11月である。長かったシーズンも次戦でいよいよ終幕を迎え、そろそろこの一年を振り返るべき時期だろう。新旧交代は世の常だが、今年も恐るべき速さを披露したニューフェイスが登場した。 幅広い世代の片方の端には、ファビオ・クアルタラロ(ペトロ…

 11月である。長かったシーズンも次戦でいよいよ終幕を迎え、そろそろこの一年を振り返るべき時期だろう。新旧交代は世の常だが、今年も恐るべき速さを披露したニューフェイスが登場した。

 幅広い世代の片方の端には、ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)という才能が颯爽と現れ、おおいに注目を集めた。彼やマーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)、アレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)たちの新世代ライダーは、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)に挑みかかる来シーズンの有力候補だ。



バレンティーノ・ロッシにとって今年は苦しいシーズンだった

 そして、幅広い世代のもう片方の端には、この世界で数々の足跡を残してきた2名の選手がいる。ひとりはホルヘ・ロレンソ(レプソル・ホンダ・チーム)だ。

 だが、今年のロレンソは、その天才的な能力を存分に発揮できず、苦しい一年を過ごすことを余儀なくされた。優勝選手から数十秒遅れのゴールを目標にせざるを得ない姿が、今季の彼の常態になってしまっていた。

 そのロレンソのかつてのチームメイトで、彼の眼前に大きく立ちはだかっていたバレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハ MotoGP)の一年もまた、うまく噛み合わないシーズンだった。

 今季の彼の成績は、ドゥカティの暗黒時代以来と言っていいほどの厳しい結果になってしまった。第18戦終了段階でのランキングは7位。ロードレース界に偉大な足跡を残してきたこの巨人が、今年の18レースでは2回しか表彰台を獲得していない。15戦無表彰台という記録は、2011-12年シーズン以来だ。そして、最後に優勝してから45戦が経過した。これは彼のキャリアでも最長記録となっている。

 これらの数字もさることながら、今季たびたび低位に沈んでいた彼の姿は、見ていてもつらい。よくないレースでは、とことんダメな結果になった。

 たとえば、ムジェロ(第6戦・イタリアGP)やアッセン(第8戦・オランダGP)、もてぎ(第16戦・日本GP)のレースを振り返ってみよう。ムジェロやアッセンはロッシにとって得意中の得意コースだが、ムジェロではオーバーランを喫して最後尾走行中に転倒リタイア。アッセンでは11位走行中に他車を巻き込んで転倒、もてぎでも11番手で終盤に転倒しリタイアで終えた。これらは24年に及ぶ彼のレースキャリアのなかでも、かんばしくない部類の結末だ。

 同じヤマハ勢のビニャーレスやクアルタラロが、とくにシーズン後半戦でマルケスを猛追していたことを想起すれば、ロッシの厳しい状況はさらに明白だ。マシン的な問題で彼が後塵を拝している、という説明には無理があるのだ。

 ミザノ(第13戦・サンマリノGP)やブリラム(第15戦・タイGP)、もてぎ、フィリップアイランド(第17戦・オーストラリアGP)、そしてセパン(第18戦・マレーシアGP)の内容や結果を見れば、ヤマハが本来の力を発揮していることは明白だ。今のYZR-M1がもっともバランスのいいパッケージであることは、異論を待たない。

 ということは、現在40歳のロッシは、もはや限界を迎えているのだろうか?

 もちろん、ロッシ自身はそう考えていないに違いない。ここまで通算115勝を挙げ、9回の世界チャンピオンを獲得した人物である。もし、引き際だと彼が考えているのならば、2020年シーズン以降の契約更改をプレシーズン中に検討するという余地は残していなかっただろうし、来季のクルーチーフを替えるという決断もしていなかったはずだ。

 ちなみに、彼が最高峰クラスでクルーチーフを替えるのは、これが2回目になる。さらに、彼が本当に引退を検討しているのならば、ここまで真剣にトレーニングを継続し、40歳を超えてなおライディングスタイル改造に取り組むようなことはしていないだろう。

 今季のロッシが苦戦している原因は、レースディスタンスの最後までリアタイヤが持たないことで、それがリアのトラクション不足として現れている。ヤマハがトップスピードで不利なことも、さらにロッシを悩ませている要素だ。

 2019年のレースで、YZR-M1は常に直線で最も遅いバイク、という状況に甘んじている。ロッシの体格は181cm・69kg。クアルタラロは177cm・66kg、ビニャーレスは171cm・64kgという数字と比較すれば、ロッシはなおさら不利である。

 とはいえ、身長や体重差だけでロッシの現在の苦戦を説明しきれるわけではない。ミザノではヤマハ最上位から11秒差、アラゴン(第14戦・アラゴンGP)では17秒差、ブリラムでは18秒差である。つまり、ロッシ苦戦の原因は依然として謎、というわけだ。

「スロットルを開けるタイミングやバイクの引き起こしも、要因かもしれません」と、モンスターエナジー・ヤマハのチームディレクター、マッシモ・メレガリは言う。「彼の体格だと、荷重の移動が(ビニャーレスやクアルタラロとは)異なります。そう考えるとわかりやすいのですが、それだけではないでしょうね」

 もちろんロッシ自身は、この厳しい状況を明確に自覚している。シルバーストーン(第12戦・イギリスGP)ではこの苦戦続きの状態を指して、「非常につらい」と述べている。

 この心情は、グランプリ400戦という節目に近づき、それを越した今もなお、彼のモチベーションや自らを信じる気持ちに影響を与えているようだ。8月末のシルバーストーンで彼は、「レース歴もこれくらいになると、走ること自体を楽しめるようにならなければいけない」と話した。「そう思えなきゃ、つらすぎるよ」と。数々の偉業を成し遂げてきた人物には、セパンの4位もけっして満足できるものではなかっただろう。

 何かを変えなければならなかったのだろう。6年間ともに働いてきたクルーチーフのシルバノ・ガルブセラが去るというニュースは、とくに驚くほどのものではなかった。

 だが、彼に替えてダビド・ムニョスが就くという話には、たしかに驚いた。ムニョスは現在、スカイレーシングVR46のMoto2チームでニッコロ・ブレガのスタッフとして働いている人物だ。昨年、ペコ・バニャイア(プラマック・レーシング/ドゥカティ)がMoto2でチャンピオンを獲得した際に重要な役割を果たしたのがムニョスだった、とロッシは指摘した。

 つまりロッシには、少なくとも挑戦しようという意思がある、ということだ。「後悔はしたくないんだよ」とロッシはブリラムで述べた。「僕と同じ状況にいる人なら、『オーケイ、2020年は僕の最後の年だから波風立てずにもうのんびりやろうじゃないか』、そう考えても不思議じゃない。でもね、僕はこう考えるんだ。『畜生。まだあきらめるもんか』ってね」

 ムニョスと長年仕事をしてきた人物と話した際に、彼もムニョスの指名に驚いたと述べた。彼によれば、ムニョスは物静かで落ち着いた性格で、フリープラクティス段階からトップテン目指して慌ただしさと喧騒がひっきりなしのMotoGPのピットボックスに静謐さをもたらすだろう、と言う。バニャイアもその言葉を裏づける。

「去年は彼のおかげでチャンピオンを獲れた。ラスト数戦はガチガチに緊張していたけど、ダビドが落ち着かせてくれた」のだと言う。「バレと一緒に仕事をできるこのチャンスを、彼ならきっと活かすことができるよ」

 だがその一方で、上記の人物によると、ムニョスの技術者としての能力はとくに抜きん出たものではない、とも言う。ムニョスが数々のトップライダーたちと仕事をしてきたのは事実だ。ロレンソの125ccクラス時代にはデルビでクルーチーフを務め、近年ではシト・ポンスのMoto2チームでクルーチーフとしてビニャーレスやリンスを担当した。その後、2017年にスカイレーシングへ移籍した。

 その意味ではトップレベルで仕事をしてきたといえるが、頂点を極めたわけではない。しかも今回は、その頂点にいる選手のなかでも最も栄華を極めたライダーの傍らにつくことになるのだから、要求される責任の重さはこれまでと比較しようがないだろう。

 しかし、ヤマハはムニョスにMotoGPの経験がないことを大きな問題と考えてはいないようだ。「いわば、日本人の影武者がいるんですよ」とメレガリは説明する。その方法を使えば、早く順応できるのだという。

「ダビドと一緒に働く人たちと情報を共有したうえで、最終的な決定を行ないます。MotoGPの経験がないとくに最初の段階では、その方法が役に立つでしょう。エステバン(・ガルシア/今年からビニャーレスのクルーチーフを務めている人物)でも、それは実証済みです。

 エステバンの場合は、MotoGPの経験こそありましたが、ヤマハではありませんでしたからね。この点に関して、ヤマハはとてもうまく噛み合う組織になっているのです。ムニョスもほどなく、自分のやりかたで仕事を進められるようになるでしょう」

 メレガリはまた、ムニョスの加入は新鮮なモチベーションをチームに導入するよいチャンスになるだろう、とも話す。「この変化を、バレンティーノはきっと有効に活かすでしょうね」

 ことはムニョスの加入にとどまらない。クアルタラロがすばらしい能力を発揮し、マシンの持ち味を最大限に引き出して好成績を収めているのは周知のとおりだが、ロッシはYZR-M1の新しい乗り方を習得することにシーズン後半を費やしてきたのだ。

 クアルタラロはコーナー進入が優れている、とロッシは分析している。「ファビオはとてもスムーズに乗っていて、ブレーキが優れている。彼はバイクの減速がとても巧みなんだ」とブリラムで述べた。

 ロッシは第11戦・オーストリアGPから、親指でリアをコントロールするサムブレーキを使い始めた。もてぎでは、フロントブレーキの操作も従来の2本指から(ビニャーレスのような)3本指へと変えている。ブレンボのエンジニアよると、データを見ればわずかな違いが発生していると言う。つまり、彼はただ座して運命を待っているわけではない、ということだ。

「今も乗り方を変えようという努力をしているんです」と、メレガリはセパンで明かした。

「けっしてあきらめてなどいないですよ。日本へ行く前には、ミザノで今までと違うブレーキやスロットルの開け方にトライしていました。尊敬しますよ。今まで数々の偉業を達成してきて、今なお自分自身を改善しようとしているのですから。フィリップアイランドでは、早くもその成果が現れていました。今の問題は、トップスピードが厳しいために他の選手を引き離すことができない、というところです」

 たしかに曙光は射している。オーストラリアGPでのロッシは、序盤3周にトップを走行していた。リアのグリップが(予想どおり、というべきか)落ちて、トップスピードに伸び悩むと、やがて8位に沈んでしまったのだが……。

 マレーシアでも、ロッシはチームメイトに先行を許す結果になった。だが、このレースでロッシは43カ月ぶりにファステストラップを記録したのだ。「今回はタイヤがうまく持ってくれて、最終ラップまで力強く走ることができた」と、レースを終えた夕刻にロッシは話した。

 ロッシが逆境を覆せないなどと言ったのは、いったい誰だ? 私も、ロッシについて過去に書いた記事では間違いを犯した。それは正直に認めよう。だが、ビニャーレスやクアルタラロの走りに追いついていない今年のロッシの苦戦は、彼らふたりとは少し状況が異なっているのだろう。

 さて、ここで現実的な問題をひとつ。40代の年齢に到達したライダーが、自分の半分ほどの年齢の選手たちを向こうに回して、あとどれくらい互角に戦えるだろうか?

 ひとつ明白なことは、〈時間が自分の味方をしてくれる〉わけではない、ということだ。だが、我々はこの10年、同じことを彼に対して言い続けてきたのではなかったか? 〈歳月人を待たず〉という諺にも例外があるのかもしれない。チームスタッフの変更やライディングスタイルの改造が効果を発揮すれば、我々はおそらく、自分たちの下してきた判断を見直さなければならないだろう。

 つまり、バレンティーノ・ロッシは、今も昔も我々を瞠目(どうもく)させる人物である、ということなのだ。

西村章●翻訳 translation by Nishimura Akira