今季も総合優勝のマルク・マルケス。盤石の強さだった 現在から未来を眺めると途方もなく長く思えることも、現在から過去を振り返ってみれば、時間の経過はいつも早く感じる。史上最多となる年間19戦のレースを終えた2019年のMotoGPは、マル…



今季も総合優勝のマルク・マルケス。盤石の強さだった

 現在から未来を眺めると途方もなく長く思えることも、現在から過去を振り返ってみれば、時間の経過はいつも早く感じる。史上最多となる年間19戦のレースを終えた2019年のMotoGPは、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)の圧倒的な優勢で幕を閉じた。

 19回の決勝レースのうち、マルケスが表彰台を逃したのは、悠々とトップを単独走行中に転倒してノーポイントで終えた第3戦アメリカズGPのみ。それ以外の18戦では、優勝が12回、2位が6回、というずばぬけたリザルトを記録した1年だった。

「すばらしい1年だった。自分のレースキャリアでもベストシーズンといっていいと思う」

 最終戦のバレンシアGPでも、大方の予想どおりに有無を言わせないほどの強さを見せつけて優勝を飾ったマルケスは、上記の科白のあとに、こんなひと言を付け加えた。

「これが自分の全キャリアでベストになるかどうかはわからないけど、結果が示すとおり、今年は実力を存分に発揮できた」

 この言葉から想像できるのは、マルケスは今年の成績よりもさらに良好な成績を収めることが将来的に可能だと思っているのだろう、ということだ。

 マルケスが駆るホンダRC213Vを開発するHRC(Honda Racing Corporation:ホンダレーシング)の幹部たちは、昔から「できれば全部勝ちたい」とよく口にする。ただし、それに続けて必ず次のような留保の言葉が続く。

「我々は全戦全勝を可能にするマシンづくりを目指して開発しているけれども、レースは相手があることなので、実際のところは、なかなかそういうわけにいかない」

 だが、マルケスの場合は、上記の言葉に見え隠れしているように、その〈夢のような全戦全勝〉は実現可能だ、と考えている節がある。8回の世界タイトルを獲得した、といっても、年齢はまだ26歳である。今後ますます強さと速さに磨きがかかり、ひょっとしたら本当に全戦全勝を達成してしまうのではないか、と思わせてしまうような底知れなさがその若さのなかに漂っている。

 今季のホンダはライダー・コンストラクター・チームの三冠を達成したが、チームメイトのホルヘ・ロレンソがケガに苦しんで好成績を残せないでいたために、上記3タイトルはすべて独力で達成をした。ホンダは昨年も三冠を達成したが、そのときもチームメイトだったダニ・ペドロサが負傷などによる低迷続きだったため、事実上はマルケスひとりで、コンストラクターやチームタイトルを獲得したようなものだった。

 いかに抜きんでた才能とはいえ、ここまで突出していると、一強多弱状態ができあがって戦いの興趣が削がれてしまう場合が多い。だが、世の中とはうまくできたもので、2019年はマルケスのそんな〈ひとり無敵艦隊〉状態に待ったをかけそうな新たな若い才能が登場したシーズンでもあった。

 今回の第19戦を2位で終えた20歳のファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハ SRT)は、優勝こそ達成していないものの、最高峰クラス初年度でありながらポールポジション6回と、7戦のレースで表彰台に上り、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

 シーズンを戦い終えたランキングは5位で、ファクトリーチームの選手を除くインディペンデント勢ライダーでは最上位。チーム自体も、今年から活動を開始した新興勢力ながら、インディペンデント勢最上位の成績で1年を締めくくった。

「昇格するのが早すぎるとか、MotoGPを走るには経験が足りないとか、いろんなことを言われた」

 クアルタラロ本人がそう振り返るとおり、とくに昇格発表直後の昨秋は、口さがない批判にもさらされてきた。そして、そのような悪口雑言を自らの成績でねじ伏せるために、「開幕前から、一所懸命に準備を進めてきた」と振り返る。

「その結果、何度も表彰台やポールポジションを獲得できたし、それだけの努力も続けてきた。僕を信じていっしょに頑張ってくれたすべての人たちに感謝をしたい。来シーズンが楽しみだよ」

 2020年のマルケスにとって最大のライバルがこのクアルタラロになるであろうことは、おそらく誰にも異論がないだろう。

 このふたりは、〈悠揚迫らぬベテラン世界王者〉vs〈みずみずしい才能に溢れる新人ライダー〉、というスポーツの世界では王道の対抗図式に見えて、じつは26歳対20歳、という若者同士の対決である。両者がともに、今後もずば抜けた才能をさらに開花させ続けていけば、今後のMotoGPはおそらく5年以上は黄金時代が続くことになるだろう。

 その一方で、今回の第19戦バレンシアGPでは、ホルヘ・ロレンソがこのレース限りで現役を退く、と発表したことも大きなニュースになった。



引退を発表したホルヘ・ロレンソ

 250ccクラスを連覇して2008年にヤマハファクトリーチームから最高峰クラスデビューを飾ったロレンソは、同チームで9年間過ごして3回の年間総合優勝を達成。レースキャリア全体では5回の世界王者に就いた実績の持ち主だ。2017年にヤマハを離れてドゥカティへ移籍し、今季からホンダファクトリーであるレプソル・ホンダ・チームの所属になった。

 鼻っ柱がやたらと強かった十代の頃のイメージが強いせいか、いまだに独善的な印象を持たれがちなこともあるようだが、じつは驚くほど素直で人当たりのよい一面も持っている。

 もちろんレースに関しては、己の能力に対する深い自信と、一流ライダーとして強い矜恃を持っている。ところが、ドゥカティ時代の昨年秋からケガが続き、今年のシーズン中盤には胸椎を骨折して数戦を欠場する、という大きな負傷も抱えた。

「ただ走るだけなら、まだ継続できる。しかし、勝利を目指して研ぎ澄まされたギリギリの戦いをできない状態で参戦を続けても、意味がない」と、頂点を競う強いモチベーションを喪失したことなどを理由に、引退を決意した。

 ロレンソは現在、32歳。世間的には、まだまだこれから、という年齢である。

 第19戦の決勝は、優勝したチームメイトのマルケスから51秒差の13位でチェッカーフラッグを受けた。その日の夕刻、現役最後のレースを終えた彼に「もしも時計を20年巻き戻して12歳の少年に戻ったとして、それでもやはり世界選手権ライダーの道を選びますか?」と訊ねてみた。

 ニヤリ、と笑みをうかべて、ロレンソは即答した。

「何も変わらない。僕はあくまで、ホルヘ・ロレンソであることを選ぶよ」