「なんでですかねぇ?」 取材中、何度もそう言って首をひねる渋野日向子の周りには、何とも言えないほんわかとした空気が漂っていた。たった今、真剣勝負を終えたばかりのトップアスリートには、似つかわしくないほどの穏やかな空気である。「”なん”で」で…

「なんでですかねぇ?」

 取材中、何度もそう言って首をひねる渋野日向子の周りには、何とも言えないほんわかとした空気が漂っていた。たった今、真剣勝負を終えたばかりのトップアスリートには、似つかわしくないほどの穏やかな空気である。

「”なん”で」ではなく、「なん”で”」にアクセントをつける独特のイントネーション。それが、渋野特有のものなのか、彼女の地元の岡山弁なのかはわからない。だが、報道陣とのやりとりを楽しむように、にこやかな表情で発するその何気ないひと言からだけでも、渋野の人柄は存分に伝わってきた。

 前日に東日本を襲った大型台風の影響で、18ホールから9ホールへと短縮されたスタンレーレディス最終日。首位と6打差からのスタートとあって、逆転優勝は絶望的かと思われた渋野は、優勝には手が届かなかったものの、スコアを4つ伸ばし、終わってみれば、優勝した黄アルムに3打差まで詰め寄っていた。

 なぜこれだけスコアを伸ばせたのか?

 アプローチが好調だった要因は?

 試合後、渋野はそんな質問を受けるたび、首をひねった。そして、頭の中でしばし思考を巡らせたあと、彼女なりの答えを--ときに笑いを誘うような、とぼけた回答を口にする。


女子ゴルフ界に登場した

「新たなスター」渋野日向子

 一躍、時の人となった”全英女王”の周囲は、ラウンド中はもちろん、ラウンドが終わってからも報道陣でいっぱいだ。渋野が優れたアスリートであるのはもちろんのこと、それと同時に、彼女の発する言葉に多くの人を引きつける魅力があるからだろう。この日も、”シブコ節”は健在だった。

 まずは、観客の安全を考慮し、無観客試合になったことについて。

「自分が打ったときにグリーンが見えないと、どこに乗ったとかわかんないし、そのときにギャラリーさんが『ナイスオン!』って言ってくれてたのがありがたいなって、あらためて思いました。(今日は)すっごい静かだなって。ギャラリーさんがいたほうが、私は燃えるし、楽しいのかなと思いました」

 そして、全英女子オープンを引き合いに、「1日目はあんまりだったのが、だんだんギャラリーさんが増えていって、それでだんだん楽しくなっていったっていう記憶がすごくある」ともつけ加えた。

 続いては、台風直撃で2日目の競技が中止になった前日について。

「(ホテルの)部屋から一回も出ず、ずっとベッドのうえで寝っ転がったり、座ってゴハンを食べたり、映画を見たりしてました」

 そのときに見た映画は、『ボビー・ジョーンズ ~球聖と呼ばれた男~』、『グレイテスト・ゲーム』の2本だそうで、いずれもゴルフを題材にしたもの。前者は、かつてグランドスラムを達成した伝説のゴルファー、ボビー・ジョーンズの生涯を描いたもので、後者は、アマチュアゴルファーであるフランシス・ウィメットが優勝した、1913年の全米オープンを舞台とした物語である。

「携帯をいじりながら、見てたんですけど(笑)」という渋野も、勝ち続けることでプレッシャーがかかり、手が震えてくる主人公のジョーンズを見たときには、「(自分は)まだ勝ち続けてはいないですけど(苦笑)、ああ、わかるなって思いました」。

 また、「私、映画とか見ると、結構感情移入しちゃって泣いちゃうんです」という渋野は、ウィメットとその父親(渋野曰く、ウィメットがゴルフをすることに反対していたという)が試合後に顔を合わせるシーンでは、「めっちゃ泣いた(笑)」そうである。

 朗らかに話し続ける渋野は、自身の”プレッシャーで手が震えた瞬間”についても語った。

「(奇跡の逆転優勝を飾った)デサントレディース東海クラシックの(最終日の)17番とか、(全英女子オープン後、最初の国内メジャー)日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯の最終日の17番。(決めれば優勝という)NEC軽井沢72トーナメント(の18番のバーディーパット)もそうだし、コニカミノルタ杯の1日目の9番のパーパットも。(ツアー初優勝を飾った)ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップも、最終日の17番のパーパットは震えましたね。覚えているのはそれくらいかな。全英のあとが多いです」

 それでも、「一番は、やっぱり軽井沢の最後の3パット」と渋野。首位タイで迎えながら自滅する形で”凱旋優勝”を逃した2カ月前の試合を、少し悔しそうに振り返った。

 取材に応じているというより、世間話でもするように、ケラケラと笑いながら気さくに話す渋野だったが、なかでもトップアスリートの言葉として興味深かったのは、手が震えた瞬間について、である。

 プレッシャーで手が震えた瞬間とは、すなわち、自分の精神的な弱さが表に出た瞬間と言い換えてもいい。トップアスリートにとっては、ないに越したことはない経験だろう。そんな話題を堂々と口にできるのは、弱さを弱さとして認識したうえで、それを克服できる自信があるから。あるいは、少なくともそこから目を背けるのではなく、きちんと向き合うことができているからではないだろうか。アスリートが強くなっていくうえで、それは重要な資質ではないかと思う。

 しかも渋野の場合、悲壮感を漂わせるわけでもなく、それをあっけらかんと口にできる。そんな様子からも、肝のすわった大物然とした印象を受けるのだ。

 渋野がホールアウトした時点では、彼女の順位は3位タイ(最終順位は6位タイ)。このまま終われば、賞金ランクトップとの差が500万円くらいまで縮まる可能性があることを伝えられると、「そうなんですか? あら」と呑気な反応。傍らのスクリーンに映し出された上位選手のスコアにしばらく目をやると、「あー、がんばってよかったです。ハーフだけでも大事ですね」。報道陣が爆笑したのは言うまでもない。

 浅田真央、福原愛、吉田沙保里……。近年、人気女性アスリートの引退が相次いでいたスポーツ界に、新たなスター誕生である。