第11回BFA U-18アジア選手権の3日目、インドネシア代表は日本代表に0-35で完敗した。4人でつないだ投手陣は、4イニングで22安打13四球35失点。打線は、日本の先発・藤嶋健人(東邦)に5回を無安打10三振無四球無得点のパーフェクト…
第11回BFA U-18アジア選手権の3日目、インドネシア代表は日本代表に0-35で完敗した。4人でつないだ投手陣は、4イニングで22安打13四球35失点。打線は、日本の先発・藤嶋健人(東邦)に5回を無安打10三振無四球無得点のパーフェクトピッチングを許した。
■インドネシア代表アドバイザー野口氏「国際大会でのあるべき姿を見せてくれた」
第11回BFA U-18アジア選手権の3日目、インドネシア代表は日本代表に0-35で完敗した。4人でつないだ投手陣は、4イニングで22安打13四球35失点。打線は、日本の先発・藤嶋健人(東邦)に5回を無安打10三振無四球無得点のパーフェクトピッチングを許した。
インドネシア代表のアドバイザーを務めるのは、日本人の野中寿人氏だ。2001年に移住して以来、現地の子供たちに野球を教え、代表監督を歴任した野中氏は、徹底的にやり込められた試合の後で「やっぱり恩師ですね」と笑顔で言った後で表情を引き締めた。恩師とは――。今大会でU-18日本代表を率いる小枝守監督のことだ。日大三高の野球部3年生として甲子園出場を果たした1978年、チームを率いていたのは、誰であろう小枝監督だった。
「やっぱり国際大会は、こうあるべきだという姿を見せてくれた。国内で最高の選手を揃えて、最高のチーム体制を整えて臨まなければ失礼に当たる。最後はちょっと手を抜いてくれたかもしれませんが(笑)、それでもこれだけ大敗したことを、インドネシアはしっかり受け止めなければいけないでしょうね」
アジアでは、日本、韓国、台湾、中国の4強の下に、フィリピン、タイ、インドネシア、香港、パキスタンなどの第2グループが位置する。だが、4強と第2グループの実力差は、とてつもなく大きい。それでも「本当は50点以上差がつくかもしれないって思ってたんですよ。でも、なんとか30点台で収まりました」と言うのは、決して謙遜からではない。実は、大会が始まる前日、野中氏は「今回のチームは史上最弱かもしれない」と話していた。インドネシア国内にいるU-18のベストメンバーを揃えられなかったからだ。
■優秀な選手は国体の出場準備で招集できず
インドネシアでは、9月中旬に州対抗の国体が開催される。野球も競技種目の1つに入っており、30歳以下の選手に参加資格があるため、U-18カテゴリーの優秀な選手は国体準備に借り出されてしまったそうだ。国体で優勝すると州に報奨金が出るという政治的な事情が背景にあるため、国際大会という名誉はあるが報奨金が出ないアジア選手権に向けて、国も野球連盟も積極的な強化に取り組まなかったという。代表チームのユニフォームを着たのは、3月に行われた州対抗大会で優勝した西ジャワ州を中心に、2位、3位チームから選手を補填した即席チームとなった。
そんな事情は知る由もなかっただろうが、実力差があるのは小枝監督にとっても想定内。それでも、“恩師”は前日の台湾戦から1つも手を緩めず、1回にはダブルスチールを仕掛ける正攻法でインドネシアと勝負した。それに対して、インドネシアの選手たちも、最初から劣勢だったにもかかわらず、大きな声を張り上げながら、互いに鼓舞しながら、体格差のある日本選手にスライディングで吹き飛ばされても立ち上がり、エラーをしても懸命にボールを追いかけ、食らいついた。
この日、ホームランを打った入江大生(作新学院)は、そんなインドネシア選手の姿に刺激を受けた1人だ。「野球の技術は高くないかもしれないけど、一生懸命プレーする姿に、忘れかけていたものを思い出させてもらった。どんな場合でも、奢ったりしてはいけないと思いました」と、試合終了まで戦い抜いた敵の奮闘ぶりに目を丸くさせた。
■小枝監督の教え「品格や立ち居振る舞いも(代表に)ふさわしいものを持つように」
小枝監督をはじめとするコーチ陣は、日本代表メンバーに「代表のチームの責任で(試合に勝つ)だけではなく、品格や立ち居振る舞いもふさわしいものを持つように」と言い聞かせているという。この日、明らかに格下のインドネシアを相手に手を抜かず、敵としてのリスペクトを持って真っ向から真剣勝負したことこそ、責任と品格の現れだったのかもしれない。
「日本と真剣勝負をして、これだけ大敗したことから、子供たち以上にインドネシアの国や野球連盟が学んでくれるといいんですけどね。彼らも絶対に悔しい思いをしている。国際大会には最高のチームを組んで臨まないと、どんな結果になるのか、どれだけ礼に欠くことなのか、感じないといけません。それを恩師は試合を通じて教えてくれたのだと思います」
小枝監督から野球を学び、インドネシアに渡って野球の普及活動に努める野口氏が、甲子園出場から36年後、再び野球を通じて恩師から今後につながる大切なアドバイスを授かった。野球がつなぐ縁は、又どこかで交わり、新たな形で発展し続けるのだろう。