「90分間のマネジメントで、(金)明輝さんは考えている監督ですね」 サガン鳥栖のエースストライカーとして在籍10年目、34歳になる豊田陽平はそう説明している。今シーズン、豊田は途中出場が多くなった。しかしJ1リーグ98得点の選手が出番を待て…

「90分間のマネジメントで、(金)明輝さんは考えている監督ですね」

 サガン鳥栖のエースストライカーとして在籍10年目、34歳になる豊田陽平はそう説明している。今シーズン、豊田は途中出場が多くなった。しかしJ1リーグ98得点の選手が出番を待てることが、このチームの地力なのかもしれない。

「試合途中から入って、パワーを与えられる選手がほかにいるのか? そう考えたときに、『自分がやります』と。(味方が)疲れてきたところでの穴埋め、もしくは流れを変える。そこは大きな仕事になってくると思います。明輝さんに(途中出場で)求められるのは、ゴールをするだけではなく、どれだけ相手に圧力をかけ、味方を楽にできるか。チームのための犠牲精神というか……」



松本山雅に勝利し、サポーターに挨拶をするサガン鳥栖イレブン

 11月10日、駅前不動産スタジアム。J1リーグ15位のサガン鳥栖は、17位の松本山雅を迎えていた(16位がプレーオフ、17、18位が自動降格)。両者の勝ち点差はわずか2。つまり、この試合でひっくり返る可能性があった。

 そこで、鳥栖を追う松本の試合の入り方が注目されたが、プレー強度は低く、技術的な拙さも目立った。完全に受けて立ってしまい、鳥栖に押し込まれた。

「ホームの雰囲気に少し飲まれてしまったかもしれない。過緊張というか、考え過ぎてフィットせず、球際も強さを見せられなかった。(鳥栖との)経験値の差のようなものも出た」(松本・反町康治監督)

 優位に立った鳥栖は、高い位置でボールをつなげ、球際でも負けない。押し込んだ形を作って、得点は時間の問題になった。右からのクロスがエリア内でこぼれたボールに、小野裕二がすかさず反応し、鋭いシュートでネットを揺らすが、これは直前のプレーでハンドを取られた。

 しかし13分、敵陣でのFKだった。ゴール左から小野が右足で蹴ったボールを、ニアサイドに入った金井貢史がヘディングで競り勝ち、先制に成功する。

 乾坤一擲(けんこんいってき)の残留戦、鳥栖は戦力と監督采配で上回っている。

「(イサック・クエンカ、アン・ヨンウというサイドアタッカーが不在で)左はイサック同様、(小野)裕二があそこでボールを収めて、攻撃を動かしてくれたと思います。右は(原)輝綺が特長であるスピードを使って、相手の選手(高橋諒)を消す役目をしてくれました。相手はどのように選手を起用してくるか、わかりにくかったはずです」(鳥栖・金監督)

 鳥栖は今季、ルイス・カレーラス監督の暗黒時代の1勝1分け8敗から巻き返してきた。その要因のひとつは金監督のマネジメントにあるだろう。選手を適材適所で使い、同時にその才能を最大限に生かし、伸ばしている。

「お互いがお互いのストロングを活かせるように」

 金監督は選手を公平に扱い、一方で要求もする。そうやって集団のなかの個としての力を引き出し、競争も高めてきた。すでに力が落ちていたフェルナンド・トーレスに見切りをつける英断も、チームを浮上させるきっかけになった。

 しかし、後半になると、ネジを巻かれたように前へ出る松本に、鳥栖は押し込まれる。完全にペースを失い、失点の予感が漂っていた。

 そこで金監督が切ったカードが豊田だった。67分、金森健志に代わって投入。かなり緊急的な交代だったようで、豊田はトイレから戻ってくるところだったという。

「とにかく走り回ってほしい。相手の6番(藤田息吹)が空いていて形を作られているから、そこ(へのパスコース)を閉めるように」

 豊田は金監督から受けた指令を愚直に、それ以上の強度と精度で実行した。反転して逆方向へも走る”二度走り”で、相手にプレッシャーをかける。大きな体躯で猛然と迫ることによって、相手GKのキックがタッチラインを割ってしまうほど、心理的に敵を狼狽させた。

 鳥栖は豊田の投入で松本の攻め手を見事に切って、流れを引き戻している。原川力が決定機をつかむシーンもあった。松本が終盤、FWの枚数を増やし、長いボールやセットプレーの一発勝負にかけるが、思いどおりにはさせていない。そして1-0のまま、鳥栖は逃げ切った。

 14位に浮上した鳥栖は、チーム力を見せつけた。10年以上、J1で戦い続け、優勝争いも演じたことがある”積み重ね”というのか。クエンカ、アン・ヨンウ、小林祐三など主力がケガなどで不在でも、交代メンバーも含めて勝ち切る強さがあった。

 ただし残り3試合、鳥栖はまだ残留を決めたわけではない。

「勝って兜の緒を締めよ、って言いますからね。これから何が起こるかわからないです。誰かが風邪を引いたり、コンディションを崩したり、そういう季節ですし。今日は試合中、勝ちながらも、”気を抜いたらいけない”とずっと思っていました。油断は禁物です」

 2011年に鳥栖をJ1に昇格させた豊田の言葉である。

 鳥栖は次節、同じく残留を争う名古屋グランパスとアウェーで戦う予定だ。