東海大・駅伝戦記 第69回 上尾シティハーフで、東海大にまた新たな戦力が加わった。ルーキーの松崎咲人(さきと/1年)である。62分11秒の4位。内容も突っ込んで攻めるレースを見せ、西出仁明(のりあき)コーチも「前半引っ張って、後半は粘れた。…
東海大・駅伝戦記 第69回
上尾シティハーフで、東海大にまた新たな戦力が加わった。ルーキーの松崎咲人(さきと/1年)である。62分11秒の4位。内容も突っ込んで攻めるレースを見せ、西出仁明(のりあき)コーチも「前半引っ張って、後半は粘れた。62分台とタイムもよかった」と表情を崩すほど、見事な走りを見せた。
もっとも松崎本人は「タイムは狙っていなかったので、こんなものかって感じです」と冷静に語るなど、大物ぶりを漂わせていた。
上尾ハーフで好走した東海大1年の松崎咲人(写真左)と2年の市村朋樹
松崎は佐久長聖高校(長野)1年の時、5000mで14分11秒と高校トップレベルの記録を出し、全国高校駅伝の2区で区間賞を獲るなど、一躍注目される存在になった。高校2年の時は中谷雄飛(現・早稲田大)が引っ張るチームで全国高校駅伝の3区を走り、優勝に貢献した。
都道府県対抗駅伝では1区で区間2位という走りを見せ、日本クロカンでは3位。トラックよりもロードで強さを発揮する選手として、両角速(もろずみ・はやし)監督は早くから目をつけていた。
東海大入学後は、夏を終えてから頭角を現し、10月の日体大記録会の1万mでは29分29秒56で自己ベストを更新。全日本大学駅伝は6区にエントリーされていたが、当日変更で郡司陽大(あきひろ/4年)に代わった。
ただ、両角監督は「松崎は調子がよかったので走らせたかった」とレース後に漏らすほど、高く評価していた。
その松崎だが、当日変更に悔しい思いを抱いていた。
「僕の調子以上に郡司さんとか、ほかの選手の調子がよくて、それ以外の交代理由はないです。でも、悔しかったです。走りたかった。その悔しさをこのレース(上尾ハーフ)にぶつけたというのはあります」
東海大は上尾ハーフを箱根駅伝の選考レースと位置づけており、これまで部内の成績上位者は箱根を走っている。
3年前は鬼塚翔太が3位、松尾淳之介が8位に入り、箱根でも鬼塚が1区、松尾は4区を走った。昨年は中島怜利(れいり)が6位、阪口竜平(りょうへい)が7位となり、箱根は中島が6区、阪口が7区で好走し、初優勝に貢献した。
高校時代からロードに強さを見せ、今回もタイム的には20キロを走れる力を見せた松崎だが、箱根に対しては慎重だ。
「上尾を走れた選手が箱根を走れるというのは例年のことであって、今年は関係ないと思います。今の僕は、力的には箱根を必ず走れるというポジションではなく、もうちょっと頑張れば走れるというところなので……とくにどこの区間を走りたいとかもないです。どこの区間でも走れるように準備しておくことが大事かなと思っています」
松崎が慎重なのもうなずける。ハーフという距離に対する耐性の有無を一度のレースで判断するのは難しく、「今回たまたまいい記録が出た」と松崎が語るように、現時点でハーフに確固たる自信を持っているわけではない。
また、黄金世代と呼ばれる今の4年生が入学してきたシーズンは、鬼塚ら5人の1年生が箱根を走ったが、その時のチームと今とでは個々のレベル、選手層の厚みが違う。まだ大学駅伝の実績がない松崎に、すぐに箱根の約束手形が出るチームではなくなっている。
「先輩方がすごく強くて、チーム内の層の厚さは感じています。でも、それはすごくいい流れですよね。僕ひとりで練習して強くなっているという感じではなくて、東海の選手として強くなっている感覚があるので、しっかり練習していけば、もっと成長できるというのはあります」
チーム内には参考になる先輩がおり、松崎も影響を受けているという。
「西川(雄一朗)さん、阪口さんはとても参考になります。でも、一番は關(颯人)さんですね。競技者として練習の意図をしっかり考えながらやっていますし、人として考え方がしっかりしている。そういうところは自分も見習っていきたいです」
佐久長聖の先輩でもある關は、現在はコンディション的に厳しい状況だが、松崎は「關さんはセンスがあるので、ここから(箱根も)あると思います」と笑顔を見せた。
これで箱根までのレースはすべて終わり、松崎はこれからの合宿で箱根駅伝のメンバーをかけたサバイバルレースに挑むことになる。
「レースの結果がよくても、合宿でしっかりと練習を積めないと意味がない。練習で自分が引っ張っていくとかはないですけど、走っている時は年齢とか関係ないので、しっかりアピールしていきたいです」
怖いのは故障だけだ。松崎は疲労と痛みに鈍感で、疲労骨折をしても痛み止めを飲めばレースで走れるという強さがある。合宿では練習がハードになるが、「今後は自分の体により繊細になりたい」と語るように、体の異変に気づくことも重要になる。そうして故障せず、これから1カ月半練習を積めば、箱根も射程圏内に入ってくる。
今年は、各大学の1年生がエース級の走りを見せている。駒澤大の田澤廉はすでに出雲駅伝、全日本駅伝を走り、チームを上位に押し上げるなど貫録の走りを披露しているし、青学大の岸本大紀も同様の活躍を見せている。
部内トップの結果を出したにもかかわらず「先輩から(取材を)どうぞ」と気を遣う松崎を、市村朋樹(2年)は頼もしいといった表情で見ていた。
「咲人は前半から勢いを持って走るという、自分にはできないことをやってのけた。自分もあんな走りができたらいいなって思います」
学年や年齢に関係なく、「いいものはいい」と素直に認める市村の選手としての懐の深さが伝わってくる。ただ、市村も62分53秒で8位と堂々の走りを見せた。
「個人的には63分台を狙っていて、中島(怜利)さんに最初の1万mは突っ込んでいったほうがいいと言われて。そのとおり突っ込んでいったんですけど、ちょっと勢いが足りなくて……」
5キロ地点は14分47秒で、先頭の赤崎暁(拓殖大)に次いで2位で走っていた。中島のアドバイスどおり、積極的なレースを展開していた。
「でも、赤崎さんが思っていた以上に速いペースで引っ張っていて、このまま自分がついていったらもたないと思ったんです。そこからは人についていったり、ペースを少し上げたり、自分が動けるギリギリの状態で走っていました。内容的にはあまり評価できないですけど、今回ハーフを初めて全力で走って、62分台というのはよかったと思います」
そう言って、市村は笑顔を見せた。
市村にとって、秋の駅伝シーズンは”絶賛活躍中”だ。出雲4区で駅伝デビューを果たし、チームに流れをつくる走りで高評価を得た。続く全日本大学駅伝は5区で首位を走る東洋大・西山和弥(3年)をとらえてトップに立ち、優勝に貢献する走りを見せた。
だが、箱根の話になると「今までと距離が違う。長い距離にどう対応するかですね」と課題を挙げた。全日本大学駅伝からわずか2週間で迎える上尾ハーフは、実質的に1週間程度しか調整期間がなく選手にとって大変だ。それでも持ち帰った課題にきちんと向き合い、ある程度消化してきたところに、市村のアスリートとしての質の高さを感じる。
「上尾ハーフに出たのは、自分がハーフの記録を持っていないからです。正直、出雲と全日本だけの結果で箱根を走れるかというと、そうではなく、選手間の力が拮抗しているなかで最終的に誰を使うのかという判断はハーフのタイムになる。そのためには上尾で記録を狙わないといけないと思っていました。それに全日本を終えて箱根を走るために課題になったスタミナとかペース配分を考えて、上尾まで練習に取り組んできました。今回、62分というタイムとともに多少練習の成果が見えてきたけど、もっと力を上げていかないといけない。箱根まで残り1カ月半の間にしっかり強化していければいいかなと思います」
取り組んできた課題克服に光が見えてきた一方で、また新たに見えた課題もあったと市村は話す。
「今日は15キロを過ぎたところで追いつかれて、集団についていけなくなったんです。足が動かなくなって……。その落ち込んだ時の波を浅く、短くして、きつくなったところでも集団についていく。または、その流れに乗れるような力をつけていきたいです」
強くなるためにはレースで課題を見つけ、克服するために練習を行ない、一つひとつ不安要素を消していかなければならない。これから1カ月半、市村にとっては「3つの駅伝を走る」という目標を達成するために、練習と競争の日々になる。
「ハーフで記録を出したからといって、箱根のメンバーに入れるとは思っていないので、ここからは合宿や練習で自分の調子のよさをアピールしていかないといけない。そうしないと箱根を走れないと思います。ただ、部内で激しく争って疲弊するのは嫌なので、そこは気をつけてやっていきたいです。希望区間は、前を追いかけるのが好きなので、そういう展開に持ち込みやすい復路の7区、8区で走れたらいいかなと思います」
2つの駅伝で結果を残し、今回もしっかりタイムを刻んだ。調子も維持しており、両角監督、西出コーチからの信頼も厚い。現時点で、市村が箱根を走るための条件はすべてクリアしていると言える。
上尾ハーフは松崎が4位、市村が8位に入って、それぞれ箱根駅伝への挑戦権は手中におさめた。まだ、確約できないのは、調子のいい選手、調子を上げている選手が多く、メンバー争いが非常に激しいからだ。
上尾ハーフの前日に行なわれた日体大記録会の1万mでは、塩澤稀夕(3年)の28分16秒17を筆頭に、西川、松尾も28分台の自己ベストを出し、郡司も29分01秒67で自己ベストを更新した。
西出コーチは「チーム内で選手同士が刺激し合って、いい結果が出ている。昨年よりもチームはいい状態になっている」と手応えを感じている。チームに漂う雰囲気も、結果が出てもなおピリッとした緊張感がある。選手たちは口々に「最終的に誰が選ばれるかわからない」と語る。
そうなると、合宿で激しい削り合いが起こるが、2年前にそれを経験している黄金世代の選手たちは自重するだろうし、両角監督と西出コーチも出力をセーブさせていくだろう。
黄金世代の主力の調子がまだ万全ではないなか、ほかの4年生が調子を上げ、3年の塩澤、西田壮志、名取燎太の”黄金トリオ”も健在だ。そして今回、上尾ハーフで結果を出した松崎と市村の下級生コンビが上の世代を突き上げ、東海大は箱根駅伝2連覇を狙えるだけの分厚い選手を持つ、芯の太いチームになりつつある。