で、『ここまでできるんだぞ』というのをやってもいいかなと思い、『やっていい?』と確認するような気持ちでブライアン(・オーサーコーチ)の顔を見てから、そのあとのつなぎのイーグルを抜いて行きました」
こう言って笑う羽生は、そのあとに予定していたトリプルアクセル+3回転トーループを4回転トーループ+3回転トーループに変え、さらに最後のトリプルアクセルからの連続ジャンプも1Euと3回転サルコウを付ける3連続ジャンプにしたのだ。
ショートプログラム(SP)を109.34点で首位発進した羽生が、今回のフリーで課題にした4回転ループ。フリープログラム『Origin』の冒頭に跳ぶこのジャンプは、昨季初戦のオータムクラシックで成功させて以降は、世界選手権も含めて氷の状態に苦しみ、納得できるジャンプはできないでいた。そして、その影響が次の4回転サルコウにも及んでいた。
前戦のスケートカナダでもループに苦戦し、「氷にいろいろ聞いてみながら、エッジとどういう風にコネクトするのがいちばんいいかという方向を、時間をかけながら探していきたい」と話し、調整方法をいろいろ試していた。結果的に、着氷はしたもののGOE(出来ばえ点)でわずかに減点されていた。
羽生は今回も公式練習からループを意識し、SP当日の公式練習でも前半はループに取り組んでいた。そしてフリー当日の公式練習でも時間をかけて調整していたが、曲かけでは3回転になり、そのほかも6回挑戦して跳べたのは2回。演技前の6分間練習でも、2回決めたあと、選手紹介をされている時にスタートの姿勢から滑りだしたがパンクして1回転になっていた。
だが羽生は、そこでパンクしたのがよかったと言う。
「今日の6分間練習は、アクセルやルッツもやらず、4回転ループだけに集中しようと思っていたんです。最後はパンクしているけど、こういう間違いが出るなと、1回確認できたのがよかったのかなと思っています」
さらに、練習中に場内アナウンスで、自分の紹介がされている時に跳んだのは意図的だったとも言う。
「本当はトーループをやろうかと思っていたんです。でも、たぶん力を使うだろうし、ループをやろうかなと一瞬迷って……。僕は選手紹介をされている時に跳ぶのがいちばん確率がいいし、その時は一発跳ぼうと思って緊張感も加えられるから、本番に似た感覚で行けるのでいいかなと思ってやりました。
最初の4回転ループは練習でも百発百中ではなくて、曲かけでも一発目に降りられるわけではないんです。だからパンクをした時に『もう一回できる』と思って、何かすっきりしたんです。それからある程度いい感覚でずっと跳べていたから、ある意味、肩の力が抜けたというか。公式練習の曲かけを含めて、本番の前に緊張感のある本番の気持ちで2回やれたという意味でもよかったのかなと思います」
そう話す羽生の4回転ループは、少しだけ着氷後の抜けの悪さはあったがGOE加点1.65をもらう出来にし、次の4回転サルコウも3.19点の加点をもらった。それで勢いがつき、ステップシークエンスはメリハリの利いた彼らしいキレのある滑りにした。
結局、4回転トーループが2回転になったあとのリカバリーの影響で、トリプルアクセルが1本なくなり、4回転トーループからの連続ジャンプの3回転トーループは回転不足の判定。さらにコンビネーションジャンプも2本だけになったことで、得点は195.71点にとどまった。それでも、合計は300点超えの305.05点と、ほぼ納得できる結果となった。
「本当は315~320点近くいけばいいかなと思っていたけど、ジャンプが1個抜けたし、回転不足もひとつあったからしょうがない。でも気持ちとしては、別にショートがよかったからというのはとくになくて、むしろショートはダメだったなと思ってけっこう引きずっていた。今度こそやってやるという気持ちもありつつ、今日のこの試合が最後じゃないぞという気持ちもすごくあった。
グランプリ(GP)ファイナルへ向けて、このNHK杯では最初の4回転ループを降りる、そのあとの4回転サルコウも決めるというのがいちばん大事だと思っていたんです。その課題をクリアできたことでやっと、『これでファイナルで戦えるな』という気持ちを持ててきたかなと思っています」
羽生は、この日の朝の公式練習は不安しかなかったという。一昨年はSP前日の公式練習でケガをし、平昌五輪まで休んだ。さらに昨年はSPで満足できる結果を出しながらもフリー当日の公式練習でケガをし、出場は強行したがその後のGPファイナルと全日本選手権は出場できず、3月の世界選手権にぶっつけ本番で臨まなければいけなかった。
「これでファイナルで戦えるなという気持ちを持ててきた」と羽生は語った
「とにかく最後までケガをしないようにしたいという不安がものすごく強くて、試合とはまた違った緊張感がありました。もちろんジャンプはダメだったけど、それはケガをしたくない気持ちが影響したもので、技術的には問題なかったと思います。だから、あの練習が終わってからは、ある程度ホッとできました」
本当ならGPファイナルも、4連覇にとどまらずもっと勝利数を増やし、新たな扉を開きたかった。それをケガで断念せざるを得ず、モヤモヤした期間が続いたからこそ、今はファイナルで勝ちたいと思う。強力なライバルのネイサン・チェン(アメリカ)がいるからこそ、彼と本気で戦って勝利を手にすることを熱望しているのだ。
今回のNHK杯をそのための通過点として、安堵の笑みを浮かべられる結果で終えた羽生。彼の今季の本当の戦いは、これから始まる。