「とてもたくさん泣いた一年だった」 そう振り返るシーズンは、悲しみ混じりの笑みとともに、唐突に幕を閉じた。 長いシーズンの掉尾を飾る、年間ランキング上位8名によって競われるWTAファイナルズ。「優勝を狙って」参戦したその大会で、大坂なお…

「とてもたくさん泣いた一年だった」

 そう振り返るシーズンは、悲しみ混じりの笑みとともに、唐突に幕を閉じた。

 長いシーズンの掉尾を飾る、年間ランキング上位8名によって競われるWTAファイナルズ。「優勝を狙って」参戦したその大会で、大坂なおみはラウンドロビン(リーグ戦)の2戦目直前に棄権を表明した。



棄権したWTAファイナルズの会見で大坂なおみがシーズンを総括

 理由は、右肩の痛み。それは約3週間前に、チャイナ・オープンの決勝で発症した痛みの名残りだったと言う。

 全豪オープン優勝と世界ランキング1位戴冠に始まり、苦しみの欧州の初夏を経て、実りのアジアシリーズを迎えたこの1年を、大坂は「Uの字」に例えた。

 頂点からの滑落の予兆は、2月のサーシャ・バインコーチ解任だっただろうか。「テニスでの成功よりも、人生の幸福を選んだ」との発言が多くの憶測を呼ぶなか、新たにコーチの席に座したのは、全米テニス協会(USTA)のコーチだったジャーメイン・ジェイキンスである。

 しかし、過剰な注視を浴びながらの戦いには、常に苦しみが伴った。

 陥った「U字の”底”」は、7月上旬のウインブルドン。第2シードで迎えるも初戦で敗れた大坂は、試合後は涙をこらえきれず、記者会見の途中で部屋を去った。

 東レ・パンパシフィック・オープンを含む2大会優勝を成したアジアの秋は、「U字型の右側」である。8月末のUSオープンを4回戦で終えた時、大坂はジェイキンスとも離別。そして残ったチームスタッフを前にして、彼女はこう宣言したという。

「シーズン終盤のアジアシーズンで、私は必ず優勝してみせる。USオープンでは望むような結果が出せずにごめんなさい。残りのシーズン、すべての力を出し切って、みんながいい気分で家に帰れるようにするから」

 その言葉どおり、10連勝でWTAファイナルズへと駆け込んだ今季のラストスパートを、彼女は「最も自分を誇りに思う点」だと言った。それはこれまで、よくも悪くもグランドスラムに最大の重きを置いてきた彼女が、USオープンを終えてなお、タンクに残ったエネルギーの最後の一滴まで使い切ったからだった。

 一方で、連勝を止める原因となったケガをいかに予防するかは、「学ぶことが多かった」と振り返る今季で得た課題のひとつだろう。これまで大きなケガのないキャリアを送ってきた大坂ではあるが、勢いに乗りかかったところで痛みに襲われ、上昇気流を逃すのは珍しくなかった。

 今季も、8月のシンシナティ大会でひざを痛め、USオープンには不安を抱えたまま挑んだ。昨年のWTAファイナルズも、足のケガで3試合目を途中棄権。それ以前にも、腹筋などに負った小さなケガのため、棄権や大会欠場を幾度か繰り返した。

 今回の肩も含めた、これらのケガの原因として、大坂はひとつの可能性に言及した。

「今まで負ってきたケガの箇所の大部分は、小さく弱い筋肉だった。そういう部分に対するケアもしっかりやるようにと言われてきたが、自分の意識が足りなかったのだと思う」

 だからこそ、「弱い筋肉強化に特化したエクササイズが必要」だという大坂は、早くも来季に目を向ける。

「今の私がやりたいことは、ものすごくハードにトレーニングすることなの。昨年のオフシーズンは、全豪オープンに向けて厳しいトレーニングをこなし、だから大会では身体がよく動くと感じた。今季も、また同じことをやりたい」

 激動の2019年シーズンを終えた今、彼女は、何が成功の理由で、何がつまづきの原因かを理解している。USオープン以降、臨時で父親が務めたコーチの席に就く者も絞り込まれているようだ。大坂陣営からは、「誰もが納得する、ベストのコーチだ」との声も聞こえる。来シーズンに向けての戦いは、すでに水面下で進められているのだろう。

 10月16日に22歳を迎え、周囲も慌ただしい動きを見せている大坂だが、当人が目を向ける関心事項は、「よりよいテニスプレーヤーになることだけ」だと言う。

 多くの涙を流してなお、彼女は「今季のほうが、去年よりいい1年だった」と言った。

 辿ってきた「U字」のその先は、上昇曲線を描いたまま、2020年へと続いていく――。