試合終了のホイッスルが鳴ると、ウェールズ代表のライアン・ギグス監督はパチンと大きく手を叩いた。最低限の結果は掴んだと、そう言いたげな表情で試合を終えると、ピッチに飛び出してガレス・ベイルらと握手を交わしていった。ライアン・ギグスがウェ…

 試合終了のホイッスルが鳴ると、ウェールズ代表のライアン・ギグス監督はパチンと大きく手を叩いた。最低限の結果は掴んだと、そう言いたげな表情で試合を終えると、ピッチに飛び出してガレス・ベイルらと握手を交わしていった。



ライアン・ギグスがウェールズ代表監督に就任してから1年9カ月

 10月13日に行なわれた2020年ユーロ予選・グループEのウェールズvsクロアチア戦。2018年W杯ファイナリストのクロアチアを相手に、ウェールズはホームで1-1の引き分けに持ち込んだ。記者会見でも指揮官は、「クロアチアは才能豊かな強豪。選手の経験値も高い。先制されたが、選手たちはパニックに陥ることなく持ち味を発揮した」と満足そうな表情を浮かべた。

 とはいえ、立ち上がりは大いに苦しんだ。クロアチアに先制ゴールを奪われたのは前半9分。クロアチアはここで勝負を決めてしまおうと攻撃の手を緩めず、7割近いボールポゼッションでウェールズ陣内へと押し込んだ。

 前半で目立ったのは、やはりクロアチアの出来のよさだった。セントラルMFのルカ・モドリッチを中心に、フィールドプレーヤーが連動して走り回る。ボールの持ち方やプレスのかけ方、DFのラインコントロールと、あらゆる点でウェールズを凌駕した。

 対するウェールズは、なかなか突破口を掴めない。ギグス監督が指針として掲げているのは、「スピーディーな攻撃サッカー」。だが、縦に速く仕掛けようとするも、クロアチア守備陣にうまくいなされ、得点チャンスはなかなか訪れなかった。

 ところが前半のロスタイムに、ベイルがワンチャンスをモノにする。味方のラストパスを上手に足もとに落とし、左足を一閃──。それまでチャンスらしいチャンスのなかったウェールズが、ひとつの決定機から前半を1-1で折り返すことに成功した。

 後半に入ると、クロアチアのペースは目に見えて落ちた。ハードスケジュールによる体力的な問題なのか、それとも敵地で勝ち点1を獲得すれば十分と考えたのか。前半に比べると、プレースピードも寄せの強度も格段に低下した。ウェールズの決定機も数えるほどで、互いに大きなチャンスのないまま、1-1で試合終了のホイッスルを聞いた。

 この結果、ウェールズの成績は2勝2敗2分のグループ4位。2位まで本戦出場の切符が手に入るユーロ予選で、自力での予選突破の可能性が消滅した。

 次節でクロアチアが3位スロバキアに勝利したうえで、ウェールズがアゼルバイジャン戦とハンガリー戦の残り2試合で連勝しなければ、ウェールズの本大会出場は叶わなくなった。プレーオフで最終切符を掴むシナリオもあるが、指揮官としては本望ではないだろう。

 ただ、クロアチアはホームで行なわれる次節スロバキア戦に勝利すれば、首位で本大会出場が決まる。そのため、全力で勝利を奪いにいく可能性が高い。それゆえ、ギグス監督としてはある程度、状況を楽観視できているのだろう。現状は決して易しくないが、試合後の会見で見せた指揮官のリラックスした表情が印象的だった。

 さて、ギグスがウェールズを率いるようになってから、1年9カ月の時間が経過した。スーツ姿もさまになり、クロアチア戦でも90分を通してテクニカルエリアから戦況を見守っていた。

 そのウェールズ代表では、将来有望な若手選手の台頭が目立つ。30歳のベイルを軸としながらも、20歳前後の若手が代表に定着するようになったのだ。

 筆頭は、マンチェスター・ユナイテッドのMFダニエル・ジェームズ(21歳)である。積極果敢なドリブル突破と、敵を置き去りにするスピードが最大の武器。不振を極めるマンチェスター・Uにおいて、数少ない希望の星だ。

 ウェールズ代表では、マンチェスター・U入団前に行なわれたユーロ予選・第1節(2019年3月)から先発中。予選6試合のすべてに先発しており、ギグス監督の期待と評価は非常に高い。

 なお、マンチェスター・Uは当時英2部のスウォンジーでプレーしていたジェームズの視察を重ね、最終的にスカウティングチームが「プレミアで輝く素質がある」として獲得を決めたが、クラブOBのギグス監督の推薦も後押しになったという。クロアチア戦でも4-2-3-1の左MFとして、攻撃にアクセントを加えた。

 もうひとり、ギグス体制の主軸として稼働しているのがMFイーサン・アンパドゥ(19歳)だ。キャリアをスタートしたエクセター・シティ(英4部)では弱冠15歳でデビューし、2年前にチェルシーへ移籍。茶色のドレッドヘアがトレードマークで、今シーズンはドイツ1部のライプツィヒに期限付き移籍中だ。

 守備的MFとセンターバックのふたつのポジションをこなし、確かな足技と読みのいい守備を持ち味とする。その姿はブラジル代表のダビド・ルイス(アーセナル)とも重なる。ギグス監督は予選第3節から守備的MFとして先発起用し、クロアチア戦でも負傷交代する後半5分までピッチを走り回った。

 リバプールからボーンマスに期限付き移籍中のMFハリー・ウィルソン(22歳)も、すでにウェールズの中心選手だ。昨シーズンは英2部のダービー・カウンティでフランク・ランパード監督の薫陶を受け、選手としてひと回りもふた回りも成長した。

 得点能力が高く、昨シーズンはMFながらチーム最多の15ゴールを挙げた。今シーズン、レンタル移籍先のボーンマスでは、第8節までに3ゴールを奪うなど好調を維持している。

 そのほかにも、精度の高い左足を持つMFデイビッド・ブルックス(22歳/ボーンマス)や、「リバプールのスター候補」と称されるFWベン・ウッドバーン(19歳/英3部のオックスフォード・ユナイテッドにレンタル移籍中)などが控える。両者はケガで10月シリーズに帯同できなかったが、現ウェールズ代表には将来有望な若手がひしめいている。

 ウェールズの目下の課題は、チームとして確固たるプレースタイルを確立することに尽きるだろう。指揮官はスピーディーな攻撃サッカーを目指しているが、実際のところは「個の力」に依存した単発的な攻撃ばかりが目立つ。

 2、3選手が連動して攻めるシーンは少なく、英紙デイリー・テレグラフも「攻撃が停滞することが多い。アイデア不足も顕著」と指摘。ベイルも、若いタレントも、これでは宝の持ち腐れだ。

 さらに、「ベイルの特性を活かせていない」「守備があまりにもお粗末」「ベストの人選を見出せていない」(いずれもデイリー・テレグラフ)と、ここにきてウェールズ人の戦術に懐疑的な意見が目立ち始めた。

 ベイルとともに中核を担うMFアーロン・ラムジー(ユベントス)にケガが多く、ユーロ予選で1試合も出場できていないなど、強化していくうえでギグス監督を擁護できる点はある。若手を積極的に起用していることも評価に値する。だが、戦術の幅や守備組織の構築など、明らかに物足りない点も見える。

 期待値の高い若手が多く、これからさらに伸びるポテンシャルは秘めている。その一方で、これまで監督経験のなかったギグスの成長も、ウェールズが躍進するうえでカギを握ってくるのは間違いない。