これぞ勝負師の真骨頂だろう。確かな準備とハードワーク(猛練習)、緻密なゲームプラン。名将エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)率いるイングランド代表が、完璧な試合運びで、王者ニュージーランド(NZ)代表に19−7で完勝、決勝に進出し…

 これぞ勝負師の真骨頂だろう。確かな準備とハードワーク(猛練習)、緻密なゲームプラン。名将エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)率いるイングランド代表が、完璧な試合運びで、王者ニュージーランド(NZ)代表に19−7で完勝、決勝に進出した。



前回のW杯では日本を率いていたエディー・ジョーンズ

 26日の横浜国際総合競技場。ほぼ満員の6万9千人の観衆で埋まったスタンドから、イングランド代表の応援歌『スウィング・ロウ・スウィート・チャリオット』が流れる。ノーサイドの瞬間、コーチボックスの最後列で立ち続けていたジョーンズHCは口元にグッと力をこめていた。

 まだ満足していない顔だ。4年前のラグビーワールドカップ(W杯)で日本代表HCとして南アフリカを倒し、大喜びした時とはちがう。ジョーンズHCは記者会見で短く、言った。言葉に覇気が満ちる。

「まだ歴史は築いていない。来週、もっと、もっと、いい試合ができる」

 ジョーンズHCの野望はずばり、優勝である。世界一だ。だから、2017年5月、京都で組み合わせが決まった時から、この対戦を想定し、準備を積んできた。

 ジョーンズHCが述懐する。

「彼らの準備は1週間だ。我々の準備は2年半だった。(NZ対策を)無意識に染み込ませてきた。習慣を続ければ、よきプレーを維持することができる。習慣化されすばらしい試合だったと思う」

 最強のNZ代表オールブラックスに勝つためには何が必要なのか。ジョーンズHCはまず日本語で「ニュージーランドはゴッド(神様)ね。ゴッドラグビー」と言った。英語で説明する。

「何をすれば、相手のエネルギーが出てくるのか、を理解しないといけない。それをそぐ必要がある。相手のエネルギーをそぎ、自分たちの強みを生かす必要があった」

 つまりは、勝負の鉄則、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」だろう。個人スキルの高いNZに対しては、FW(フォワード)戦で劣勢に立ったり、ボールを奪取されたり、スペースを与えると手がつけられなくなる。だから、まずはFWがセットピース(スクラム、ラインアウト)、コンタクトエリアで優位に立たなければいけない。

 そこでジョーンズHCはフィジカルを徹底して強化してきた。この日はFW勝負に出た。スクラムで押した。コラプシング(故意に崩す行為)の反則も奪った。ラインアウトでは圧倒した。相手が得意なモールで押されなかった。ブレイクダウンでは、結束して対抗し、圧力をかけつづけた。相手に、早いタイミングの”生きた”球出しを許さなかった。

 加えて、精神的に対抗すること。相手を過大評価しないこと。キックオフ直前、NZの選手がいつもの儀式『ハカ』をやろうと三角形の布陣をつくったとき、イングランド選手はその先端部分を飲み込むように”Vの字”のカタチにならんだ。

 スタンドがどよめく。主将のCTB(センター)オーウェン・ファレルは含み笑いを浮かべながら、一歩前に出た。そう見えた。主将が振り返る。

「自分たちとしては、(ハカの時)そこにただ立って、受けるだけはしたくなかった。相手に敬意を表しながらも、フラット(平坦な)ラインではなく、とがったバー(棒)でハカを受けようと思った」

 奇策のキックオフだった。右を向いていたSO(スタンドオフ)ジョージ・フォードがボールを隣のCTBファレルに手渡し、左サイドにドロップキックした。直後のラインアウトからボールを密集の近場、オープン、そして右に左につなぎ、最後はCTBマヌ・ツイランギがポスト右に飛び込んだ。電光石火の先制トライ。電光掲示はまだ「1:39」だった。

 タテに強いSOフォードならではの連続攻撃か。ラックの近場を突くタテ突破、アングルチェンジが効いていた。よくみれば、からだのでかいフロントロー陣3人がいずれもボールを持ち込んでいた。

 チームの攻めに勢いをつけるため、FWを絡めていく作戦だった。守備では相手の勢いをそぐため、日本代表HC時代にも徹底した攻撃的ディフェンスを見せた。猛タックルでNZのつなぎを寸断した。

 とくにFL(フランカー)サム・アンダーヒルの猛タックルたるや。後半中盤、相手のエース、FB(フルバック)ボーデン・バレットを一発で仕留めた。斧のごとき猛タックルだった。

 キックの対応もスキがなかった。束となったブレイクダウンの圧倒。ピンチを広げることになるPK(ペナルティーキック)は相手11個に対し、約半分の6個だった。

 ジョーンズHCは常々、ラグビーの試合はラスト20分で勝負が決まる、と口にしてきた。この日はNZに反撃を許さなかった。イングランドの運動量が落ちなかった。なぜかといえば、選手交代のタイミングが絶妙だった。

 後半7分、疲労がみえた右PR(プロップ)のカイル・シンクラーを、後半14分はLO(ロック)のコートニー・ロウズを、後半29分には左PRのマコ・ブニポラ、HO(フッカー)のジェイミー・ジョージらを一緒に代えた。

 ジョーンズHCが説明する。

「私はフィニッシャー(最後の15人)を先に決めた。それを決めてから、先発の15人を決めた。(ラスト20分は)一番重要な時間帯だ。ニュージーランドに勝つためには、フィニッシャーが大事なのだ」

 ジョーンズHCは、前回W杯後に日本代表HCを辞め、”ラグビーの母国”イングランドのHCに就任した。日本チームのスーパーラグビー参入を推進するなど、今大会活躍した日本代表の素地をつくったと言ってもいい。

 イングランドは前回W杯では開催国でありながら、1次リーグ敗退の屈辱を味わった。辛口の英国メディアにたたかれようとも、ジョーンズHCは結果を出してきた。2016年、17年、欧州六カ国対抗を連覇。昨年11月には、過去、W杯で3戦全敗のNZに1点差で惜敗していた。

 やはりエディーはエディーである。日本代表より優れたタレントを徹底して鍛え、決勝の舞台にまで引き上げた。会見でのジョークも相変わらずだ。楽しい。これでHCを辞めるNZのスティーブ・ハンセンのことを聞かれると、「これからは一緒にビールを飲む」と言って、記者を笑わせた。

「次はトヨタ(自動車)でコーチをやると聞いている。それで、トヨタの車はもっと速くなると思う。あっ。ワールドカップのスポンサーとは違う車の名前を口にしたので、トラブルになるかもしれない…。彼は素晴らしいラグビー人生を歩んでいる」

 最後に。

ジョーンズHCはミーティングでイングランドの選手たちにこう、言い続けてきた。

「世界最強のチームになろう」

 豪州のHCをした2003年W杯では決勝で延長戦の末、イングランドに敗れた。これもめぐり合わせか。今度はその59歳がラグビー母国の代表チームを率い、優勝にひた走る。野望達成まで、あと1つである。