「笑わない男」「漫画『グラップラー刃牙』の花山薫に似ている」 ラグビーワールドカップで初の決勝トーナメント進出を果たし、大きな注目を集めている日本代表のなかで、とくに話題をさらっているのが左PR(プロップ)稲垣啓太(パナソニック)だ。初…

「笑わない男」
「漫画『グラップラー刃牙』の花山薫に似ている」

 ラグビーワールドカップで初の決勝トーナメント進出を果たし、大きな注目を集めている日本代表のなかで、とくに話題をさらっているのが左PR(プロップ)稲垣啓太(パナソニック)だ。



初のW杯ベスト8進出を決めた時も、稲垣の表情はこれ

 身長186cm・体重116kgと見事な体躯を誇る世界的な選手だが、日本代表随一のお洒落さん。牛丼の特盛りを3杯平らげてしまう大食漢で、テレビ番組でギャル曽根と対決して好バトル……。本来はスクラムの最前線でチームを支える日陰のポジションだが、そのキャラクターも相まって耳目を集めている。

 10月13日に神奈川・横浜国際総合競技場で行なわれたスコットランド代表戦にも先発出場し、28-21の勝利に貢献。前半25分には、2014年から日本代表に選ばれて以来、初めてトライを挙げた。味方がオフロードパスを3本つなぐ、ジェイミー・ジャパンらしいトライだった。

「日本代表に入ってから初めてのトライだったので、慣れていないのでボールの置き方がわからず、両手で大事にいきました。ボールをうまくつなげて、最終的に僕のところに来たという感じ。理想的なトライの取り方だった」

 リーダーグループのひとりとして守備面を担当する稲垣は、昨秋の欧州遠征後には次のように自信を口にしていた。

「(W杯開幕まで)残り300日と少ないですが、能力的にも身体的にもメンタル的にも、いい感じに仕上がってきた。パスの精度、走り込むタイミング、ボールの出し方、スクラム……課題はたくさんありますが、ディテールまで詳細を突き詰めていけるかがカギになってくる」

 初のW杯ベスト8進出を果たすために、予選ではまさにそれを有言実行したと言えるだろう。

 スパイクに「NIIGATA」の文字を刻むほど、稲垣は郷土愛にあふれている。もともと野球少年でキャッチャーだったが、中学3年時からラグビーを始めた。

 当時すでに、身長180cm・体重100kgを超える巨漢。兄が強豪・新潟工のラグビー部に入っていたため、そのコーチに「スクールに来てみないか」と誘われた。その後、兄と同じ新潟工に入ると、すぐに頭角を現す。高校2年時と3年時は花園に出場し、高校3年時にU20日本代表候補に選出されるほどの逸材だった。

 稲垣が恩師のひとりとして挙げるのが、新潟工の樋口猛監督である。

 稲垣の高校時代は体重130kg近くあり、現在よりも体格がさらに大きかった。稲垣がボールを持ったら、新潟県内で止められる選手はいなかったと言う。

 だが、監督は「おおざっぱなプレーをしていたら先に進めない」と何度も説き、基本的なプレーを稲垣に繰り返させた。「礎(いしずえ)がないと応用がない。高校生活で学んだことが僕の地盤を作っていると思います。非常にいい指導者に巡り会わせていただきました」(稲垣)。

 もうひとりの恩師は、関東学院大を指導していた春口廣監督だ。

 実は稲垣は、強豪大学のスポーツ推薦に受験者のなかで唯一落ちて、関東学院大に進学した経緯がある。今では自分の考えをしっかり伝える稲垣だが、大学時代は「話すのが得意ではなかった」と言う。それを克服させるべく、春口監督は自身の講演会に稲垣を連れて行き、突然「話してこい」と壇上に上がらせたこともあった。

 キャプテンとなった4年時には、1部だったチームを2部に落としてしまう苦い経験をした。ただ、その時も鍛えられたコミュニケーション力が生きた。「キャプテンになると、自分よがりではダメで、視野を広く持たないといけない。周りにいる人を見て、コミュニケーションを取って人の意見を取り入れて、人を動かすことができるようになりました」。

 大学卒業後、パナソニックワイルドナイツに入ると、稲垣の才能は一気に開花する。1年目から全試合に出場してトップリーグ優勝に大きく貢献し、新人賞とベスト15を受賞。ルーキーイヤーから6シーズン連続でベスト15に選ばれているのは、稲垣だけだ。

 2014年秋には日本代表初キャップを獲得。2015年からはプロ選手となってオーストラリアのレベルズに入団し、PRの選手としては日本人初のスーパーラグビー選手となった。そして2015年ワールドカップでは南アフリカ代表から金星を奪うなど、予選プールでの3勝にも貢献。日本代表に欠かせない選手のひとりとなった。

 ワールドカップイヤーの今年、稲垣は男気を見せる。樋口監督が新潟工のグラウンドを天然芝にしたいと耳にした稲垣は、初期費用の全額を寄付したのだ。「後輩のため、母校のため、できるならこのタイミングかと思った。芝生のグラウンドがあれば、他の学校も練習できるし、県外のチームが来てもいいし、新潟県全体のレベルアップにつながる」(稲垣)。

 前回大会でベスト8に進めなかった経験から、稲垣は個人を高めることに時間を割いてきた。自分をサポートしてくれた人々、新潟への想い……リーダーのひとりとして責任も感じていた。「勝たなければ何も始まらない。勝利にこだわった試合に徹したい」。大会前、稲垣は固く決意した。

 そして迎えたワールドカップ。世界2位の強豪アイルランド代表に19-12で勝利した直後、稲垣はグラウンドで泣いた。本人は「泣いたことはありません」と認めようとしないが、その涙が初キャップを得てから6年間の努力の結晶だったことは誰の目にも明らかだった。

 大一番となったスコットランド代表戦では、トライも挙げた。スクラムでもモールでもタックルでも身体を張り、チームを鼓舞して勝利を挙げた。ただ、日本代表にはまだ先がある。試合後の稲垣の表情には、涙も笑顔もなかった。

「日本ラグビー界にとって、新しい歴史を刻むことができたという実感はあります。ですが、これで終わったわけではない。またここから、新しい挑戦が始まる。次に向けて準備をしていきたい」

 10月20日、日本代表が準々決勝で戦う相手は、前回大会に金星を挙げた「フィジカル強国」南アフリカ代表である。ワールドカップ直前の9月6日に行なわれた試合では、7-41で敗れている。スクラムやモールで劣勢になってしまうと、勝利するのは難しい。ただ、稲垣は「ディテールが上がってきている」と自信を深めている。勢いそのままに再び南アフリカ代表に勝利して「笑わない男」が少しでも笑うような試合となることを期待したい。